埼玉県の市町村章一覧

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埼玉県の市町村章一覧(さいたまけんのしちょうそんしょうのいちらん)は、埼玉県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
さいたま市「S」を図案化したもの[1]2001年10月25日[1]色は緑色と黄緑色が指定されている[2]
川越市中央に「川」・周辺に「コエ」を図案化したもの[3][4] [5]1912年5月11日[4][5]川越町章として制定され、市制施行後に継承される
熊谷市「クマ」を輪郭として「谷」を図案化したもの[6][7][8]2005年10月1日[7][8]1919年11月7日に熊谷町章として制定され、市制施行後と新制市制施行後も継承される[8]
川口市外側の円が「川」、内側の菱形が「口」を図案化したもの[4][9]1933年9月18日[4][9]川口町章(制定日不明)として制定され、市制施行後に継承された[9]
行田市輪郭に「行」を図案化し、中央の「十」と輪郭で「田」を表している[10][7]1949年4月23日[7]
秩父市「父」を図案化したもの[11]2005年4月1日[11]1926年4月8日に秩父町章として制定され、市制施行後と新制市制施行後も継承される[12]
所沢市トコロヤマノイモ科の一種)のを図案化し、

輪郭は「ワ」を3つ合わせ「和」をモットーにした市づくりへの願いが込められたもの[13][11][14]

1955年11月3日[11][14]2代目の市章である

別途定められたシンボルマークがよく使われる

飯能市「ハンノウ」が配されているもの[15]1922年12月5日[15]飯能町章として制定され、市制施行後に継承された
別途定められたシンボルマークがよく使われる
加須市「加」を図案化したもの[16]2010年11月21日[16]2代目の市章である
青色・緑色・橙色が指定されている[17]
本庄市「本」を図案化したもの[15]2006年10月22日[15]赤色・青色・緑色が指定されている[18]
2代目の市章である
東松山市全体は「東」を形作り、「マ」を三つ組み合わせ、山形を組み合わせたもの[15][19]1954年9月13日[15]
春日部市「春」を図案化したもの[4]2005年10月1日[4]2006年3月17日に告示される[20]
色は緑色に指定されている[20]
2代目の市章である
狭山市「サ」を表し、「山」を配して、「狭山」を表したもの[21][7]1954年12月18日[7]
羽生市「羽生」を表している[15][22]1955年1月14日[15][22]
鴻巣市「K」を図案化したもの2021年4月1日[23]色は緑色・紫色・青色が指定されている
2代目の市章である
2006年10月1日にシンボルマークとして制定
深谷市「フカヤ」を基にして、二本の青い線で利根川荒川を表したもの[15]2006年3月5日[15]色は赤色と青色が指定されている[24]
2代目の市章である
上尾市「ア」を鋭く描いたもの[1]1966年7月1日[1]2代目の市章である
草加市「草」の古字である「艸」と「カ」を図案化したもの[15]1958年11月1日[15]
越谷市外側は十個の輪とし、中央の輪は四つの「コ」・真ん中に「谷」を図案化したもの[4]1955年1月10日[4]越谷町章と制定され、市制施行後に継承される
蕨市周りの円に「わ」・円内右側に「ラ」・円内左側に「ビ」を図案化したもの[25][26][27]1959年4月1日[26][27]蕨町制時の1915年7月28日に制定され、市制施行後に継承される[27]
戸田市「と田」を一体化したもの[11]1966年10月1日[11]
入間市「入」を若鳥に象ったもの[1]1967年3月23日[1]
朝霞市「アサカ」を組み合わせて、飛鳥の姿に図案化したもの[1]1967年3月15日[1]
志木市https://www.city.shiki.lg.jp/images/content/2378/20200525-150908.jpg「志木」を図案化したもの[7]1970年10月26日[7]
和光市「和」(輪)の中へ「光」を入れたもの[26]1970年10月31日[26]2009年3月3日に告示される[28]
新座市「ニザ」のロゴタイプにより構成した「ザ」を強烈に造形化してそれらを円で囲んだもの[11]1970年11月14日[11]
桶川市「オケ」を組み合わせたもの[11]1968年11月1日[11]桶川町章として制定され、市制施行後に継承される
久喜市「久」を基調にしたもの[29]2010年11月7日[29]色は青色・緑色・黄緑色が指定されている[29]
2代目の市章である
北本市上部に「北」・下部に「本」を組み合わせ、図案化したもの[4]1965年8月1日[4]北本町章として制定され、市制施行後に継承される
八潮市「八潮」を図案化したもの[30]1964年9月17日[30]八潮村章として制定され、町制施行後かつ市制施行後に継承される
富士見市中央に富士山をおき、周囲に3本の川(荒川新河岸川柳瀬川)と合併前の三か村(鶴瀬村南畑村水谷村)の合併を意味した円を配したもの[15]1966年5月1日[31]富士見町章と指定制定され、市制施行後の1982年4月10日に再制定される[15]
三郷市三つの「サ」「ト」を図案化したもの[30]1960年12月10日[30]三郷村章として制定され、町制施行後かつ市制施行後に継承される
1985年1月1日に告示される[32]
蓮田市「ハス田」を組み合わせ、その周りにハスの花を象り図案化したもの[11]1972年9月30日[11]
坂戸市「サカ」を極めて近代的に意匠化したもの[7]1963年3月1日[7]坂戸町章として制定され、市制施行後に継承される
1963年1月25日に公表され、同年3月1日に制定される
幸手市サクラの花弁と「幸」を図案化したもの[7]1980年11月7日[7]幸手町章として制定され、市制施行後に継承される
大正時代(詳細な日付等は不明)に考案され、制定される[33]
鶴ヶ島市全体をの形にして、「ツル」の組合せて図案化したもの[11]1965年6月1日[11]鶴ヶ島町章として制定され、市制施行後に継承される
日高市「ひ」を図案化したもの[11]1970年11月30日[11]日高町章として制定され、市制施行後に継承される
吉川市中央に「吉」、三方に川を配し、合併の喜びを熨斗目に図案化したもの[30]1955年3月1日[11]吉川町章として制定され、市制施行後に継承される
ふじみ野市「F」を基にしたもの[15]2006年4月1日[15]色は青色・緑色・黄緑色が指定されている[34]
白岡市「白岡」を図案化したもの[11]1955年4月13日[11][35]白岡町章として制定され、市制施行後に継承される

