茨城県の市町村章一覧

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茨城県の市町村章一覧(いばらきけんのしちょうそんしょうのいちらん)は、茨城県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
水戸市「水」を図案化し、その中に「ト」を三つ合わせて芯として「ト」を横にして下で受け止めたもの[1][2][3]
(但し、正式に決定されたものではない[1]
1933年12月23日[2][3]色は青色が指定されている[4]
2代目の市章である
日立市外側の円が「日」、その中に「立」を巧妙なの形に表したもの[5][6][7]1940年4月1日[7][6]市旗は紋章部を赤(真紅)にしているが、市章単体では青色を使用(八戸市旗も参照)
土浦市「土」を霞ケ浦桜川に映るの花弁を図案化したもの[8][9]1942年6月8日[9][8]
古河市「古」を図案化したもの[10][11]2006年1月21日[11][10]色は赤色・青色・緑色が指定されている[11]
2代目の市章である
石岡市「い」を円く図案化したもの[3][12]2005年10月1日[12][3]旧・石岡市制時の1954年2月11日に制定され、新市制施行後に継承される[13]
結城市「ユーキ」の端的表現を目的として図案化したもの[14][15]1951年3月17日[15][14]
龍ケ崎市
(桔梗色篇)

(松葉色篇)

(トマトレッド色篇)

(黒色篇)

(金色篇)

(銀色篇)
龍ヶ峰からが昇天する姿を象徴して、その三本のをつかんでいる様子を意匠化したもの[16][14][17]1927年6月15日[14][17]龍ケ崎町章と指定制定され、市制施行後に継承される
2013年12月4日に告示される[18]
色は2013年12月13日から桔梗色・松葉色・トマトレッド色・黒色・金色・銀色が指定されている[19]
下妻市「下」を躍進を目的として右上がりになる様に図案化したもの[20][10][21]1954年7月1日[21][10]
常総市「じ」を基にしたもの[10][22]2006年1月1日[10][22]色は緑色と青色が指定されている[22]
常陸太田市戦国時代佐竹氏太田城(舞鶴城)を築いた発祥の地に因み、鶴の形を以て「太」を図案化したもの[6][23]1937年1月10日[6]太田町章として制定され、市制施行後に継承される
太田町職員の作品である[24]
高萩市「高」を簡明に図案化して、上部の両翼・中央の尖剣を配したもの[8][25]1955年2月19日[8]
北茨城市「北」を左右に分解し、互いに噛み合わせたもの[26][10][27]1956年8月10日[27][10]
笠間市「K」を交通の交点を意味して知恵の輪の様に図案化したもの[3][28]2006年3月19日[3][28]色は緑色と青色が指定されている[28]
市章と類似した社章が存在することが指摘された[29]
2代目の市章である
取手市「トリテ」を組み合わせて図案化したもの[8][30]1963年3月1日[30][8]取手町章として制定され、市制施行後に継承される
牛久市「牛久」をオオトリの両方の翼の形に図案化したもの[3][31]1960年7月1日[31][3]牛久町章として制定され、市制施行後に継承される
つくば市「つ」を二つ組み合わせて図案化したもの[8][32]1989年4月11日[8][32]色は緑色と水色が指定されている[32][33]
ひたちなか市二つの波が交流する所に「H」を浮かび合わせて図案化したもの[6][34]1995年11月1日[6][34]色は水色と緑色が指定されている[34]
鹿嶋市「カ」を鹿島灘の波頭の形に図案化したもの[10][35]1966年11月2日[10][35][36]鹿島町章として制定され、改称かつ市制施行後に継承される
1980年7月10日に告示される[37]
潮来市「い」を図案化し、水郷地帯を流れる緩やかな川の流れを表しているもの[3][38]2002年7月1日[3]色は黒色が基本的に指定されている[39]
1957年12月に潮来町章として制定され、市制施行後に継承される[40]
守谷市「守」を図案化し、下部の点は、弓矢の矢尻を以て、谷(や)の音と矢(や)に通じるもの[6][41]1966年4月1日[6][41]守谷町章として制定され、市制施行後の2002年2月2日に再制定され、継承される[42]
常陸大宮市「ひ」を川の流れに沿って図案化したもの[6][43]2005年3月22日[6][43][44]
那珂市「ナカ」を翼と円にして図案化したもの[8][45]1959年11月3日[8]那珂町章として制定され、市制施行後に継承される
筑西市筑波山と河川を象徴したもの[8][46]2005年3月28日[8][47]色は青色と緑色が指定されている[46]
坂東市「ば」を図案化したもの[6][48]2005年9月22日[6][48]色は青色と緑色が指定されている[48]
稲敷市地球」・「」・「豊かな実り」を表したもの[3][49]2005年3月22日[3]色は青色・白色・緑色が指定されている[49]
かすみがうら市二重の輪は霞ヶ浦・その水辺に立つを表したもの[10][50]2005年3月28日[10]色は青色が指定されている[50]
桜川市筑波山桜川を表したもの[10][51]2005年10月1日[10][51]色は桃色・青色・水色が指定されている[51]
神栖市「か」を飛鳥の形にして図案化したもの[10][52]1970年3月24日[53]神栖町章として制定され、市制施行後の2005年8月1日に再制定され継承される[10]
1977年12月26日に条例化される[54]
行方市「N」と帆曳船を図案化したもの[6][55]2005年9月2日[6][55]色は黄緑色・青色・赤色が指定されている[55]
鉾田市朝日が昇る様子を図案化したもの[6][56]2005年10月11日[6][57]色は青色と緑色が指定されている[56]
つくばみらい市「つみ」を図案化したもの[8][58]2006年3月27日[8][58]色は赤色・青色・緑色が指定されている[58]
小美玉市「O」・「M」・「T」を図案化したもの[3][59]2006年3月27日[59][3]色は青色と緑色が指定されている[59]

