長野県の市町村章一覧

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長野県の市町村章一覧(ながのけんのしちょうそんしょういちらん)は、長野県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

奥穂高岳

市部

市章由来制定日備考
長野市「長」を変形し、図案化したもの[6]1967年3月29日[6][7]色は青竹色が指定されている[8]
1967年10月16日に再制定される[9]
3代目の市章である
松本市若松と「本」を図案化したもの[4]1938年1月8日[4]2代目の市章である
上田市クローバー真田氏の紋章である六門銭を表している[5]2006年3月6日[5]色はクローバーは緑色・桜は桃色が指定されている[10]
2代目の市章である
岡谷市「岡谷」を表している[11]1936年5月9日[11]
飯田市「い」を2つ組み合わせて、「田」を図案化したもの[6]1957年10月3日[6]旧・飯田市制時の1937年4月1日に制定され、[12]新・飯田市制施行後の1957年10月3日に再制定される[13]
諏訪市「スワ」を図案化したもの[14]1941年8月10日[14]
須坂市「ス」を図案化したもの[3]1915年11月1日[3]須坂町章として制定され、市制施行後に継承される
小諸市の花と「小」を図案化したもの[3]1954年8月1日[3]
伊那市木曽山脈中央アルプス)との花びらを表している[3]2006年5月29日[3]色は青色・桃色・緑色が指定されている[15]
2代目の市章である
駒ヶ根市「コマ」を立体的に図案化したもの[3]1954年7月1日[16]1961年8月1日に告示される[3][17]
中野市「中の」を組み合わせたもの[18]2005年4月1日[18]中野町制時の1933年11月に制定され、[16]旧・中野市制時に継承され、1961年4月1日に告示されかつ新・中野市制施行後の2005年4月1日に再制定される[19][20]
大町市「大」を図案化したもの[5]1954年12月21日[5]色は慣行物などの資料には黒色が使用されている[21]
飯山市「いいやま」を意匠化したもの[5]1954年8月1日[5]
茅野市「チノ」を組み合わせたもの[14]1958年7月17日[22]茅野町章として制定され、1958年9月20日に告示され、継承される[14]
塩尻市四つの「ホ」を円形に組み合わせたもの[3]1959年5月10日[3]
佐久市「さ」を鳥が羽ばたく形に図案化したもの[3]2005年7月1日[3]2代目の市章である
千曲市「千」を表したもの[14]2004年2月6日[14]色は橙色・緑色・青色が指定されている[23]
東御市「と」を図案化したもの[18]2004年4月1日[18]色は橙色・青色・水色が指定されている[24]
安曇野市「安」を図案化したもの[6]2005年10月1日[6]色は緑色と橙色が指定されている[25]

町村部

町村町村章由来制定日備考
南佐久郡小海町「小」と「ウ」を三つ合わせているのを表している[11]1961年11月3日[11]
川上村「かわかみ」を図案化したもの[11]1988年11月1日[11]
南牧村「み」を図案化し、二重に巻いて「みなみまき」を表したもの[26][4]1970年10月[4]
南相木村深山紅桜を表し、「南」を図案化したもの[11]1961年[11]
北相木村シャクナゲで「北」を表し、図案化ている[11][27]1987年12月[11]
佐久穂町自然・千曲川・桜を表したもの[3]2005年10月9日[3]色は緑色・青色・赤色が指定されている[28]
北佐久郡軽井沢町「か」を図案化したもの[11]1960年12月22日[11]
御代田町「みよた」を表している[4]1967年8月25日[4]
立科町「立」を図案化したもの[14]1963年5月8日[14]
小県郡青木村「あ」と「青木三山」を図案化したもの[6]1974年1月1日[6]
長和町「N」・「W」を図案化し、太陽を表している[18]2005年10月1日[18]色は赤色・青色・緑色が指定されている[29]
諏訪郡下諏訪町「下」を意匠化したもの[3]1948年3月22日[3]
富士見町「フジミ」を図案化したもの[4]1963年4月1日[4]
原村「ハラ」をの形に表したもの[18]1961年12月13日[18]
上伊那郡辰野町「辰の」を表している[14]1956年4月1日[14]
箕輪町「箕輪」を図案化したもの[4]1959年11月3日[4]
飯島町「いいじま」を円に纏めたもの[6]1954年1月1日[30]飯島村章(1941年当時に撮影された庁舎の玄関口には村章が掲載されている[30])として制定され、町制施行後に継承される
南箕輪村「ミナミミノワ」を図案化したもの[4]1974年9月27日[4]
中川村「中」を図案化したもの[18]1959年3月2日[18]
宮田村「ミ」を表している[4]1975年1月1日[31]1974年11月25日に公表され、翌年1月1日に制定される[4]
下伊那郡松川町「マツ川」と鳩を図案化したもの[4]1967年11月1日[4]
高森町「た」を図案化したもの[6]1960年7月1日[6]1959年11月2日に公表されていたものを翌年7月1日に制定される[32]
阿南町「ア」を図案化したもの[6]1971年7月22日[6]
阿智村「アチ」を図案化したもの[6]1956年9月30日[6]
平谷村「平」を図案化したもの[4]1980年4月1日[4]
根羽村「ネバ」を意匠化したもの[18]1980年4月1日[18]1980年1月28日に告示され、同年4月1日に制定される[33]
下條村「シ」を鳥の姿を表して図案化したもの[3][34]1989年10月19日[3]1972年4月に制定されていたのを再制定したもの[34]
2代目の村章である
売木村「ウル木」を図案化したもの[5]1979年12月28日[5]色は緑色が指定されている[35]
天龍村「て」を山と天龍川に図案化したもの[14]1970年1月1日[14]1969年12月20日に公表され、翌年1月1日に制定される[36]
泰阜村「ヤス」を図案化したもの[37]1973年3月12日[37]
喬木村村の8区の統合の実施を成功したことを記念し、それを八咫鏡として、その中に「喬木」を配したもの[37]1971年2月1日[38]1971年1月27日に公表され、本年2月1日に制定される[37]
豊丘村「と」を図案化したもの[14]1975年11月22日[14]
大鹿村「大」を図案化したもの[5]1974年6月1日[5]
木曽郡上松町「上」を図案化し、松葉を模した矢印を円形・上向きに加えたもの[6]1931年12月8日[6]
南木曽町
(二色篇)

(三色篇)
「ナ」を図案化したもの[18]1970年11月8日[18]二色の場合は「ナ」を白色・円内の余白を黒色とする[39]
三色の場合は「ナ」の字を白色・円内の余白を橙色とし、円外を空色とする[39]
(但し、必要により他の色を用いることが可能である[39]
木祖村「木ソ」を図案化したもの[11]1972年8月1日[11]1972年7月20日に公表され、本年8月1日に制定される[40]
王滝村「王」を羽ばたく鳥に意匠化したもの[5]1976年4月1日[5]
大桑村の葉を図案化し、「大」を組み合わせたもの[5]1989年6月20日[5]1967年に制定されていたものを1989年6月20日に再制定される[41]
木曽町「キ」を青一色に図案化したもの[11]2005年11月1日[11]色は青色が指定されている[42]
東筑摩郡麻績村「オ」を意匠化したもので、「力強く羽ばたく鳥」と「美しく輝く星」を表しているもの[11]1971年6月1日[43]1971年7月1日に告示され、同年11月1日に再制定される[43][11]
生坂村「イク」を図案化したもの[5]1968年4月1日[5]
山形村「や」を図案化したもの[4]1972年1月20日[4]制定前から使用され、1972年1月20日に条例設置される[44]
朝日村「ア」を図案化したもの[6]1972年9月10日[45]1972年9月7日に公表され、本年9月10日に制定される[6][45]
筑北村「チ」を図案化したもの[14]2005年10月11日[14]
北安曇郡池田町「い」を図案化したもの[5]1966年11月1日[5]1966年9月21日に公表され、本年11月1日に制定される[46]
松川村「マ」を円形化し、「川」を組み合わせて「和」を表したもの[4]1966年12月20日[4]
白馬村「ハク」を図案化し、白馬連峰を表したもの[4]1967年10月21日[4]白馬村旗は1956年9月30日に制定されている[47]
小谷村「オ」を図案化したもの[11]1968年9月3日[11]
埴科郡坂城町「サカキ」を図案化したもの[3]1955年10月1日[3]
上高井郡小布施町「小ブセ」を図案化したもの[11]1956年11月3日[11]
高山村鳩に象った「タ」を円形の中に図案化したもの[48][37]1978年1月[37]
下高井郡山ノ内町三つの「山」が「内」を囲んだもの[49][37]1955年4月[37]
木島平村「木」を羽ばたく鳥のように図案化したもの[11]1973年7月14日[11]
野沢温泉村「の」を円形に図案化したもの[18]1964年5月29日[18]
上水内郡信濃町野尻湖小林一茶黒姫山などの町内三山を組み入れ、「信」を配したもの[3]1966年9月30日[3]
小川村「小」を図案化したもの[11]1973年11月1日[11]
飯綱町飯縄山斑尾山を図案化し、末広がりな形を表し、リンゴの花を配したもの[5]2005年11月16日[5]色は緑色と橙色が指定されている[50]
下水内郡栄村の花の上の背景に「さ」を表象化かつ図案化したもの[51][3]1976年9月30日[3]色は紫色が指定されている[52]
2代目の村章である

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
長野市「長」を図案化し、「の」を四つ組み合わせたもの[53]1907年5月[53]1915年10月初代の市章である
松本市松葉を四つ表し、「本」を図案化したもの[54]1907年10月22日[54]1938年1月4日初代の市章である
長野市「長」を星の形に図案化し、「の」を表したもの[55]1915年10月[55][56]1966年10月16日2代目の市章である
篠ノ井市「しの」を二つの円(輪)を連鎖型(リンゴ型)として図案化したもの[57]1959年5月1日[57]篠ノ井町章(制定日不明[57])として制定されたものを市制施行後に継承された
西筑摩郡福島町作成されていない1967年4月3日
新開村作成されていない
下水内郡栄村不明1958年9月[58]1976年9月30日
下伊那郡鼎町「鼎」を図案化したもの[59]1974年10月1日[60][59]1984年12月1日
更級郡上山田町葛尾城主であった村上義清の紋章であったその紋章の「上の周りを丸で囲んだもの」を中心に配し、その周りに四つの「山」、更に周りに「田」で囲んだものであり、大正天皇の即位を記念して菊型に図案化したもの[61]1915年4月11日[61]1985年11月上山田村章として制定され、町制施行後に初代の町章になる
木曽郡楢川村全体はナラの実であり、三方向の突出したものは村内の三大字(奈良井贄川平沢)を表し、学校建設等各地区相互に利害関係を超越し、ナラの実の中に「楢」を配したもの不明1989年7月18日初代の村章である
下伊那郡上郷町「上」を野底山を象徴する三角形で象り「郷」を小さめに浮かし、配したもの[62][63]1964年11月1日[64]1993年7月1日上郷村章として制定され、町制施行後に継承される
下伊那郡上村「上」を中心にし、シャクナゲの花と葉で囲んだもの[65]不明1997年4月1日初代の村章である
更埴市「こ」と「し」を組み合わせて図案化したもの[66][67]1962年6月23日[66][67]2003年9月1日
更級郡上山田町「カ」を図案化したもの[66]1985年11月[66]2代目の町章である
埴科郡戸倉町「戸」を中心にし、「ラ」を九つ付けている[68][66]1960年9月1日[66][68]
小県郡東部町「と」を図案化したもの[69]1962年4月2日[70]2004年4月1日
北佐久郡北御牧村「北」を図案化したもの[71]1968年1月1日[70]
更級郡大岡村輪郭は「大」を形成し、その中央に「岡」を画いているもの[72][73]1915年11月5日[73][72]2005年1月1日2代目の村章である
上水内郡豊野町四つの「ト」が円を描ているもの[73]1955年1月1日[73][74]
戸隠村ソバの花を図案化し、中心部は「と」と小鳥を意味したもの[73]1967年11月1日[73][75]色は白色と緑色が指定されている[76]
鬼無里村「き」と一夜山・荒倉山・虫倉山とブナの原生林を円の中に図案化したもの[73][77]1971年11月3日[77][73]
木曽郡山口村「山口」を合体させ、簡明に図案化したもの[78]1975年11月1日[78]2005年2月13日岐阜県中津川市越境合併した
南佐久郡佐久町千曲川を中心にして、全体は「さく」をあらわしたもの[79]1969年1月20日[79]2005年3月20日
八千穂村八ヶ岳山麓・千曲川と穂波の里を象徴し、「八千」を円形の中に図案化したもの[79]1976年1月[79]
東筑摩郡四賀村全体を円とし、「シガ」を組み合わせ、飛翔する鳥を形どったもの[80]1969年10月15日2005年4月1日1967年に制定されたものを[81]1969年10月15日に告示される[82]
南安曇郡奈川村「な」を図案化したもの[83]1966年9月1日[84]
安曇村「ア」を表し、中央の三山は乗鞍岳穂高岳槍ヶ岳などの山岳を示し、右下の部分は大正池明神池梓湖の水資源を表したもの[85]1975年4月7日[84]2代目の村章である
梓川村梓弓梓川を形どったもの[86]1957年11月1日[84][86]
下水内郡豊田村四方に「ト」を配し豊を現しかつ「田」を外の囲いにして、中央に「十」を現し、「田」にしたもの[19]1957年4月[19]
木曽郡楢川村全体は「N」を図案化し、緑を想像する山々と青を想像する奈良井川を表し、悠久と清澄を意味したもの[87]1989年7月18日[88]色は緑色・青色・白色が指定されている[87]
2代目の村章である
佐久市「さ」を鳥類の飛躍の姿に図案化したもの[89]1962年1月12日[89]初代の市章である
南佐久郡臼田町「うす」を図案化したもの[90]1963年11月1日[90]
