島根県の市町村章一覧

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島根県の市町村章一覧(しまねけんのしちょうそんしょういちらん)は、島根県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
松江市「松」を公木と崩して図案化し、城址亀田山に因み、外郭は「亀田」、中は「松葉」を表したもの[1][2]2005年3月31日[2]旧・松江市制時の1898年12月20日に制定され、新制施行後に継承される[3]
浜田市「波」を図案化したものを「浜」と表し、星を配している[4]2006年2月23日[4]旧・浜田市制時の1940年12月21日に制定され、新制施行後に継承される[5]
出雲市「出」を図案化したもの[2]2005年3月22日[2]2代目の市章である
益田市「マスダ」を図案化したもの[4]1953年4月10日[4]1923年に益田町章として制定されていたのを市制施行後に一部修正して継承される[6]
大田市「大」を矢印と円の形に図案化したもの[2]2006年4月1日[2]旧・大田市制時の1954年6月30日に制定され、新制施行後に継承される[7]
安来市「安」を図案化したもの[4]2004年10月1日[4]2代目の市章である
色は緑色・橙色・青色が指定されている[8]
江津市「G」を基本とし、中央から外に向かって伸びる二枚の翼を表したもの[4]2004年10月1日[4]2代目の市章である
色は緑色・赤色・青色が指定されている[9]
雲南市「U」を図案化したもの[2]2004年11月1日[2]赤色と橙色が指定されている[10]
2004年9月26日に公表され、2004年11月1日に制定される[10]

町村部

町村町村章由来制定日備考
仁多郡奥出雲町四つの「輪」を表したもの[2]2005年12月21日[2]色はシアン・マゼンタ・黄色・黒色の四色の内の何れかを指定している[11]
飯石郡飯南町赤来町・旧頓原町がしっかりと腕を組み和と団結を図っているのを表し、「i」を図案化したもの[2]2005年1月21日[2]
邑智郡川本町「川」と「水」を象って中央に配したもの[2]1965年4月8日[2]
美郷町「み」を図案化したもの[4]2004年10月1日[4]色は楕円は赤色・上方の円弧は青色・下方の円弧は緑色が指定されている[12]
邑南町「邑」を図案化したもの[2]2004年10月1日[2]色は青色が指定されている[13]
鹿足郡津和野町石見地方の「石」と二つの「巴」で表しているもの[4]2005年9月25日[4]2代目の町章である
吉賀町「吉」を図案化したもの[4]2005年10月1日[4]色は黄色・緑色・青色・白色が指定されている[14]
隠岐郡海士町下方の三は水で、輪郭は波を表し、「海」中央部のキクは「士」形を成し、それらを表したもの[15][4]1915年7月8日[4]海士村章として制定されていたものを町制施行後に継承される
西ノ島町西ノ島町の地形を表したもの[16][4]1971年1月1日[4]
知夫村「知夫」を円形に図案化したもの[17][4]1966年3月[4]
隠岐の島町「0」と日本海の波頭を表したもの[2]2005年10月1日[18]色は水色と青色が指定されている[18]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
那賀郡伊南村不明1918年[19]1923年2月11日
能義郡安来町安来公園社日桜を表したもの[20]不明1954年4月1日
八束郡玉湯町2つの勾玉を束ねたもの不明1979年6月初代の町章である
安来市「安ギ」を図案化したもの[21]1954年4月1日[21]2004年10月1日初代の市章である
1954年4月26日に再制定された[7]
色は赤色が指定されている[22]
能義郡広瀬町「吐月山」を図案化したもの[21]1899年6月10日[21]旧・広瀬町制時に制定され、新・広瀬町制時に継承された[21]
伯太町「伯太」を図案化したもの[21]1954年7月1日[21]色は緑色が指定されている[23]
江津市「江ツ」を鳥の形に図案化したもの[24][25]1954年10月8日[26]初代の市章である
邑智郡桜江町「サ」を図案化したもの[27]1956年1月1日[26]
邑智町「邑」を図案化し、周囲の円は融和と発展を表したもの[28]1958年10月[29]
大和村円形は「大和」、左右の三本の筋は合併前に三村(都賀村・都賀行村・布施村)を表したもの[30]1967年[30]
瑞穂町中心に「円」・生産性を表すために「稲束(イネの束)」を表したもの[31][32][33]1964年8月19日[31]
石見町「い」を図案化したもの[34]1957年7月26日[34]
羽須美村「羽」を図案化したもの[35]1967年2月11日[36]
隠岐郡西郷町隠岐(隠岐島後)の玄関である西郷港(西郷湾)を図案化し、上部に西郷市街地・左右に愛宕山・中央部は日本海を表したもの[37][38]1984年10月7日[39]1921年刊行の「西郷町誌」で発案・使用されていたものを1984年10月7日に告示された[40]
布施村三本(三箇所の部落である飯美卯敷布施を表している)のを使ったもの[41][42]1916年3月31日[41][42]1914年に制定されたものを再制定したもの[41]
五箇村全体の円形は村の融和と団結、中央の空白部分は「ゴ」を表したもの[43][44]1979年[43]制定前は作成されていなかった[45]
都万村左右対称の半円は闘牛の角、真ん中の二つの三角形は高田山を表したもの[46]1979年[47]制定前は作成されていなかった[48]
美濃郡美都町「ミト」を図案化したもの[6]1956年4月1日[6]2004年11月1日
匹見町「匹」を図案化したもの[6]1955年7月1日[6]
大原郡大東町の花の真ん中に「大」を配したもの[49][50]1903年11月6日[50]旧・大東町制時から使用され、新制施行後に継承される
加茂町「カ」を力強く表し、雄和と発展を表したもの[51]1974年5月1日[52]
木次町「木」を鋭くして図案化したもの[53][54]1958年10月[54]1981年10月26日に告示される[53]
飯石郡三刀屋町全体をの形にし、三つの「ト」と「Y」を表したもの[55][56]1954年1月20日[57]第二次世界大戦前に制定されていたが詳細は不明である[55]
掛合町「×」は乗法で「掛」を「+」は加法で「合」を意味し、前向きに表したもの[58][59]1951年4月1日[58]明治時代に制定されていたが、詳細は不明である[58]
吉田村四つの「よ」と「田」を合わせて丸く円満を目的とするために図案化したもの[60][61]1889年4月1日[60]町村制より前に制定されていたが、詳細は不明である[60]
飯石郡頓原町頓原の「ト」と志々の「志」を「四」に読み替え、円形に組み合わせたもの[62]1958年[63]2005年1月1日
赤来町「ア」を図案化したもの[64]1959年5月[65]
出雲市「出」を表したもの[66]1947年11月3日[66]2005年3月22日初代の市章である
1957年11月3日に形状を決定した[67]
平田市「ヒラ」を図案化したもの[66]1955年10月20日[66]
簸川郡佐田町「サ」を象徴したもの[66]1956年12月21日[66]佐田村章として制定され、町制施行後に継承された[68]
多伎町円と弧は「和」を象徴し、「タキ」を組み合わせたもの[66]1966年9月30日[66]多岐村章として制定され、町制施行後に継承された[69]
湖陵町「コ」を円形に図案化したもの[66]1969年11月3日[66]
大社町「大」を表したもの[66]1961年9月26日[66]
八束郡鹿島町「カしマ」を図案化したもの[70][71]1971年5月[71]2005年3月31日1980年7月15日に告示された[72]
島根町左側の半円で「し」・右側の半円と点で「マ」・中央が「ネ」をあしらったもの[73]1971年12月11日[74]
美保関町「美」を図案化し、合併前の四町村(美保関町、千酌村、片江村、森山村)をがっちりと結び、円満団結と飛躍を表したもの[75][76]1957年5月31日[76][75]
玉湯町玉(勾玉)を中央にしてから「ユ」を湾曲させて、それらで単純明快に図案化たもの[70][77]1979年6月[77][78]2代目の町章である
宍道町「宍」を曲がった形にして発展を意味して図案化したもの[70][79]1975年11月14日[80][81]
八束町八つの「カ」を円周で組み合わせたもので「八カ」=「八束」読むことが出来、町内の八大字江島遅江亀尻寺津入江波入二子馬渡)を表したものである[70][82]1970年4月1日[83]
八雲村岩坂村・旧熊野村・旧大庭村を円満な形にして象徴したもの[70][84]1954年3月10日[84][85]
仁多郡仁多町「仁」を円形と三角形にして図案化したもの[23]1955年[86]
横田町
(赤色篇)

