大分県の市町村章一覧

From Wikipedia, the free encyclopedia

大分県の市町村章一覧(おおいたのしちょうそんしょういちらん)は、大分県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
大分市「大分」を図案化したもの[1]1965年6月11日[1]旧・大分市制時の1917年4月[2]に市章として制定され、新市制施行後に継承される
別府市別府の「別」を変形して図案化したもの[3]1924年4月1日[3]1908年7月に別府町章として制定され、市制施行後に継承される[4]
中津市「扇城」の別名を持つ中津城に因んで、「中」を扇形に図案化したもの[3][5]1930年5月8日[5][3]
日田市三隈川及び「日田」を図案化したもの[3][6]1941年5月5日[3][6]
佐伯市「S」を図案化したもの[1][7][1]2005年3月3日[7]色は赤色・青色・緑色が指定されている[7]
2代目の市章である
臼杵市「う」を図案化し、「す」を組み合わせたもの[8]2007年1月1日[8]上部の円は赤色・左右に張り出した部分は緑色・下部の曲線部分は青色が指定されている[8]
2代目の市章である
津久見市「つ」を3つ組み合わせ「つくみ」を表したもの[3][9]1949年4月1日[3][9]津久見町章として制定され、市制施行後に継承される
竹田市「た」を図案化したもので、下部の円は名水名湯を表す[1][10]2005年4月1日[1][10]色は青色・橙色・水色が指定されている[11]
2代目の市章である
豊後高田市「B」「T」を図案化したもの[3][12]2005年9月1日[3][12]色は緑色・紫色・青色が指定されている[12]
2代目の市章である
杵築市「き」を図案化したもの[1][13]2005年10月1日[1][13]色は橙色・緑色・青色が指定されている[13]
宇佐市「う」・「ウ」を図案化したもの[1][14]2005年3月31日[1][14]色は緑色が指定されている[14]
2代目の市章である
豊後大野市「B」・「O」を図案化したもの[3][15]2005年8月3日[3][15]色は周囲は青色・円は赤色が指定されている[16]
由布市「Y」を図案化したもの[3][17]2005年10月1日[3][17]円を橙色・Yの上段を緑色・Yの下段を薄緑色が指定されている[17]
国東市「くに」を図案化したもの[1][18]2006年3月31日[1][18]左部分は緑色・中央部分の円は橙色・右部分は青色が指定されている[18]