町村部

町村町村章由来制定日備考
東茨城郡茨城町「茨」を図案化したもの[3][60]1956年5月14日[3]
大洗町「大」を波頭の形に図案化したもの[3][61]1954年11月1日[3][62]
城里町「しろ」を図案化し、那珂川の西側に位置しているのを表したもの[8][63]2005年3月25日[8][63]色は緑色・赤色・青色が指定されている[63]
那珂郡東海村「と」と原子力の「r(ガンマー)」を太平洋の波で模様化して図案化したもの[8][64][65]1963年4月1日[8][65]
久慈郡大子町二つの「大」を90度左右に傾けて対称に図案化したもの[8][66]1961年9月12日[8]色は紺色が指定されている[67]
稲敷郡美浦村「み」を図案化し、三つの円は木原村安中村舟島村の一部が一体となって結びあっている姿を示したもの[6][68]1971年10月1日[6][69]
阿見町三つの「ア」を図案化し、「阿見」を表したもの[3][70]1962年3月12日[3][70]
河内町全体と中の楕円は、一粒の米を表し、その中に利根川新利根川を意匠化してから「K」を組み込んだもの[10][71]1996年6月1日[10][71]
結城郡八千代町「8ちよ」を瑞祥のを形どったもの[6][72]1955年4月14日[6][73]八千代村章として制定され、町制施行後に継承される
猿島郡五霞町「ごか」を図案化し、朝日が昇るように表したもの[10][74]1979年11月27日[10][74]五霞村章として制定され、町制施行後に継承される
境町「さ」を円形にして図案化したもの[10][75]1966年9月26日[75][10]1978年3月29日に告示される[76]
北相馬郡利根町二つの「と」を円形にし、合わせて図案化したもの[8][77]1965年1月29日[8][77][78]

