群馬県の市町村章一覧

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群馬県の市町村章一覧(ぐんまけんのしちょうそんしょういちらん)は、群馬県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
前橋市松平氏馬印の紋章を継承したもの[1][2]1909年4月1日[3][1][2]
高崎市二つの「高」を組み合わせ、四隅に先端を置き、「崎市」と訳したもの[4][5]1920年11月29日[4][5]
桐生市「大」をかたどるの花と桐の葉三枚を表したもの[4][6]1928年10月2日[4]2代目の市章である
伊勢崎市勾玉・「い」を表したもの[1][7]2005年2月28日[7][1]伊勢崎町制時の1911年10月に町章として制定され、市制施行後に市章として継承され、新市制施行後にも継承される[8]
太田市新田氏の旗印と「おおた」を配したもの[9][10]2005年6月28日[9][11]色は黒色、「おおた」はゴシック体が指定されている[11]
2代目の市章である
沼田市外環は「沼」・中央の十字と外環で「田」を図案化したもの[9][12]1965年4月1日[9][12]沼田町制時の1938年に町章として制定され、市制施行後に継承され、1965年4月1日に正式に制定される[13]
館林市「立林(館林)」を模様化して図案化したもの[4][14]1956年6月2日[14]館林町制時の1929年に制定され、市制施行後に継承される[4]
渋川市「S」と赤城山榛名山利根川などの地勢を図案化したもの[4][15]2006年2月20日[4][15]色は緑色が指定されている[15]
2代目の市章である
藤岡市「フ」を向かい合わせてフジと読み、中の「⌒」は丘を表したもの[9]1954年7月19日[16]藤岡町制時の1935年に町章として制定され、市制施行後に継承される[9]
富岡市太陽・鏑川妙義山および「と」を図案化したもの[9][17]2006年3月27日[17][9]2代目の市章である
安中市碓氷川・杉並木・「A」・めがね橋を表したもの[18]2006年11月2日[19]色は青色と緑色が指定されている[19]
みどり市笠懸町大間々町東村の合併を3本の木で表現[9][20]2006年3月27日[9]色は緑色・黄緑色が指定されている[20]

