栃木県の市町村章一覧

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栃木県の市町村章一覧(とちぎけんのしちょうそんしょうのいちらん)は、栃木県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
宇都宮市亀甲・「宮」を図案化したもの[1][2][3]1911年2月14日[1][2]
足利市神鏡(古鏡)に「足」を配したもの[4][2]1914年1月14日[4][2]足利町の町章を1921年1月1日の市制施行後もそのまま使用[4]
栃木市「と」を図案化としたもの[5]2010年10月2日[5]色は青色・緑色・橙色が指定されている[6]
佐野市「S」を図案化したもの[7][8]2005年11月10日[8][7]色は緑色・橙色・青色が指定されている[9]
2代目の市章である
鹿沼市「カ」を図案化し、さらに細分化して「カヌマ」を表したもの[10][11][12]1948年10月1日[11][12]
日光市「N」を円形に五つ配したもの[13][14][15]2006年3月20日[13][15]色は橙色と赤色が指定されている[13]
2代目の市章である
小山市「小」を円形に図案化したもの[2]1954年9月18日[2]
真岡市「真」を図案化したもの[16][15]1954年12月20日[16][15]
大田原市「大」を飛鳥形に図案化したもの[17][18][12] 1927年1月1日[12]大田原町制時に制定された町章を1954年12月1日の市制施行後もそのまま使用している
矢板市「矢い」を図案化したもの[19][20][15]
1958年11月1日[19][15]
那須塩原市「NS(那須塩原)」を立体的に図案化したもの[21][8]2005年1月1日[22][8]色は橙色・青色・緑色が指定されている[22]
さくら市「さ」を図案化したもの[23][24][8]2005年3月28日[23][8]花弁は桃色・背景は青色・「さ」は白色が指定されている[23]
那須烏山市二羽のカラスで「山」・太陽で「自然」と「やさしい町」を図案化したもの[25][26]2005年10月1日[8][26]色はカラスの部分は外観は黒色・内部は緑色で太陽の部分は黄土色が指定されている[26]
下野市「下」を図案化したもの[27][28][8]2006年1月10日[8]色は緑色・赤色・橙色が指定されている[27]

町村部

町村町村章由来制定日備考
河内郡上三川町「上三川」を一字に抽象化したもの[29][30][2]1968年1月1日[29][30][2]
芳賀郡益子町「益」を図案化したもの[31][32]1965年1月11日[31][32]
茂木町「モ」を形どり、正三角形を左側に配したもの[33][32]1969年3月1日[32]
市貝町「市」を図案化したもの[34][2] 1961年7月30日[2]市貝村章として制定され、町制施行後に継承された
芳賀町「ハ」は円形にし、「カ」は正三角形に図案化したもの[2][35]1956年12月27日[35][2]
下都賀郡壬生町「ミブ」を円形型に組み合わせたもの[36][32]1960年7月5日[32]
野木町「の木」を図案化したもの[37][32][38]1973年2月1日[32]
塩谷郡塩谷町塩谷の「シ」で谷を作成している[39][40][41]1978年6月6日[41]
高根沢町「高」を大きく羽ばたく鳥に意匠化したもの[42][41]1959年12月25日[41]
那須郡那須町「ナス」を図案化したもの[43][32]1963年9月30日[32]
那珂川町「N」を基にし、太陽を配したもの[44][41]2005年10月1日[41]色は「N」の部分は緑色・黄緑色で太陽の部分は赤色である[44]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
下都賀郡大平町「大ヒラ」を図案化したものであり、雄和を表したもの[45]1971年11月[45][46]1991年5月18日初代の町章である
黒磯市「クロ」を菱形にして図案化したもの[47][48]1958年6月16日[48]2005年1月1日黒磯町章として制定され、市制施行後に継承され、1978年4月1日に再制定された[49][50]
那須郡西那須野町「にし」を図案化したもの[51]1967年2月10日[50]
塩原町「しお」を図案化し、全体は「しおばら」を表したもの[52]1967年9月1日[50]
佐野市「サ」を図案化したもの[53]1943年12月31日[53]2005年2月28日初代の市章である
安蘇郡田沼町「た」を翼型にして図案化したもの[54][53]1967年3月17日[53]
葛生町「く」を頂角にして図案化したもの[55][53][56]1968年10月21日[53]
塩谷郡氏家町「ウ」とその中にある中心の円は「輪(和)」象徴化したもの[57][58]1969年11月1日[58][57]2005年3月28日
喜連川町「喜」を図案化し、斬新と簡明化を図って「キ」の中に「川」を表したもの[59][60][58]1964年12月1日[58][59]
那須郡湯津上村「ゆ」を図案化し、逞しく、調和をとれた村の発展を表したもの[61]1974年6月1日[62][63]2005年10月1日
黒羽町全体は二つのダイヤ型にし、内訳は上部分は「山」と下部分は「川」を「羽」で表し、真ん中に「黒」の文字を入れたもの[64][65][66]1974年9月25日[63][65]
南那須町全体は円形であり、「南」を抽象化し、「なす」を併用し図案化したもの[67]1964年10月1日南那須村章として制定され、町制施行後に継承される
烏山町「力」を表し、「山」と併用し図案化したもの[67]1980年1月1日[67]
馬頭町「バトウ」を組み合わせたもの[68]1963年11月10日[68]
小川町「小川」を扇の形に抽象化したもの[68]1965年5月25日[68]
上都賀郡粟野町「アワノ」を想像して表現したもの[69]1961年6月5日[69]2006年1月1日
河内郡南河内町「カワ」を図案化したもの[70]1972年7月1日[70]2006年1月10日
下都賀郡石橋町「いしばし」を図案化し、その内、「い」は平行四辺形にして、「し」を丸くしたもの[71][70]1967年4月1日[70]
国分寺町「こ」を「和」にして、「く」をハトが飛び出すように意匠化したもの[72][70]1976年6月1日[70]
日光市全体は日光を表し、「光」を図案化し、「日」で囲ったもの[73]1893年1月1日[74]2006年3月20日日光町章として制定され、市制施行後に初代の市章として継承された
恒久王妃昌子内親王成久王妃房子内親王から日光町旗と紋章入提灯を下賜されたものである[74]
元・宮内省御養育主任の作品である[74]
今市市同じ大きさの菱形を2分の1、下にずらして二つ重ねてから、重ねる部分の小さい菱形を白抜きにして中心部に「一」の字を配し、「今」の字を図案化したもの[75][76]1950年10月1日[77][76]今市町章として制定され、市制施行後に継承された
上都賀郡足尾町「アシ」を図案化したもの[78]1967年10月19日[77]
塩谷郡栗山村「クリ」を表し、山を併用したもの[79]1959年4月1日[77]
藤原町「フジハラ」を円形に図案化したもの[80]1974年6月15日[77]
河内郡上河内町全体は矢印にし、「河内」を図案化したもの[2]1969年10月15日[2]2007年3月31日上河内村章として制定され、町制施行後に継承された
河内町羽黒山鬼怒川の流れを図案化したもの[41]1967年4月4日[41]
芳賀郡二宮町「二宮」を図案化したもの[32][81]1973年6月20日[32][81]2009年3月23日
栃木市二本の千木・鰹木で十字、千木を配して「十千木」の意味を表したもの[41]1937年7月14日[41]2010年3月29日
下都賀郡大平町アジサイの花弁を図案化し、「」は調和を意味したものであり、中央は未来を表したもの[82][2]1991年5月18日[2]2代目の町章である
色はコバルトブルー色とスカイブルー色が指定されている[83]
藤岡町「F」を躍進するように図案化したもの[32]1965年[32]
(月日不明)
都賀町「ツガ」を図案化したもの[41]1971年10月1日[41]
上都賀郡西方町「にし」を図案化したもの[32]1971年11月3日[32]2011年10月1日西方村章として制定され、町制施行後に継承された
下都賀郡岩舟町「いわ舟」を図案化したもの[84][2]1966年12月1日[84][2]2014年4月5日[2]

参考文献

脚注

関連項目

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