吉川悠斗
From Wikipedia, the free encyclopedia
プロ入り前
吉川市立中央中学校在学時は硬式野球のクラブチームである吉川美南ボーイズに所属していた。
浦和麗明高等学校では2年秋からエースを務め、埼玉県大会で学校史上初となるベスト8に進出した。3年春の県大会初戦では市浦和を相手に9回1失点、15奪三振と好投したが、援護がなく敗れた[2]。同年夏の県大会では秩父農工科学との2回戦で20奪三振を記録して完投勝利し、注目を集めた[3]。同大会は4回戦で敗退した。3年間で甲子園大会出場はなし。
2022年10月20日に開催されたドラフト会議にて、育成1位で千葉ロッテマリーンズから指名された[4]。11月14日に支度金300万円、年俸230万円で入団合意した[5]。背番号は127[6]。
ロッテ時代
2023年8月9日に、イースタン・リーグの北海道日本ハムファイターズ戦で実戦初登板。この試合でプロ入り前の最速を4km/h更新する147km/hを計測した[7]。しかし、同年の公式戦登板はこれのみにとどまった[8]。
2024年は二軍で16試合に登板。0勝1敗、防御率3.38という成績だった[9]。オフにオーストラリアン・ベースボールリーグのシドニー・ブルーソックスへ派遣された[10]。
2025年は二軍で2試合連続クオリティ・スタートを達成するなど好調で[11]、12試合に登板し、5勝2敗、防御率3.67という成績を残していた。この活躍が評価され、7月31日に支配下登録された。背番号は91[12]。即日一軍登録され[13]、翌8月1日の埼玉西武ライオンズ戦(ベルーナドーム)にて2番手でプロ初登板を果たしたが、4回3失点という結果に終わった。なお、この時は背番号91のユニフォームが間に合わず、背番号「127」のまま登板した[14]。その後は中継ぎでの登板機会はなかったが[15]、8月11日のオリックス・バファローズ戦でプロ初先発の予定となっていた。しかし前日の10日の試合が雨天中止となりこの日先発予定だったオースティン・ボスがスライド登板することになったため、自身のプロ初先発は白紙となり[16]、翌日に登録抹消となった[15]。21日に再昇格[17]すると、同日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ初先発。5回4失点とやや打たれ気味ではあったが、打線の援護に恵まれ、プロ初勝利を挙げた[18]。翌22日に再度登録抹消され[19]、最終的に一軍ではこの2登板にとどまった。
選手としての特徴
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | ロッテ | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 41 | 9.0 | 5 | 1 | 6 | 0 | 2 | 6 | 1 | 0 | 7 | 6 | 6.00 | 1.22 |
| 通算:1年 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 41 | 9.0 | 5 | 1 | 6 | 0 | 2 | 6 | 1 | 0 | 7 | 6 | 6.00 | 1.22 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2025 | ロッテ | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 通算 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
初記録
- 投手記録
- 初登板:2025年8月1日、対埼玉西武ライオンズ14回戦(ベルーナドーム)、4回裏に2番手で救援登板、4回3失点[14]
- 初奪三振:同上、6回裏に村田怜音から見逃し三振
- 初先発登板・初勝利・初先発勝利:2025年8月21日、対東北楽天ゴールデンイーグルス19回戦(ZOZOマリンスタジアム)、5回4失点(自責点3)[18]