廃止された市町村章

20世紀

市郡市町市町村章由来制定日廃止日備考
真壁郡下館町不明不明1954年3月15日
筑波郡大穂町不明不明1979年9月27日初代の町章である
筑波郡谷田部町「谷」を図案化し、安定感と円満、発展性を強く象徴したもの[79]1957年[79]1987年11月30日
豊里町右の翼で「ト」・左の翼で「ヨ」・両翼を結ぶ円形の上部で「サ」・その下部で「ト」を図案化したもの[80][81]1955年[80]
大穂町「大ホ」を円形にして表したもの[82][83]1979年9月27日[82]2代目の町章である
新治郡桜村の花びらとを図案化したもの[84][85][84]1971年8月19日[84]
筑波郡筑波町「ツクバ」を図案化したもの[86][87]1957年[87]1988年1月31日1968年10月18日に告示された[86]
東茨城郡常澄村全体を円形にし、「つね」を図案化したもの[88][89][90]1960年1月1日[89][90]1992年3月3日
久慈郡金砂郷村「か」を両翼の形にして図案化したもの[91]1960年2月22日[92]1993年11月1日
那珂湊市円を10とし、そのうち3:7に分け、「ミナト」を表したもの[93]1936年12月1日[94][93]1994年11月1日湊町章として制定され、那珂湊町として改称、市制施行後に継承された
勝田市全体は「田」とし、その内訳は輪郭は「カ」を円形にしてから、円の中は「ツ」を若芽に形に図案化したものであり、目的は進展としたもの[95][96]1954年11月1日[97][96]勝田町制制時の1940年4月29日に町章として制定されて、市制施行と同時に再制定され、継承された[98][95]
鹿島郡大野村「大」を翼上にし、周りは「の」にし、それらを組み合わせたもの[99][100]1983年2月2日[100]1995年9月1日制定前から使用され、1965年8月20日以降に発行された広報おおのには使用されているが詳細な制定は不明である[101]
稲敷郡河内村全体は「河内」を表し、内訳はの花を中心にし、「和」を意味する円形に意匠化したもの[102][103]1978年4月15日[102][104]1996年6月1日1987年11月1日に告示された[105]
新治郡出島村「出」と複数の鳩で霞ケ浦を表し、波を象ったもの[106]1955年8月[107]1997年4月1日

