アカデミー名誉賞
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概要
映画芸術科学アカデミーの理事会(Board of Governors[6])が贈呈する特別賞の1つであり[7]、生涯の功労、映画芸術と科学への貢献、アカデミーへの寄与に対して、理事会の裁量によって授与される[8]。正式に生涯功労賞(lifetime achievement award)と位置づけられてはいないが[8]、アンジェイ・ワイダ(第72回)やエリア・カザン(第71回)などのように、映画制作における生涯の功績を称えて授与される例が多いとされる[8]。
2009年度からアカデミー賞の授賞式とは別に開催されるガバナーズ賞で表彰が行われる[9][注 2]。この式典で授与される各賞[注 3]はオスカー名誉賞[15][16]や名誉オスカー[17][18](Honorary Oscar)と呼ばれることもある[注 4]。毎年6月、アカデミー理事会によって受賞者が発表され、例年11月にディナー・イベントの形式で執り行われる[21]。
競争部門(ノミネート方式)のオスカー受賞経験者は、2024年度(第97回)から例外的な事情を除いて、名誉賞授与の対象外となった[22][23]。
日本に関連する表彰としては、黒澤明(1989年度・第62回)と宮崎駿(2014年度・第87回)に名誉賞が贈られている[24]。なお、アカデミー外国語映画賞(現在のアカデミー国際長編映画賞)が創設される以前は、外国語映画も名誉賞や特別賞の形で表彰されており[25]、1951年度から1955年度にかけて『羅生門』(第24回)、『地獄門』(第27回)、『宮本武蔵』(第28回)の3作品に名誉外国語映画賞が授与されている[24]。
歴代主な受賞者・団体
アカデミー賞授賞式
- 特別賞(1927年 - 1949年)
| 授賞式 | 特別賞 受賞 | 公式 |
|---|---|---|
| 1927/28年 第1回 |
チャールズ・チャップリン(『サーカス』の製作)[26][27] | [1] [28] |
| ワーナー・ブラザース(トーキー映画『ジャズ・シンガー』の製作) | ||
| 1928/29年 第2回 |
該当なし | |
| 1929/30年 第3回 | ||
| 1930/31年 第4回 | ||
| 1931/32年 第5回 |
ウォルト・ディズニー(ミッキーマウスの創作) | [29] [30] |
| 1932/33年 第6回 |
該当なし | |
| 1934年 第7回 |
ジュブナイル賞:シャーリー・テンプル(『歓呼の嵐』『可愛いマーカちゃん』『ベビイお目見得』『輝く瞳』の出演により) | [31] [32] |
| 1935年 第8回 |
D・W・グリフィス | [33] [34] |
| 1936年 第9回 |
W・ハワード・グリーン、ハル・ロッソン(『沙漠の花園』のカラー撮影) | [35] [36] |
| 『ザ・マーチ・オブ・タイム (The March of Time) 』(映画館で上映されていたラジオ・ニュース・シリーズ) | ||
| 1937年 第10回 |
エドガー・バーゲン(チャーリー・マッカーシーの腹話術) | [37] [38] |
| W・ハワード・グリーン(『スタア誕生』のカラー撮影) | ||
| ニューヨーク近代美術館 フィルム・ライブラリ | ||
| マック・セネット(コメディー技法への貢献) | ||
| 1938年 第11回 |
ハリー・M・ワーナー(歴史短編映画の制作) | [39] [40] |
| ウォルト・ディズニー(『白雪姫』の製作) | ||
| J・アーサー・ボール(映画撮影におけるカラー技術の発展) | ||
| オリヴァー・T・マーシュ、アレン・M・デイヴィ(『スウィートハーツ』[41]のカラー撮影) | ||