町村部

町村町村章由来制定日備考
北足立郡伊奈町「いナ」を図案化したもの[1][36]1970年11月1日[1][36]伊奈村制時の1950年7月15日に伊奈村章として制定され、町制施行後に継承される[36]
入間郡三芳町「ミヨシ」を円形に意匠化したもの[30]1972年1月6日[30]
毛呂山町「毛呂山」を意匠化したもの[30]1968年12月23日[30]
越生町「越」を配し、「生」を図案化したもの[4]1973年2月19日[4]
比企郡滑川町上下の円は「ナメ」を図案化したものであり、中央に「川」を表したもの[11]1963年12月17日[11]滑川村章として制定され、町制施行後に継承される
嵐山町「ラン山」を上下に配し、図案化したもの[30]1967年4月15日[30]
小川町「小」を巻紙の形に表したもの[1]1973年7月1日[37]1975年2月11日に告示される[38]
川島町「川シマ」を図案化したもの[4]1962年6月5日[39][4]川島村章として制定され、町制施行後に継承される
吉見町四つの「ヨ」と「シ」を組合せ、点を三つ打って「ミ」としたもの[4]1954年7月1日[40]吉見村章として制定され、町制施行後に継承される
1954年11月に再制定される[4]
鳩山町「は」を鳩の形に意匠化したもの[11]1973年4月5日[11]鳩山村章として制定され、町制施行後に継承される
ときがわ町「と」を図案化したもの[11]2006年2月1日[11]色は上部の円は橙色・左側の三日月部分は青色・右の二本の波線部分は緑色が指定されている[41]
秩父郡横瀬町四つの円で「ヨコ」を図案化したもの[30]1978年3月13日[30]横瀬村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[42]
皆野町「皆野」を図案化したもの[30]1965年5月2日[43]1973年9月1日に告示される[44]
長瀞町「ナ」を図案化したもの[11]1972年11月1日[11]
小鹿野町周囲を形どる「父」を表し、中央部に「小」を表しかつ図案化したもの[1]2005年10月1日[11]旧・小鹿野町制時の1937年2月5日に制定され、新制町制施行後も継承される
東秩父村「ひ」を飛ぶ鳥に図案化したもの[45]1967年9月1日[15]
児玉郡美里町「美」を図案化したもの[30]1967年8月1日[30]美里村章として制定され、町制施行後に継承される
神川町二つの「K」を重ねているのを表したもの[46]2006年12月20日[46]色は藍色が指定されている[46]
2代目の町章である
上里町四つの「上」を円形にし、象徴されているもの[4]1971年11月3日[4]
大里郡寄居町「寄居」を図案化したもの[30]1982年5月25日[47]1957年に制定され、線の太さ・地空間の幅・「寄居」の大きさの比率を明確にさせ、1982年5月25日に告示される[30][48]
南埼玉郡宮代町「み」を若芽に図案化し、円形は太陽、大らかな末広がりに象ったもの[30]1982年5月18日[30]制定前は作成されていなかった[42]
北葛飾郡杉戸町全体を地形がワシの形に似ていることから、その形にし、目は、埼玉県の県章である勾玉をあしらったもの[11]1990年4月1日[11]2代目の町章である
松伏町マツを松葉で円形に図案化したもの[15]1969年4月1日[15]

廃止された市町村章

20世紀

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
大里郡深谷町不明不明1955年1月1日
入間郡豊岡町不明不明1956年9月30日
上尾市外周は三つの「上」であり、その内部に「尾」を配してから図案化したもの[49]1955年1月[49]1966年7月1日上尾町章として制定され、初代の市章として継承された
北足立郡朝霞町不明不明1967年3月15日
入間郡西武町不明不明1967年11月30日
北足立郡大和町全体は「大和」を意匠化し、内訳は「大」を二重円にし、「和」を育まれるようにする目的で配したもの[50]1961年2月15日[50]1970年10月31日
南埼玉郡蓮田町不明不明1972年10月1日
北埼玉郡騎西町不明不明1975年1月11日初代の町章である
大里郡川本村不明不明1977年2月11日
北埼玉郡川里村規定されていない[51]1988年10月1日初代の村章である
北葛飾郡杉戸町外側は旧・杉戸町を中心にし、三方から村が和合し、一つに纏まった姿を表し、中側に「杉」を図案化したもの[52]1976年1月27日[52][53]1990年4月1日[53]告示第3号によって制定される[53]
初代の町章である

21世紀

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
浦和市「ウラワ」をふくら雀の形に表したもの[54][55][56]1934年2月11日[56][57][55]2001年5月1日1922年に浦和町章として制定され、市制施行後に継承された[55]
大宮市大字形の桜と氷川神社にある神器である八咫鏡の芯部に「宮」を配したもの[58]1940年11月20日[58][59]1923年に大宮町章として制定され、市制施行後に継承された。1981年3月31日に告示された[60][57]
与野市与野公園の花弁を「ヨノ」で表し、中央部は「Y」を象っている[61]1933年9月18日[61][62]与野町章として制定され、市制施行後に継承された
入間郡名栗村「名グリ」を円形に表したもの[63]1971年4月1日[37]2005年1月1日1984年3月13日に告示された[63][64]
岩槻市「岩」に「ツキ」を囲んだもの[65]1955年10月1日[65]2005年4月1日
秩父郡吉田町四つの「田」で吉田を表し、それを四方に囲んだもの[66]1972年8月14日[67]
(便宜的に制定)
1972年9月1日に再制定された[66]
昭和時代初期以前(詳細な制定日は不明)から使用され、1972年8月14日に便宜的に制定された[66]
1982年8月1日に図法を定める[68]
荒川村「荒」を図案化したもの[45]1978年7月7日[67]
大滝村「大タキ」を図案化したもの[45]1987年12月26日[67]1943年に制定されていたものを[45]1987年12月26日に告示された[67]
北足立郡吹上町二つの「キ」と「上」を図案化したもの[69]1968年9月2日[69]2005年10月1日
北埼玉郡川里町黒塗りの部分は、屈巣、広田、共和の各地区を示すとともに「川里町」の「川」を意匠化したもの[69]1988年10月1日[69]2代目の川里村章として制定され、町制施行後に継承された
大里郡大里町「里」を配し、その周辺「大」を図案化したもの[70]1955年1月1日[71]1987年10月1日に告示された[70][72]
大里村章として制定され、町制施行後に継承された
妻沼町「め()」を図案化したもの[70]1961年10月16日[70]
上福岡市「フク」を意匠化したもの[73]1964年10月9日[73]1960年に制定されたものを1964年10月9日に再制定される[74]
福岡町章として制定されたものを市制施行後に継承された
入間郡大井町「大い」を近代的に意匠化し、に象ったもの[75][73]1971年11月3日[73]
秩父郡両神村「両」と両神山を表したもの[66]1963年4月1日[66]1989年11月15日に告示される[76]
春日部市春日部重行の紋章の中に「春」を形どったもの[77]1954年12月6日[78]初代の市章である
