アストンマーティン・DBR5
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| カテゴリー | F1 | ||||||||
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| コンストラクター | アストンマーティン | ||||||||
| デザイナー | テッド・カッティング | ||||||||
| 先代 | アストンマーティン・DBR4 | ||||||||
| 主要諸元 | |||||||||
| シャシー | 鋼管スペースフレーム | ||||||||
| エンジン | アストンマーティン DOHC 直列6気筒 NA フロントエンジン | ||||||||
| トランスミッション | アストンマーティン 5速 MT | ||||||||
| 重量 | 575 kg (1,268 lb) | ||||||||
| タイヤ | ダンロップ | ||||||||
| 主要成績 | |||||||||
| チーム | デヴィッド・ブラウン・コーポレーション | ||||||||
| ドライバー |
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| 初戦 | 1960年イギリスグランプリ | ||||||||
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アストンマーティン・DBR5 (Aston Martin DBR5, DBR5/250とも) は、アストンマーティンが製作したフォーミュラ1カー。1960年のF1世界選手権に投入された。
DBR5は、1959年に投入されたDBR4をベースにしており、同じ基本シャシーとエンジンレイアウトを使用している。DBR5は小型、軽量化され、エンジンの改良により最終的にアストンマーティンのワークショップで想定されていた数値に近い出力が得られた。DBR5はまた、全てのサスペンションが独立して装着されていた。
しかし、DBR5は強化されたリアエンジンマウント車に対して競争力のある結果をもたらすことはできなかった。アストンマーティンは結果を出すことができたスポーツカープロジェクトに集中するため、1960年限りでのF1からの撤退を決定。復帰は51年後の2021年を待つこととなる。
1960年代初めに2台のDBR5が製作されたが、アストンマーティンがフォーミュラ1から撤退した後、2台とも1961年に廃棄された。