町村部

町村町村章由来制定日備考
北群馬郡榛東村「しん」をに置き換え、それらを組み合わせて図案化したもの[4][21]1973年11月1日[21][4]
吉岡町「吉」・三つのを表したもの[22][23]1985年3月20日[22][23]吉岡村章として制定されていたものを町制施行後に継承される
多野郡上野村「上の」を図案化したもの[1]1971年11月1日[1]
神流町恐竜の足跡を基本として、山の緑、清流、「か」を意匠化したもの[1][24]2003年7月11日[1][25]色は水色と黄緑色が指定されている[25]
甘楽郡下仁田町「下」を円と直線で組み合わせて図案化したもの[4][26]1965年4月1日[27][28]1974年5月30日に規則される[4][29]
南牧村「な」を円形に図案化したもの[9]1968年3月22日[9]
甘楽町円型と上部両端で「甘」と両端は「ラ」を図案化したもの[4][30]1960年1月22日[4][30]
吾妻郡中之条町「中」を線で区切り、旧・中之条町・沢田村伊参村名久田村の四町村の合併を示したもの[9][31]1973年1月1日[9][31]
長野原町「長」を飛鳥風に意匠化したもの[9][32]1970年7月1日[9][33]
嬬恋村キャベツの内側に「嬬」を配したもの[9][34]1950年10月6日[9]
草津町九つの「サ」と草津温泉を表したもの[4][35]1988年3月19日[4][35]1942年千木良富士が作成されたものを1988年3月19日に正式に制定される[36]
高山村「た」を図案化したもの[4][37]1971年2月10日[4][37]1979年11月24日に再制定される[38]
東吾妻町「ひ」を基本とし、吾妻川などを表したもの[39]2007年3月1日[39]色は青色・水色が指定されている[39]
利根郡片品村ミズバショウを図案化したもの[1]1989年10月1日[1][40]2代目の村章である
川場村「川」と二つの「バ」を図案化したもの[1]未制定[41]1922年頃に川場尋常小学校(現:川場村立川場小学校)の運動会の優勝旗をそのまま村章として使用され、村章としての制定条例もない[41]
昭和村「昭和」を象ったもの[4]1970年11月24日[4][42]
みなかみ町「み」を図案化したもの[38]2008年3月10日[43]色は青色が指定されている[44]
佐波郡玉村町「玉」と翼を組み合わせたもの[9][45]1966年8月27日[9][46]色は黒色が指定されている[46]
邑楽郡板倉町「い」を円く図案化したもの[1][47]1960年2月1日[1][47]
明和町を合わせ、「明」を図案化したもの[22][48]1965年12月24日[22][48]明和村章として制定されていたものを町制施行後に継承される
千代田町四方に「千」、内側は「田」を図案化したもの[9][49]1979年9月18日[9][49]千代田村章として制定されていたものを町制施行後に継承される
大泉町「大い」を図案化したもの[1][50]1961年1月1日[1][50]1960年12月14日に公表されていたものを翌年の1月1日に制定される[50]
邑楽町中野村高島村長柄村の三町合併を表す三角形の内側の丸は「邑楽」を表したもの[1][51]1972年1月1日[1][51]色は青色と金色が指定されている[51]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
桐生市の花を図案化したもの[52]1911年4月3日[52]1928年10月2日桐生町章として制定され、市制施行後に初代の市章として継承された
利根郡白沢村「白」の左右に白鳩を配して「沢」を表したもの[53]1933年3月[53]1974年初代の村章である
片品村不明不明1989年初代の村章である
多野郡万場町「ま」を丸く図案化したもの[54]1986年4月1日[54]2003年4月1日
中里村「な」を図案化したもの[54]1977年4月1日[54]
勢多郡大胡町五つの「大」を表したもの[55]未制定[55]2004年12月5日
宮城村「ミ」を円形に図案化したもの[55]1979年[55]
粕川村「カ」を円形にし、「川」を図案化したもの[55]1968年[55]
佐波郡境町「さ」を図案化したもの[56]1963年7月4日[56]2005年1月1日
赤堀町アを図案化したもの[56]1972年9月26日[56]赤堀村章として制定され、町制施行後に継承される
東村「東」を図案化したもの[56]1984年5月3日[56]2代目の村章である
利根郡白沢村「沢」の字を中心にし、そのまわりを四つの 「田」で輪を作っているもの[57]1974年[58]2005年2月13日2代目の村章である
利根村「トネ」を表したもの[57]1967年5月23日[59][60]
太田市「太」を上下組み合わせて図案化したもの[61]1936年8月1日[62]2005年3月28日太田町章として制定され、市制施行後に初代の市章として継承される
新田郡尾島町「尾島」を象形し、中心部にある太い円を配したもの[63]1972年1月15日[62]
新田町新田氏の家紋と「ニッタ」を図案化したもの[64]1967年12月8日[62]
藪塚本町「ヤブ」を図案化したもの[65]1968年1月1日[65]1972年1月10日に再制定された[62]
勢多郡新里村「二」を力強く図案化したもの[66]1971年12月18日[67]2005年6月13日色は紺青色が指定されている[66]
黒保根村黒桧山粟生山荒神山を表し、その三山が重なっていることで山に囲まれた場所を表したもの[68]1975年11月23日[67]色は左右は赤色であり、中央部は黒色が指定されている[69]
利根郡月夜野町「よの」を組み合わせ全体を丸くを象らせ、全体は「月よの」であるもの[70][71]1961年9月[71]2005年10月1日
水上町「水上」を図形で表現したもの[71]1964年9月1日[71]
新治村「にい」と表したもの[71]1966年1月1日[71]
多野郡鬼石町三つの輪で「お」を表し、「石」を重ねたもの[72][73][74]1969年10月1日[72]2006年1月1日
群馬郡群馬町「グ」を意匠化したもの[75]1972年6月26日[75][76]2006年1月23日
箕郷町中央部の三角形は上毛三山表し、を「ミ」を表したもの[77]1973年[78]
倉渕村「くら」を躍動的に、「○」は「ぶち」を表している[75]1975年10月[75]
多野郡新町「新」の外郭を上毛三山・河川・八咫鏡で囲んだもの[75]1934年12月17日[75][79]
渋川市「シブ」を図案化し、中央の丸の中で「川」を囲んだもの[80]1955年10月3日[80]2006年2月20日
北群馬郡伊香保町「伊」を草書体で意匠化したもの[80]1972年12月28日[80]
小野上村内部は「小野上」を図案化したものを円で囲んだもの[80]1989年12月20日[80]
子持村全体は「コ」を形取り、円と内部で子持山利根川吾妻山を表したもの[80]1974年6月20日[80]
勢多郡赤城村「A」を図案化し、二の輪は人の「和」を意味したもの[80]1966年7月20日[80]
北橘村タチバナの実の中に「北」を意匠化したもの[80]1971年1月1日[80]
安中市「ア」を丸く図案化したもの[81]1960年1月1日[82]2006年3月18日初代の市章である
碓氷郡松井田町「マ」・松葉を組み合わせて図案化したもの[83]1962年2月5日[84]
富岡市「ト岡」を図案化したもの[85]1954年7月7日[85]2006年3月27日初代の市章である
甘楽郡妙義町円い部分は観光・商工業・農業の三本柱で「Myogi.Town」を表し、上部に上毛三山を冠いているもの[85]1965年3月[85]
新田郡笠懸町「か」を飛鳥上にしたもの[86]1981年10月6日[87]笠懸村章として1966年に制定されたものを1981年10月6日に再制定される[86]
山田郡大間々町サクラの花を象ったもの[88]1970年4月1日[87]
勢多郡東村外側は「輪」・中の三角形は「森林・A」を抽象化したもの[89]1972年3月25日[87]
吾妻郡吾妻町「吾」を図案化したもの[90]1958年1月1日[90]色は紫色が指定されている[91]
東村「東」とキキョウを合成したもの[91]1982年11月3日[92]色は紫色が指定されている[91]
群馬郡榛名町「ハルナ」を図案化したもの[93]1956年6月[93]2006年10月1日
勢多郡富士見村富士山を図案化したもの[9]1978年9月1日[9]2009年5月5日
多野郡吉井町「よ」を図案化したもの[94]1955年12月1日[94]2009年6月1日
吾妻郡六合村「六合」を図案化したもの[22]1973年5月25日[22]2010年3月28日


参考文献

脚注

関連項目

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