北葛飾郡庄和町「庄」の一部である「土」の「十」の部分を丸くして「庄」を表し、円で「和」を荘著したもの[79]1959年4月7日[79]庄和村章として制定され、町制施行後に継承された
北埼玉郡南河原村「ミ」を配し「ナミ」を円形に図案化したもの[80]1976年1月15日[80]2006年1月1日
深谷市「フカヤ」を円形にして図案化したもの[81]1955年1月1日[81]1955年6月15日に規定される[82]
初代の市章である
大里郡岡部町三ヶ所の三角は合併前の三村(岡部村・榛澤村本郷村)であり、その間に「岡」に頑丈に添ったもの[83]1968年12月1日[83]
川本町「川本」を図案化したもの[71]1977年2月11日[81]
花園町」を図案化し、「花園」を外周の花弁で表したものであり、また、花弁は町内の全大字(荒川小前田北根黒田永田武蔵野)を表したもの[48]1977年7月25日[48]色は緑色が指定されている[84]
花園村章として制定され、町制施行後に継承された
児玉郡神川町全体の丸の中に「カミ川」を図案化したもの[85]1975年4月1日[86]神川村章として制定され、町制施行後に初代の町章にして継承される
神泉村「泉」を図案化し、形は神鏡を表したもの[87]1972年4月1日[86]
本庄市「ホ」で三方より円形に図案化したもの[88]1955年11月21日[86]2006年1月10日初代の市章である
児玉郡児玉町「児」を円形に図案化したもの[85]1965年12月1日[86]
比企郡都幾川村「と」で「き川」を丸く囲んだもの[40]1967年1月1日[40][89]2006年2月1日
玉川村「タマ川」を図案化したもの[40]1964年1月30日[40][89]
大里郡江南町「コウナン」を図案化して合併前の二村(御正村小原村)を「コナ」で足した(+)もの[70][90]1976年4月1日[90][70]2007年2月13日江南村章として制定され、町制施行後に継承される
色は赤色が指定されている[70]
久喜市二つ「久」を組み合わせ、中の白く空いた部分で「キ」と読ませて、上下に三角形を配したもの[7][91]1964年9月19日[91][7]2010年3月23日久喜市立久喜南中学校(当時の久喜町立久喜南中学校)美術部の作品である[91]
久喜町章として制定され、市制施行後に初代の市章として継承された
北葛飾郡鷲宮町外円は四つの和の「大和・平和・協和・親和」を意味し、それを「ワ」にし、それらを四つの周囲に配し、内側に「宮」を包んだもの[26][91]1955年3月[91][26]
栗橋町上部に「ク」・二重の円形を表し、それらを鳥形にしたもの[7][91]1967年11月27日[91][7]
南埼玉郡菖蒲町合併前の五町村(旧・菖蒲町・三箇村小林村栢間村大山村大字上大崎)の団結と発展を象徴したもの[7][91]1960年5月26日[7][91]
加須市「か」を図案化したもの[92]1955年7月5日[4]初代の市章である
北埼玉郡騎西町フジの花・太陽の中に「キ」を図案化したもの[4][92]1975年1月11日[4]2代目の町章である
北川辺町「北川」を意匠化し、利根川渡良瀬川の合流点を「V」にしてその場所に位置していることを意味したもの>[93][92][1]1972年6月27日[1]
大利根町合併前の四村(東村原道村元和村豊野村)を「和」として表したもの[92][1]1964年12月14日[1]
鳩ヶ谷市「ハト」を左右に並べ円形に意匠化したもの[15]1928年4月1日[94]2011年10月11日鳩ヶ谷町章として制定されたが、川口市に編入される際に廃止された後に分離して再度、町章として使用され、市制施行後の1967年3月1日に再制定され継承された[15]
鴻巣市「こうのす」を円形にかたどって輪唱したもの[7]1954年9月30日[7]2021年4月1日鴻巣町制時の1932年3月10日に制定され、市制施行後に継承される[95]初代の市章である

参考文献

脚注

関連項目

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