| 『北海の子』の特殊撮影と音響効果の11名。 - 特殊効果:ゴードン・ジェニングス、ジャン・ドメラ、デヴェルー・ジェニングス、イルミン・ロバーツ、アート・スミス、ファーショト・エドゥアール (Farciot Edouart) 、ロイヤル・グリッグス / 音響効果:ローレン・L・ライダー、ハリー・D・ミルズ、ルイス・H・メセンコップ、ウォルター・オバーセット | ||
| ジュブナイル賞:ディアナ・ダービン(『アヴェ・マリア』『年ごろ』の出演)とミッキー・ルーニー(『初恋合戦』などの“アンディ・ハーディ”シリーズと『少年の町』の出演により) | ||
| 1939年 第12回 |
ダグラス・フェアバンクス(アカデミー初代会長) | [42] [43] |
| 映画救済基金 (Motion Picture Relief Fund) :ジーン・ハーショルト[44]、ラルフ・モーガン、ラルフ・ブロック、コンラッド・ネーゲル | ||
| ウィリアム・キャメロン・メンジース(『風と共に去りぬ』色彩) | ||
| ジュブナイル賞:ジュディ・ガーランド(『青春一座』『オズの魔法使』の出演により) | ||
| テクニカラー社(カラー撮影:三色法) | [45] | |
| 1940年 第13回 |
ボブ・ホープ | [46] [47] |
| ネイサン・レヴィンソン(映画業界と陸軍の訓練用映画製作への貢献)[48] | ||
| 1941年 第14回 |
『ファンタジア』のサウンドでウォルト・ディズニー、ウィリアム・E・ギャリティ、ジョン・N・A・ホーキンス、RCA | [49] [50] |
| レオポルド・ストコフスキー(『ファンタジア』の音楽) | ||
| レイ・スコット(『Kukan』(苦幹)監督) | ||
| 英国情報省 (MOI) (ドキュメンタリー『ターゲット・フォー・トゥナイト (Target for Tonight) 』) | ||
| 1942年 第15回 |
シャルル・ボワイエ | [51] [52] |
| ノエル・カワード(『軍旗の下に』) | ||
| メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(『初恋合戦』などアンディ・ハーディ シリーズ) | ||
| 1943年 第16回 |
ジョージ・パル(人形アニメ、『パペトゥーンズ (Puppetoons) 』) | [53] [54] |
| 1944年 第17回 |
ボブ・ホープ | [55] [56] |
| ジュブナイル賞:マーガレット・オブライエン(『幽霊は臆病者』『百万人の音楽』『若草の頃』の出演により) | ||
| 1945年 第18回 |
ウォルター・ウェンジャー | [57] [58] |
| 短篇映画『The House I Live In』:製作フランク・ロス、製作・監督マーヴィン・ルロイ、脚本アルバート・マルツ、作曲アール・ロビンソン、作詞ルイス・アラン、主演フランク・シナトラ | ||
| リパブリック・ピクチャーズ、ダニエル・J・ブルームバーグ、リパブリック・サウンド部 | ||
| ジュブナイル賞:ペギー・アン・ガーナー(『愛への旅路』『Junior Miss』『ブルックリン横丁』の出演により) | ||
| 1946年 第19回 |
ローレンス・オリヴィエ(『ヘンリィ五世』の製作、監督、主演) | [59] [60] |
| ハロルド・ラッセル(『我等の生涯の最良の年』出演により) | ||
| エルンスト・ルビッチ | ||
| ジュブナイル賞:クロード・ジャーマン Jr.(『子鹿物語』の出演により) | ||
| 1947年 第20回 |
特別賞(外国語映画)[注 5]:『靴みがき』( | [61] [62] |
| 『ビルの冒険物語』 | ||
| ジェームズ・バスケット(『南部の唄』出演) | ||
| ウィリアム・N・セリッグ(プロデューサー)、アルバート・E・スミス(監督)、トーマス・アーマット(技術者)、ジョージ・K・スプア(プロデューサー) | ||
| 1948年 第21回 |
特別外国語映画賞[注 5]:『聖バンサン』( | [63] [64] |
| アドルフ・ズーカー(パラマウント映画を創業) | ||
| シド・グローマン(チャイニーズ・シアターを建設) | ||