町村部

町村町村章由来制定日備考
東国東郡姫島村姫島七不思議を象徴する七つの波を図案化したもの[19][3]1976年[19][3]
速見郡日出町「日出」を両翼が羽ばたく様に図案化したもの[3]1957年[3]
玖珠郡九重町「九」を図案化したもの[1][20]1960年2月1日[3]
玖珠町伐株山(ダブルメサ万年林)を図案化したもの[1][21]1968年4月1日[22][1]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
鶴崎市不明1954年4月1日[23]1963年3月10日
臼杵市(うす)と(きね)」を図案化したもの[24]1950年4月1日[24]2005年1月1日初代の市章である
大野郡野津町「のつ」を図案化したもの[25]1964年12月[25]
大分郡野津原町「ノツハル」を図案化し、中心部の「ノツ」は円形の外観に突出し、「ハル」は円形である[26][27]1975年1月17日[28]
北海部郡佐賀関町「関」を簡潔に図案化したもの[26][29]1952年[29]
下毛郡本耶馬渓町全体を円形にして「本耶」を意匠化し、五本の直線は町内の五地区を表したもの[30][31]1960年4月[30]2005年3月1日
耶馬溪町「ヤバ」を図案化し、山を表し、周りを三重円で囲っているもの[32]1956年[33]耶馬溪村章として制定されていたものを町制施行後に継承された
山国町「やまくに」を図案化したもの[34][35]1957年9月30日[34][35]山国村章として制定されていたものを町制施行後に継承された
三光村三つの光の組合せで「三光」を現し、三地区(真坂山口深秣)を表現して丸型にし、中央より三方に伸ばしたもの[36]1961年9月5日[37]1961年8月に公表されたものを同年9月5日に制定した[37]
佐伯市「サイキ」の文字を図案化したもの[38]1941年4月29日[38]2005年3月3日初代の市章である
1957年7月1日に再制定された[24]
南海部郡上浦町「上うら」を図案化したもの[39][26]1973年10月9日[40]
弥生町「や」を図案化し、三本の線は合併前の明治村上野村切畑村と番匠川・上野川・井崎川を表したもの[26][41]1966年2月1日[42][43]弥生村制時の1965年に制定され、町制施行後に継承される[42]
本匠村「本」を貫くように図案化したもの[26][44]1974年3月30日[45]
直川村「直川」を図案化し、象ったもの[46][47]1972年12月26日[48]
鶴見町「ツ」を鶴が飛翔する姿を図案化したもの[49][26][50]1967年11月3日[49]
米水津村豊予海峡の波と「米水津(ヅ)」を図案化したもの[26][51]1976年1月1日[52][51]1989年10月に再制定される[26]
蒲江町「蒲」を配し、「エ」を波型にしたもの[53][26][53]1984年4月12日[54]色は青色が指定されている[53]
宇目町五輪のの花を象ったもの[26][55]1966年11月3日[56]
日田郡天瀬町「天」の部首である「大」の部分以外を無限を目的として円形に(丸く)して表したもの[57][58][59]1967年9月[58][57]2005年3月22日
大山町「大」をウメの花びらのように図案化したもの[58]1969年2月1日[58]色は緑色が指定されている[58]
前津江村「マエ」を図案化・若葉を象ったもの[58]1974年1月26日[58]
中津江村「N」・「な」・「ナ」を円形に図案化したもの[60][58]1985年11月1日[58][60][61]
上津江村「上」を丸くしてスギの形にし、その右側に太陽を配したもの[62][58]1977年10月12日[58][62][63]
宇佐市「う」を図案化したもの[64]1967年9月4日[65][66]2005年3月31日初代の市章である
宇佐郡安心院町全体は「安」を図案化し、中央部の三本線は津房川・深見川・佐田川を表し、外円はスッポンを表したもの[67]1968年3月[67]
院内町「いん内」を図案化したもの[68]1960年10月1日[68]1957年8月[69]に院内村章とし制定され、町制施行後に継承される
大野郡朝地町三つの「ア」を組み合わせたもの[70]1960年3月23日[70]1960年1月に公表されたものを同年3月23日に制定される[71]
犬飼町「犬」を象徴したもの[70]1955年3月28日[70]
大野町「大の」を象り、それを組み合わせたもの[72][70]1968年8月1日[70]
緒方町「オ」・ハトを図案化したもの[73][70]1960年8月[70]
三重町輪を三重にして、それで「三重」が出来、それを円形で表したもの[74][70]1949年6月15日[70]旧・三重町制時に制定され、新町制施行時に継承される
清川村周囲は四つの「き」・中心部は「川」を表し、それで「キヨカワ」を図案化たもの[75][70]1982年1月1日[70]
千歳村「千」を末広がり・円形にして図案化したもの[70]1968年8月1日[70]「千」の部分は緑色・地色は黄色が指定されている[70]
豊後高田市高田城の家紋である八本の房骨にした二本の房を重ねて、それを、「タカダ」で囲んだもの[76]1965年7月1日[76]初代の市章である
西国東郡真玉町「マ」を二個向かい合わせにし、円形に組み合わせて図案化したもの[77][76]1976年11月3日[76]
香々地町「香三」を基にし、「三」を両翼にし、「○」を図案化したものであり、さらに、その中側に「香」を配したもの[78][76]1974年12月[76]
竹田市「十」と「竹田」を組み合わせたもの[79]1954年10月1日[80]2005年4月1日初代の市章である
直入郡荻町 「オギ」を図案化し、その内「キ」はすぐ伸びる木を表したもの[81][80]1973年4月1日[80]
久住町「久」を図案化したもの[82]1959年5月27日[80]
直入町「直入」を図案化し、「和」で具象化したもの[83][80]1980年3月5日[80]
杵築市「き」を月の形に表したもの[84]1955年8月1日[84][85]2005年10月1日初代の市章である
西国東郡大田村豊後牛の形で「太田」を図案化したもの[84]未制定[86]
速見郡山香町「山」を変形したもの[84]1965年2月[84]1996年4月に改定する[84]
大分郡挾間町「ハサマ」を組み合わせて図案化したもの[26][87]1955年4月1日[88]
庄内町外円は「大」を丸く囲んだもので、中側に「庄」を配したもの[89]1971年6月3日[26][90]
湯布院町由布岳朝霧を意匠化し、「ユ」を表したもの[91]1962年[26][92]
東国東郡国見町二つの「ク」・「ミ」を配し、「クニミ」を図案化したもの[93]1960年3月31日[93]2006年3月31日1976年に再制定される[94]
国東町二つの「ク」を組み合わせて、「クニ」を図案化したもの[95]1959年[94]
武蔵町「ムサシ」を図案化し、中央の三角はキャンプを表したもの[96]1957年[94]
安岐町「ア」で囲み、「キ」を配したもの[97][98]1955年2月20日[94][98]

参考文献

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI