愛知県の市町村章一覧

From Wikipedia, the free encyclopedia

愛知県の市町村章一覧(あいちけんのしちょうそんしょういちらん)は、愛知県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
名古屋市尾張徳川家合印尾張八郡の「八」に因んで表したもの[1][2]1907年10月30日[1]この地を拠点としていた尾張親藩尾張徳川家)の合印(「丸に八の字」紋)が由来。
豊橋市三河吉田藩主松平(大河内)家の紋章であり、千切紋を表している[3][4]1909年6月6日[4]三河吉田藩主松平(大河内)家が一般公務・軍事行為の際に使用されていた紋章を1909年6月6日に継承したもの[3]
岡崎市「岡」を図案化したもの[5]1916年7月1日[6]1962年4月1日に条例化される[5][7]
一宮市五鈴鏡を表している[1]1922年10月2日[1]1909年に児童用の帽子の記章として、一宮町章として制定され、市制施行後に継承された[8]
服部康吉・原田清太郎・佐藤佐太郎・桜井義一の合同作品[8]
瀬戸市「土」・「陶器の壺」を表している[9][10]1930年9月12日[9]
半田市全体で「半田」を図案化し、「田」を中心にし、「半」を外にしたもの[11][12]1937年8月1日[12]1933年に半田町章として制定されていたものを市制施行後に継承される[13]
春日井市「春日井」を表している[5]1943年6月1日[5]
豊川市「ト」を四つ並べ、「川」を図案化したもの[4]1944年9月1日[4]1933年に豊川町章として制定されていたものを市制施行後に継承される[14]
碧南市「碧(へき)」を図案化したもの[15][16][17]1948年4月5日[16][18]
刈谷市「かりや」(「雁」と「8」)を図案化したもの[19][5][20]1951年10月26日[5][21]
豊田市「衣」を図案化したもの[12][22]1951年11月22日[12][23]かつて「衣の里」と呼ばれていたことに由来。市章制定当時の市名は「挙母市(ころもし)」であった。
安城市「安」を図案化したもの[1][24]1952年5月5日[25]制定前から非公式に使用され、1960年5月5日に告示される[1][26]
津島市「ツしマ」を図案化し、外円と中央の三角形にしたもの[4][27]1957年3月1日[4]2代目の市章である
西尾市西尾城大給松平家の道中目印を表している[12]1965年3月25日[12]1889年10月1日に西尾町章として制定され、[28]1910年12月に再制定され、市制施行後に継承された[29]
蒲郡市蒲形松平家の家紋を表したもの[5]1955年7月20日[5]
犬山市犬山藩成瀬氏の紋章を表している[1](「丸に一文字」紋)1954年4月1日[1]1889年4月1日に犬山町章として制定され、1927年4月に再制定され、[30][31]市制施行後に継承される[32]
福島県郡山市に本社を置くマルイチグループのロゴマークと類似している
常滑市「常」を図案化したもの[4][33]1955年6月3日[4][34]杉本健吉の作品である[33]
江南市「コウナン」を図案化したもの[9]1955年3月1日[9]
小牧市「コマキ」を表したもの[9]1955年4月1日[9]
稲沢市「い」を図案化したもの[9]1981年4月1日[9]稲沢町制時の1952年12月(日付は不明)[35][36]に制定され、市制施行後に継承・使用され、再制定される[37]
新城市を表している[9]2005年10月1日[9]色は緑色と黄土色が指定されている[38]
2代目の市章である
東海市「とう」を象徴し、意匠化したもの[4]1969年4月1日[4]東海市章として1979年11月13日に制定された[39]
大府市「お」を図案化したもの[5][40]1970年9月1日[41]大府町制時の1958年10月1日に制定され、市制施行後に継承される[40][5]
知多市「ち」を図案化したもの[4][42]1970年9月1日[42][4]知多町制時の1955年10月18日に制定され、市制施行後に継承される[42]
知立市八橋かきつばたを図案化し、表現したもの[43][4]1970年12月1日[44][4]知立町制時の1957年10月2日に制定され、市制施行後に継承される[45][44]
尾張旭市三つの「ア」を表している[5]1957年10月5日[46][5]旭町章として制定され、市制施行後に継承された[46]
高浜市「高」を図案化したもの[5]1970年12月1日[47]高浜町制時の1954年6月1日に制定され、市制施行後に継承された[5]
岩倉市学校保育園がマークにしていた井桁の上下を二つの末広型に変化したもの制定前は作成されていなかった[48][1]1971年12月1日[1]岩倉町制時の1959年4月1日に制定され、市制施行後に継承された[49][50]
豊明市「トヨ」を図案化したもの[1]1972年8月1日[51]豊明町制時の1966年10月1日に制定され、市制施行後に継承された[1]
制定前は作成されていなかった[52]
日進市円内は「進」を図案化し、円外は直射する矢印を表し、旭日昇天の勢いを表している[53][12]1906年5月10日[54]日進村章として制定され、町制施行後、さらには市制施行後に継承される[54]
田原市渥美半島三河湾太平洋を表したもの[4]2005年10月1日[4]2代目の市章である
色は青色と緑色が指定されている[55]
愛西市「a」を表したもの[1]2005年4月1日[1]色は緑色・青色・赤色が指定されている[56]
清須市「水」・「未来」を表したもの[1]。「き」を図案化したものでもある。2005年7月7日[1]色は青色と水色が指定されている[57]
北名古屋市「北」と「NAGOYA」を組み合わせたもの[5]2006年11月11日[5]色は青色と緑色が指定されている[58]
弥富市水平と円と山型を表している[5]1966年3月31日[5]2代目の弥富町章を市制施行後に継承される
みよし市「み」を円く収まる形で意匠化したもの[59]1959年2月28日[16]三好町章として制定されていたものを市制施行後に継承された[60]
あま市「あま」から受ける印象と「AMA」を組み合わせたもの[61]2010年9月23日[61]
長久手市「な」を図案化したもの[12]1971年4月1日[62]長久手町章として制定され、1990年5月21日に再制定され、市制施行後に継承された[12]
色は濃緑色が指定されている[63]
制定前は作成されていなかった[64]

町村部

町村町村章由来制定日備考
愛知郡東郷町「と」を図案化したもの[4]1970年5月13日[4]制定前は作成されていなかった[65]
西春日井郡豊山町「とよ」を図案化したもの[4]1975年10月6日[4]制定前は作成されていなかった[66]
丹羽郡大口町「大口」を一体化し、図案化したもの[67][1][68]1972年8月1日[68][1]2代目の町章である
1972年9月25日に条例化される[68]
扶桑町「ふ」を図案化したもの[12]1967年4月1日[12]制定前は作成されていなかった[69]
海部郡大治町「大」を丸く図案化し、「治」を配している[5]1975年4月1日[70]
(便宜的に制定)
詳細日不明[5]
大治村役場庁舎の屋根瓦(役物)のデザインを大治村章として制定し、町制施行後に継承される[70]
制定前は作成されていなかった[71]
蟹江町「三引紋」を表している[5][72]1934年1月10日[72][5][73]蟹江城主であった佐久間家の家紋に由来している[72]
飛島村「と」を図案化したもの[4]1980年3月25日[4][74]制定前は作成されていなかった[75][76]
知多郡阿久比町「あ」を図案化したもの[1][77]1968年10月1日[77][1]制定前は作成されていなかった[78]
東浦町「ひ」を図案化したもの[12][79]1958年6月1日[12][79]
南知多町「み」を図案化したもの[16]1963年7月13日[16]制定前は作成されていなかった[80]
美浜町「ハマ」を組み合わせて、全体で「ミハマ」を表したもの[16]1961年12月25日[16]1962年1月1日に施行される[81]
武豊町「タケ」を合成したもの[4]1974年10月5日[4]制定前は作成されていなかった[82]
額田郡幸田町「Kota」を表している[9][83]1959年9月1日[9][84]
北設楽郡設楽町「S」を表したもの[9]2005年11月21日[9]赤色・橙色・青色が指定されている[85]
東栄町を表している[4]1957年2月6日[4]
豊根村「と」を鳩が舞い上がる姿を表し、図案化したもの[12][86]1972年10月[12]
(日付不明)
制定前は作成されていなかった[87]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
津島市フジの花を表している[88]1914年5月15日[88]1957年3月1日津島町章として制定された[88]
守山市「守山」を図案化し、円は円満・平和であり、中心部に山を置いたもの不明1963年2月15日
碧海郡上郷町作成されていない[89]1964年3月1日
知多郡有松町作成されていない[90]1964年12月1日
大高町作成されていない[91]
碧海郡高岡町全体は「高岡」を図案化し、その内訳は「タカ(鷹)」を表して、三本の丸は三河を意味してから「和」を表したもの[92][93]1956年5月1日[92]1965年9月1日
海部郡弥富町不明不明1966年3月31日初代の町章である
西加茂郡猿投町作成されていない[94]1967年4月1日
碧海郡桜井町「桜井」を表したもの[95]1956年6月5日[96]桜井村章(制定日不明[96])として制定され、町制施行後に継承される
知多郡上野町「上」を図案化し、産業・発展を象徴したもの[97]1963年2月[97]1969年4月1日1962年に決定したものを1963年2月に制定された[97][98]
横須賀町「扇島」の地形を図案化したもの[99][100]1909年11月7日[99]紋章の由来には三通りの説がある[99]
東海市立横須賀中学校の校章に町章の一部が使用されている[101]
西春日井郡西枇杷島町不明不明1969年10月1日初代の町章である
東加茂郡松平町を三階松で表し、中に「平」を配し、全体で「松平」を図案化したもの[102]1961年11月1日[102]1970年4月1日松平村制時の1924年1月1日[103]に村章として制定され、町制施行後に継承された[102]
東加茂郡足助町不明不明1971年1月初代の町章である
丹羽郡大口町不明1950年4月1日[104]1972年8月1日大口村章として制定され、町制施行後に継承された[104]
渥美郡赤羽根町「ア」をになぞったもの[105]1958年11月1日[106]2003年8月20日
尾西市「尾」を図案化したもの[107]1955年6月1日[107]2005年4月1日
葉栗郡木曽川町「木」を図案化したもの[107]1960年12月20日[107]
西加茂郡藤岡町「フジオカ」を図案化したもの[108]1974年6月[108]藤岡村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[109]
小原村「小」を図案化し、黒い部分は「小」・中央の円形は「原」を意味したもの[110][108]1975年9月27日[108][111]制定前は作成されていなかった[112]
東加茂郡足助町「あ」を近代的に意匠化したもの[113][108]1971年1月1日[108][113]1970年に公表され、1971年1月1日に制定された[114]
2代目の町章である
下山村「シモ」の内、「モ」を四つ表し、「山」を図案化したもの[108]1966年1月1日[115]
(便宜的な制定日[115]
1964年発行の愛知県市町村勢要覧には掲載されていた[116]
旭町「旭」を円く図案化したもの[117][108]1972年9月2日[117][108][118]制定前は作成されていなかった[119]
稲武町「い」を丸く図案化し、中央部に「木」を表したもの[120][108]1969年11月[108]制定前は作成されていなかった[121]
中島郡祖父江町「そ」を図案化したもの[122]1971年6月1日[122]制定前は作成されていなかった[123]
平和町「平」と和の意味である「円」を表したもの[122]1969年2月8日[124]1969年2月12日に条例化された[122]
制定前は作成されていなかった[125]
海部郡佐屋町毛利元就の教訓にある「三矢」を「佐屋」に例えたもの[126]1955年[127]
(月日不明)
立田村「立」を鳥の羽搏く姿に図案化したもの[126]1977年2月1日[126]制定前は作成されていなかった[128]
八開村「八カイ」を左右一対の飛ぶ鳥に意匠化したもの[126]1977年9月27日[126]制定前は作成されていなかった[129]
佐織町織機の「杼」を図案化したもの1906年7月1日[130][131]佐織村章として制定され、町制施行後に継承され、1979年9月1日に再制定された[126]
西春日井郡西枇杷島町「に」を大空に飛び交う翼を表したもの[132]1969年10月1日[133]2005年7月7日2代目の町章である
清洲町「き」を図案化し、清洲城を想像したもの[134][135]1972年9月18日[133]制定前は作成されていなかった[136]
新川町「しん」を新川町の地形に図案化したもの[137]1964年10月1日[133]1986年9月20日に告示された[138]
制定前は作成されていなかった[139]
信用組合の旧ロゴマークと類似している
新城市「し」を円にし、三釘貫の紋章である「品」を図案化したもの[140]1955年7月8日[140]2005年10月1日新城町章として制定され、市制施行後に初代の市章として継承された
南設楽郡鳳来町鳳来寺にあるを表したもの[140]1957年2月15日[140]色は緑色が指定されている[141]
作手村山岳と日の出を表したもの[140]1966年5月1日[140]制定前は作成されていなかった[142]
田原市「た」を図案化し、旭日波等を表し、田原城の巴の形を意味したもの[143][144][145]1952年9月4日[145][144]田原町章として制定され、市制施行後に初代の田原市章として継承された[145]
渥美郡渥美町「ア」を円形にし、波の形にしたもの[146]1968年1月18日[147]制定前は作成されていなかった[148]
北設楽郡設楽町「シタラ」を図案化したもの[149]1963年11月3日[149]初代の町章である
津具村「つぐ」・「山」を表したもの[149]1975年11月8日[149]制定前は作成されていなかった[150]
北設楽郡富山村三つの「と」を円形にして「富」を表し、「山」の形とし、合わせて「富山」を表したもの[151][152]1978年10月28日[153]2005年11月27日制定前は作成されていなかった[121]
額田郡額田町「ヌカ田」を図案化したもの[154]1956年12月10日[154]2006年1月1日
宝飯郡一宮町「イチ」を組み合わせたもの[155]1970年11月20日[155]2006年2月1日制定前は作成されていなかった[156]
西春日井郡師勝町「シ」を飛ぶ鳥を想像し、図案化したもの[157][158]1969年6月16日[159]2006年3月20日1969年6月10日から公表されている[160]
制定前は作成されていなかった[161]
西春町「にし」を表し、「に」は飛ぶ鳥を想像・「し」は日和の円さを示している[162][163]1970年7月28日[159]制定前は作成されていなかった[164]
海部郡十四山村児童の校帽徽章として採用されているものを一部手直ししたもの[165]1986年11月3日[166]2006年4月1日制定前は作成されていなかった[167][168]
宝飯郡音羽町「音」を意匠化しかつ図案化したもの[169][155][5]1981年3月5日[155][5]2008年1月15日制定前は作成されていなかった[170][171]
御津町「ミト」を図案化し、「ミ」は三河湾・「ト」は波を表したもの[172][155][16]1939年1月1日[155][173]
西春日井郡春日町「は」を図案化したもの[12]1973年1月1日[12]2009年10月1日春日村章として1972年12月13日に公開され、制定された[174]
制定前は作成されていなかった[175]
宝飯郡小坂井町「小」を意匠化しかつ図案化したもの[176][155][9]1972年10月1日[9][155]2010年2月1日制定前は作成されていなかった[177]
海部郡七宝町「七」を図案化したもの[9] 1973年11月3日[9]2010年3月22日色は青色が使われている[178]
制定前は作成されていなかった[179]
美和町三つの輪を表している[4]1968年4月1日[4]制定前は作成されていなかった[180]
甚目寺町甚目寺を表している[4]1970年1月1日[4]1969年12月20日に公開された[181]
制定前は作成されていなかった[182]
幡豆郡一色町「一色」を変形したもの[1]1966年12月23日[1]2011年4月1日制定前は作成されていなかった[183]
吉良町「キラ」を図案化したもの[5]1957年8月10日[184]
幡豆町「ハ」を表している[12]1967年9月18日[12]制定前は作成されていなかった[185]

参考文献

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI