奈良県の市町村章一覧

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奈良県の市町村章一覧(ならけんのしちょうそんしょういちらん)は、奈良県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
奈良市奈良八重桜に「奈」を配したもの[1][2]1903年5月5日[2][1]
大和高田市「タカダ」を図案化したもの[3][4] [5]1932年1月1日[5][3][4][6]高田町章として制定され、市制施行後に継承される[7]
大和郡山市柳沢氏花菱を図案化したもの[3][8]1974年1月17日[8][3]江戸時代に制定され、町村制施行し、郡山町制時の1899年2月に郡山町章として再制定され、市制施行後に継承される[9]
金魚をデザインした副章もある[10][11]
天理市「天」で六つの円を表しかつ模様化し、花を形成される[12][13][14]1954年9月24日[15][12]
橿原市「カ」を図案化し、表したもの[16][17]1956年2月11日[18]1956年9月5日に再制定される[16]
桜井市花弁を図案化したもの[12][19]1956年9月1日[19][12]
五條市「五」を金剛山の形に図案化したもの[16][20]1958年10月1日[20][16]
御所市「ご」を図案化したもの[12][21][22]1958年3月31日[22][12]
生駒市「生」を図案化したもの[1][23]1971年11月1日[1]生駒町制時の1959年4月1日に制定され、市制施行後に継承された[18]
香芝市「カシバ」を図案化したもの[24][1][25]1959年8月11日[24][26]香芝町章として制定されてから、1959年9月18日に再制定され、[27]市制施行後の1991年9月20日に告示される[28]
葛城市2つの円で2町の合併を象徴している[16][29]2005年2月19日[29][16]色は赤色と緑色が指定されている[29]
宇陀市「う」を基にして4町との合併を表している[1][30]2006年1月1日[30][1]色は赤色・緑色・青色が指定されている[30]

町村部

町村町村章由来制定日備考
山辺郡山添村「やま」を図案化したもの[3][31]1972年4月1日[3][31]制定前は作成されていなかった[32]
生駒郡平群町「平」を図案化したもの[3][33]1970年12月1日[3][33]平群村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[34]
三郷町三つの(由来は町村制施行前の勢野村・立野村・南畑村)「soclety=社交的」を円に象り、連帯と協力を表している[3]1966年4月1日[35]町制施行と同時に制定される[35]
1974年10月1日に告示される[3][36]
斑鳩町まだらのなかに「斑」を配している[1][37]1947年2月[1][37]色は朱色が指定されている[38]
安堵町「安」を図案化したもの[1][39]1971年2月12日[1]安堵村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[40]
磯城郡川西町「カ」を図案化したもの[16][41]1960年4月1日[16][41]川西村章として制定され、町制施行後に継承される
三宅町「M」と「Y」を図案化したもの[3][42]1986年12月19日[3]三宅村章(制定日不明(1965年以前には制定されていた[43]))として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[44]
田原本町「タ」を図案化したもの[12][45]1958年7月1日[12][45]
宇陀郡曽爾村「そ」を図案化したもの[12][46]1971年8月21日[46][12]制定前は作成されていなかった[47]
御杖村緑樹の一種である活宝樹を表し、オオタカが翼を羽ばたいているものを表したもの[3]1973年12月1日[3]1976年12月22日に規則化される[48]
制定前は作成されていなかった[49][50]
高市郡高取町「T」と三つの輪を表している[12]1967年11月25日[12]制定前は作成されていなかった[51]
明日香村全体が飛ぶ鳥の姿、横に倒すと「明」を表し、図案化したもの[1][52]1969年4月9日[52][1][53]明治100年記念事業の一環として制定される[53]
制定前は作成されていなかった[54]
北葛城郡上牧町まずは初代の上牧村章を基本とし、そこから「上」を図案化し、花弁はの葉と四つ葉のクローバーの組合せであり、行政機関の伸張を願って職業大別を表したもの[16][55]1973年2月1日[56]2代目の上牧村章として制定され、町制施行後に継承される
1981年2月3日に告示される[55][1]
王寺町「王」と「O」を組み合わせたもの[16][57]1957年9月28日[57]
広陵町「広」を図案化したもの[16][58]1958年1月17日[16][58]
河合町「河」を図案化したもの[16][59]1971年7月1日[16][59]河合村章として制定され町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[60]
吉野郡吉野町「よ」を図案化し、「よしの」を表したもの[3]1968年9月21日[3][61][62]吉野町告示第53号によって制定される[62]
制定前は作成されていなかった[62][63]
大淀町「大淀」を図案化したもの[1][64]1966年5月[65]
(日付不明)
1990年1月1日に施行され、[64][1]1991年11月1日に再制定された[66]
2代目の町章である
下市町外側の太線で「下」・内部に「市」を組み合わせて図案化したもの[67][12][68]1958年3月12日[68][12]
黒滝村深い山の連なりを表している[16]1970年8月1日[16]制定前は作成されていなかった[69]
天川村「てん」を図案化したもの[12][70]1971年7月20日[12][71]色は濃い緑色が指定されている[72]
制定前は作成されていなかった[73]
野迫川村「のせ川」を配している[12]1973年4月1日[12]制定前は作成されていなかった[74][75]
十津川村朝廷から賜った菱十を表している[12][76]1863年7月25日[12][76]新十津川町の町章も同じである[76]
1983年10月1日に告示第7号で告示される[77]
下北山村人の和と未来へ向かって延びるさまを深山幽谷で表したもの[12][78]1969年12月10日[12]制定前は作成されていなかった[79]
上北山村「カ」を三つ組み合わせたもの[12]1972年5月1日[80]1972年4月に決定されたものを同年5月1日に告示される[12][81][80]
制定前は作成されていなかった[82][83]
川上村「かわかみ」の図案化[16][84]1972年2月19日[16][85]1972年3月11日に告示される[86]
制定前は作成されていなかった[87]
東吉野村「h」と「y」を繋げたもの[12][88]1974年4月1日[12]制定前は作成されていなかった[89][90]

廃止された市町村章

市町村市町村章由来制定日廃止日備考
磯城郡大三輪町作成されていない[91]1963年4月1日
生駒郡三郷村不明不明1966年4月1日
宇陀郡榛原町不明不明1970年3月2日初代の町章である
宇陀郡大宇陀町不明不明1970年10月1日初代の町章である
北葛城郡上牧村「上」を円形にして図案化してから丸型で表したものであり、発展向上天を衝くもので上を開けているもの[92]不明1973年2月1日
吉野郡大淀町不明[93]1962年1月15日[93]1966年5月初代の町章である
吉野郡西吉野村二本の円を四つに区切って二四(西)と捩り、円内に「吉」を丸くして入れたもの[94]不明1988年7月1日初代の村章である
制定前は作成されていなかった[95]
北葛城郡當麻町「当マ」を葛城連山を象徴して図案化したもの[96]1958年10月18日[96]2004年10月1日當麻村章として制定され、町制施行後に継承される
新庄町三つの三角と円を表したもの[97]1948年4月29日[97]
添上郡月ヶ瀬村月ヶ瀬梅林の花を基本として、「ツ」を図案化したもの[98][99][100]1978年1月1日[98][100]2005年4月1日月ヶ瀬村告示第1号によって制定された[100]
制定前は作成されていなかった[101]
山辺郡都祁村「ツゲ」を図案化したもの[98]1979年10月1日[98]制定前は作成されていなかった[67]
吉野郡西吉野村「にし」を図案化し、「に」は村の姿・「し」は融和と協調の精神を表し、中央の空白部分は村の地図を表したもの[102][103]1988年7月1日[103]2005年9月25日五條市立西吉野中学校の校章の一部に使用されている[104]
2代目の村章である
大塔村護良親王大塔宮護良)が難を逃れてこの地に参られたと伝えられ、カシワの紋章はこの宮の紋章であることから、この紋章を当村の村章として用いたもの[105]1972年
(具体的な年月日は不明)
制定当時に就任していた岸本重継村長がこの作品を決定した
制定前は作成されていなかった[106]
宇陀郡大宇陀町「大宇陀」を表したもの[107]1970年10月1日[107]2006年1月1日2代目の町章である
菟田野町「ウ」と「田」を表したもの[107]1960年5月10日[107]
榛原町五つの「ハ」を図案化し、「榛」を表したもの[107]1970年3月2日[107]2代目の町章である
室生村「ムロウ」を図案化したもの[107]1964年5月[107]制定前は作成されていなかった[108]

参考文献

脚注

関連項目

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