| ウォルター・ウェンジャー(『ジャンヌ・ダーク』の製作) | ||
| ジーン・ハーショルト(会長として4期に亙るアカデミーへの貢献)[44] | ||
| ジュブナイル賞:イワン・ヤンドル(『山河遥かなり』に出演したチェコスロバキアの子役)(外国人子役で初の受賞。欠席) | ||
| 1949年 第22回 |
特別外国語映画賞[注 5]:『自転車泥棒』( | [65] [2] |
| フレッド・アステア | ||
| セシル・B・デミル | ||
| ジーン・ハーショルト(映画業界への貢献を讃えて)(生涯で3度目の特別賞受賞[44]) | ||
| ジュブナイル賞:ボビー・ドリスコール(『わが心にかくも愛しき』『The Window』の出演により) |
- 名誉賞(1950年 - )
| 授賞式 | 名誉賞 受賞 | 公式 |
|---|---|---|
| 1950年 第23回 |
名誉外国語映画賞[注 6]:『鉄格子の彼方』( | [66] [3] |
| ジョージ・マーフィ(俳優、後に上院議員) | ||
| ルイス・B・メイヤー | ||
| 1951年 第24回 |
名誉外国語映画賞[24][注 6]:『羅生門』( | [67] [68] |
| ジーン・ケリー(出演した『巴里のアメリカ人』の6部門受賞と同時に名誉賞を受賞) | ||
| 1952年 第25回 |
名誉外国語映画賞[注 6]:『禁じられた遊び』( | [69] [70] |
| ボブ・ホープ | ||
| ハロルド・ロイド | ||
| ジョセフ・M・シェンク | ||
| メリアン・C・クーパー | ||
| ジョージ・アルフレッド・ミッチェル(カメラ:ミッチェル撮影機の設計と開発) | ||
| 1953年 第26回 |
ピート・スミス(短編映画シリーズ『ピート・スミス・スペシャリティーズ』) | [71] [72] |
| ジョセフ・ブリーン | ||
| 20世紀フォックス映画(シネマスコープ[73]) | [74] [73] | |
| ベル&ハウエル・カンパニー(映画機材の製造企業) | ||
| 1954年 第27回 |
名誉外国語映画賞[24][注 6]:『地獄門』( | [75] [76] |
| グレタ・ガルボ | ||
| ダニー・ケイ | ||
| ケンプ・R・ナイヴァー | ||
| ジュブナイル賞:ジョン・ホワイトリー、ヴィンセント・ウィンター(英国映画『ザ・リトル・キッドナッパーズ (The Little Kidnappers) 』の出演により。英国タイトル『 | ||
| ボシュロム・オプティカル・カンパニー(Bausch & Lomb Optical Company)(光学機器メーカー) | [74] | |
| 1955年 第28回 |
名誉外国語映画賞[24][注 6]:『宮本武蔵』( | [78] [79] |
- 名誉賞(1956年 - )
- アカデミー外国語映画賞の創設により、外国語映画の表彰は名誉賞から独立[80][注 7]。
ガバナーズ賞授賞式
- 名誉賞(2009年 - )
備考
外国語映画の表彰
現在は独立した部門となっているアカデミー国際長編映画賞であるが、かつて外国語映画の表彰は、1947年度から1949年度にかけては「特別賞」の一つとして[注 5]、1950年度から1955年度(1953年度は表彰なし)にかけては「名誉賞」の一つとして行われ[注 6]、1956年度の第29回から[81]、各国選出の代表作品がノミネートと受賞を競う、「アカデミー外国語映画賞」という単独の賞になった[80]。そして2019年の名称変更により、第92回から今日の「国際長編映画賞」となった[268]。
アカデミー・ジュブナイル賞
アカデミー・ジュブナイル賞(Academy Juvenile Award, 子役賞)は、1934年度(第7回)から1960年度(第33回)までの26年間、18歳未満の12名の子役に贈られた特別賞と名誉賞で[269]、ジュブナイル・オスカー(Juvenile Oscar)とも呼ばれた[270]。