北佐久郡浅科村「ア」を図案化したもの[91]1966年12月13日[91]
望月町「モチ」を左右対称に並べて図案化したもの[92]1960年10月10日[93]
下伊那郡上村「上」を丸くして立体的に図案化して飛翔する村民の姿を表したもの[94]1997年4月1日[94]2005年10月1日色は赤色・青色・緑色が指定されている
2代目の村章である
南信濃村「み」を図案化し、赤石山脈伊那山地の山並みと伊那谷を力強く村に触れる様に表したもの[95]1975年[96]
南安曇郡豊科町「トヨ」を図案化したもの[97]1931年2月1日[97]
穂高町「ホ」を円形に図案化したもの[97]1963年10月29日[97]
三郷村「み」を図案化し、三つの円を表したもの[97]1966年3月30日[97]1966年3月17日に公表され、本年3月30日に制定された[97]
堀金村「ホリ」を円形に図案化したもの[97]1965年4月1日[97]
東筑摩郡明科町「ア」を意匠化したもの[97]1964年9月21日[97]1964年9月17日に公表され、本年9月21日に制定された
小県郡長門町「ながと」を図案化したもの[98]1966年9月30日[98]
和田村全田を丸としてかつ「わ」を図案化し、黒耀石の矢尻と山の表現に合せたもの[98]1975年2月1日[98]
上水内郡牟礼村「ムレ」を図案化したもの[99]1956年6月29日[99]
三水村倉井用水芋川用水普光寺用水を図案化した[99]1988年2月22日[99]1926年12月26日から同年12月31日までに小学校の校章として制定されたものを[100]1988年2月22日に正式に村章として制定された[99]
当時の三水尋常高等小学校(現:飯綱町立三水第一小学校)教員の前島孝作の作品である[100]
東筑摩郡坂井村「サ」・「S」を図案化したもの[101]1976年4月[102]2005年10月11日
坂北村「さ」を図案化したもの[103]1973年11月[102]
本城村「ホン」を図案化したもの[104]1978年10月[102]
木曽郡木曽福島町「キソフ」を表したもの[105]1973年11月3日[106]2005年11月1日1974年1月1日に再制定される[105][107]
日義村「ヒヨ」を組み合わせたもの[105]1976年10月1日[108][105]
開田村「カイ」を表し、図案化したもの[105][109]1975年7月20日[105][110]
三岳村「み」を羽ばたく鳥の形に図案化したもの[105]1972年5月1日[105][111]
北安曇郡八坂村「八」を簡易的に印象的に飛躍する二羽の鳥を想像し、表したもの[21]1973年11月28日[21]2006年1月1日
美麻村「ミアサ」を図案化したもの[21]1974年10月1日[21]
下伊那郡浪合村「ナミアイ」を図案化し、左側の弧が「ナ」・下部の重なる三角形が「ミ」・右側の弧が「ア」・中央上部が「イ」を表したもの[112][113]1978年6月25日[112]
上田市桜の花の真ん中に「上田」を図案化したもの[114]1950年11月1日[115]2006年3月6日1919年5月1日に慣例として使用され、1950年11月1日に正式に制定された[115]
初代の市章である
小県郡丸子町丸形の「子」を示したもの[115]1961年10月30日[115]
真田町「サナ」を雁金に図案化したもの[115]1968年4月1日[115]
武石村「武」を図案化したもの[115]1969年4月1日[115]
伊那市「イナ」を形造ったもの[116]1954年6月15日[117]2006年3月31日1954年9月に再制定され、[118]更に1955年9月15日に再制定された[119]
初代の市章である
上伊那郡高遠町「タ」を図案化したもの[120]1966年10月1日[118]
長谷村「ハセ」を図案化したもの[121][122]1965年10月22日[121][118]
下伊那郡清内路村「セ」を円形に図案化し、飛躍する鳥を形成し、国道256号・黒川を表したもの[14]1969年2月11日[14]2009年3月31日
上水内郡信州新町「しん」を円形に図案化し、中央の突起は部分は飛騨山脈(北アルプス)と町民の進取の気性を表しもの[123][3]1954年10月16日[3][123]2010年1月1日新町章として制定され、信州新町改称後に継承された
中条村全体は虫倉山を表し、その中に「ナ」を図案化したもの[124][18]1968年11月3日[124][18]
東筑摩郡波田町「は」を図案化したもの[18]1973年4月1日[18]2010年3月31日


参考文献

脚注

関連項目

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