21世紀

市郡市町市町村章由来制定日廃止日備考
行方郡牛堀町「うし」を意匠化したもの[108]1968年9月15日[108]2001年4月1日
稲敷郡茎崎町「クキザキ」を円形にしてから左右の張った翼の形に図案化したもの[109][110]1983年1月1日[111]2002年11月1日茎崎村章(制定日不明[111])として制定され、町制施行後に継承される
多賀郡十王町「じ」を象ったもの[112]1974年2月12日[112]2004年10月1日
那珂郡大宮町全体は円満を意味し、「大」を円形に図案化したもの[113][114]1973年4月28日[113]2004年10月16日1962年5月[114]に制定されたものを1973年4月28日に再制定される[113]
山方町「山方」を図案化し、雄々しく飛躍してから左右上方に伸ばしたもの[115][114][116]1964年9月1日[117][114][116][117]
美和村「み」を円形にして図案化し、左右上部を翼に象ったもの[118][114][119]1966年10月29日[114][119]
緒川村全体を翼の形にしてから「お」・「川」を円形かつそれらを組み合わせて図案化したもの[120][121][114]1966年9月29日[114][120]
東茨城郡御前山村全体は翼の形にして、「御」を丸くしたもの[122][114]1958年2月[114][122]
久慈郡金砂郷町全体は「K」を表し、内訳は丸は太陽・二本の線は町を流れる山田川と浅川を表し、未来に向かって自然と調和しながら大きく発展することを目的としたもの[123][124]1993年11月1日[124][123]2004年12月1日色は丸の部分は赤色・左側は緑色・右半分は緑色が指定されている[123]
水府村「水」を翼上に図案化したもの[125][124]1959年9月26日[124]
里美村「さ」を基本に「さ」の周りに三つの「と」を意匠化したもの[124][126]1961年10月30日[124][126]制定前は作成されていなかった[126]
那珂郡瓜連町「瓜」を円形にし、現代的に図案化したもの[127][128]1964年4月1日[128][127]2005年1月21日1963年に公表され、翌年の4月1日に制定された[129]
東茨城郡内原町「内ハラ」を組み合わせて図案化し、団結と雄和を目的としたもの[130][131]1963年1月[132][130]2005年2月1日内原村章として制定され、町制施行後に継承された
東茨城郡常北町「常」を丸形かつ鳥の形に図案化したもの[133]1967年12月1日[133]
桂村「カツラ」を組み合わせ図案化したもの[133]1966年10月[133]
西茨城郡七会村「七」を躍動的に図案化したもの[133]1967年8月30日[133]
岩井市「い」を図案化したもの[134]1971年7月1日[134]2005年3月22日福島県いわき市の市章と類似している
猿島郡猿島町「さ」を図案化したもの[134]1962年11月12日[134]
稲敷郡江戸崎町「江」を霞ヶ浦の「波頭」と「飛鳥」に図案化したもの[135]1968年11月1日[135]
新利根町「シントネ」・新利根川の流れを組み合わせて図案化したもの[135]1974年12月23日[135]新利根村章として制定され、町制施行後に継承された
桜川村「桜」と「川」を図案化したもの[135]1955年7月5日[135]
東町「アズマ」を円形に図案化したもの[135]1996年9月1日[135]
(便宜的に制定)
東村章(制定日不明)として制定され、町制施行後に継承された
新治郡霞ヶ浦町二隻の帆引き船で「K」を表し、周囲の円は霞ヶ浦を表したもの[136][137]1997年4月1日[137]色は青色(DIC182)が指定されている[136]
千代田町「千」を丸形と三角型に図案化したもの[138][137]1974年9月20日[137]1986年5月1日に告示される[138]
千代田村章として制定され、町制施行後に継承された
下館市「シモダテ」を「槌」・「宝」を中に配して組み合わせたもの[139]1954年3月15日[140]2005年3月28日
真壁郡関城町「セキ」を図案化し、円形はナシスイカを象徴かつ中心にし、円より出た線は45度に切って「正」を配したもの[139]1958年2月10日[141]
明野町「ア」を図案化したもの[139]1956年[142]
協和町「き」を図案化したもの[139]1968年[143]色は内部は金色であり、外部は紫色が指定されている[143]
北相馬郡藤代町「ふ」を鳥が羽ばたく形に意匠化したもの[144]1965年10月31日[144]
鹿島郡波崎町「は」を図案化したもの[53]1964年3月26日[53]2005年8月1日
行方郡麻生町「ア」を円形に図案化したもの[145]1958年10月15日[146]2005年9月2日
北浦町「北」を円形に図案化したもの[147]1959年[148]北浦村章として制定され、町制施行後に継承された
玉造町「玉」を円形に図案化したもの[149]1958年1月27日[149]
古河市「古」を太陽との形に図案化したもの[150]1950年8月10日[150]2005年9月12日初代の市章である
猿島郡総和町「そう」を円形に意匠化し下部の丸味の内に輪(和)を配しかつ図案化したもの[150]1971年3月6日[150]
三和町扇型の三つの「ワ」で組んだ末広がりを図案化したもの[150]1969年1月1日[150]
新治郡八郷町「郷」を配し、頭文字「八」を図案化した円で囲んだもの[151]1958年6月10日[151]2005年10月1日
西茨城郡岩瀬町「岩」の冠である「山」は筑波山を象り、三つの三角形の組み合わせは旧三那珂を表したもの[152]1965年[152]
真壁郡真壁町「マカベ」を合わせ、図案化したもの[152]1955年9月13日[152]
大和村「ヤマト」を両翼で図案化したもの[152]1965年3月12日[152]
鹿島郡旭村「ア」を翼上に図案化したもの[153]1977年12月[154]2005年10月11日
鉾田町全体は「ホ」であり、鳩が翼を広げるように図案化したもの[155][153]1955年12月[156]
大洋村「た」のを図案化したもの[153]1961年8月[157]
結城郡千代川村「千代」を囲む形で意匠化され、「川」は徐々に広がりを見せて大海へ注ぐ意味を表したもの[158]1955年11月9日[158]2006年1月1日
水海道市中央に「水」を配し翼に形作ったもの[159]1954年7月10日[159]
結城郡石下町円が「町の和」「町民の和」を表し、円の中に「下」を配し、白い部分は「石」を表している[159]1978年4月4日[159]
新治郡新治村円と平行四辺形にした「に」を表したもの[160]1972年9月2日[160]2006年2月20日
笠間市「カサマ」を図案化したもの[161]1958年8月1日[161]2006年3月19日笠間町制時の1938年5月1日に町章と手制定され、市制施行後に初代の市章として制定される[161]
西茨城郡友部町「友」を三本の線で鋭くして意匠化したもの[161]1957年12月17日[161]
岩間町「イワマ」を図案化し、「ワ」は円形を表したもの[161]1959年3月18日[161]
筑波郡伊奈町「イナ」を両翼に表し図案化したもの[162]1966年8月4日[162]2006年3月27日伊奈村章として制定され、町制施行後に継承された
谷和原村「谷」を鳩の形に表したもの[162]1960年4月1日[162]
東茨城郡小川町「小川」翼型にを形どったもの[163]1954年12月10日[163]
美野里町「美」を図案化したもの[163]1960年1月1日[163]
新治郡玉里村円の周囲の二線は水を表して「り」と成し、「里」を配したもの[163]1979年7月1日[163]


関連項目

参考文献

脚注

関連項目

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