(青色篇)
「よ」を鳩の形に図案化したもの[87]1959年7月[87]色はメインカラーは赤色(横田レッド)・サブカラーは青色(横田ブルー)が指定されている[87]
鹿足郡津和野町三つの松葉を意匠化し、その中に「津」を配したもの[88]1955年1月10日[89]2005年9月25日旧・津和野町制時(制定日不明[89])に制定され、新町制時に継承され、1978年1月1日に再制定された[88]
初代の町章である
日原町「日」を図案化したもの[88]1938年4月10日[88]制定前から仮に使用していた[90]
那賀郡金城町「カ」を図案化したもの[5]1960年7月10日[5]2005年10月1日金城村章として制定され、町制施行後に継承した
旭町「旭」を図案化したもの[5]1958年12月1日[5]
弥栄村「ヤサカ」を大胆に組み合わせて図案化したもの[5]1967年9月27日[5]
三隅町三つの「ス」を図案化したもの[5]1955年4月1日[5]
邇摩郡温泉津町「ゆ」を輪上にして図案化したもの[91][92]1954年7月3日[91]
仁摩町白字で「二」・赤字で「マ」を組み合わせ、表したもの[93][94]1954年7月[93]色は赤色と白色が指定されている[93]
鹿足郡六日市町「六日」を組み合わせたもの[95]1970年6月6日[95]
柿木村三角形を組合せたもの[95]1968年12月24日[95]
八束郡東出雲町「ヒ」・「雲」を図案化したもの[4]1963年11月5日[4]2011年8月1日
斐川郡斐川町「ひ川」を組み合わせたもの[4]1955年[4]2011年10月1日斐川村章として制定され、町制施行後に継承した

参考文献

脚注

関連項目

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