秋田県の市町村章一覧

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秋田県の市町村章一覧(あきたけんのしちょうそんしょういちらん)は、秋田県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
秋田市丸に矢留を表したもの[1][2]1928年6月8日[1][2]
能代市「のしろ」を組み合わせたもの[3][4]2006年3月21日[3][4]色は緑色・水色・青色が指定されている[4]
2代目の市章である
横手市「よ」・「Y」・平鹿郡の「ひ」を図案化したもの[5][6]2005年10月1日[5][6]色は橙色・緑色・青色が指定されている[6]
2代目の市章である
大館市「大」とを表したもの[1][7]1954年7月1日[1][7]当時の京都工芸繊維大学教授であった豊沢昇の作品である[7]
男鹿市「オガ」を図案化したもの[1][8]2005年3月22日[1][8]旧・男鹿市制時の1955年8月1日に制定されたものを新・男鹿市制時に再制定される[9]
湯沢市「ゆ」を図案化したもの[5][10]2005年7月18日[10][5]左から1番目・4番目は緑色・2番目は青色・3番目は橙色が指定されている[10]
2代目の市章である
鹿角市「かつの」を図案化したもの[1][11]1972年12月18日[11][1]
由利本荘市「由」・「本」・ユリの花・ユリ根を図案化したもの[5][12]2005年3月22日[5][12]色は群青色が指定されている[12]
潟上市「上」を図案化したもの[1][13]2005年3月22日[13][1]色は丸の部分は赤色・と弧の部分は青色・緑色と青色が指定されている[13]
大仙市「D」をオオトリの様に図案化したもの[3][14]2005年3月22日[15][3]色は赤色・青色が指定されている[15]
北秋田市「き」を図案化したもの[1][16]2005年10月3日[1][16]色は緑色・橙色が指定されている[17]
にかほ市「に」を図案化したもの[3][18]2005年10月1日[3][19]色は橙色・緑色と青色が指定されている[19]
仙北市「s」を図案化し、角館町田沢湖町西木村の3町村の合併を表したもの[3][20]2005年9月20日[3][21]色は緑色・桃色・青色が指定されている[22]

町村部

町村町村章由来制定日備考
鹿角郡小坂町外側が「鹿」・星型の「小」・内側に「坂」を表したもの[3][23]1972年4月1日[3][23]
(便宜的な日付)
第二次世界大戦前に制定されたが、詳細な日付は不明である[23]
画家の福田豊四郎の作品である[23]
北秋田郡上小阿仁村「カ」を図案化したもの[3][24]1960年8月5日[3][24]2代目の村章である
山本郡藤里町「フ」を飛ぶ鳥の様に図案化し、外周に円をかこんだもの[3][25]1963年11月1日[3]制定時から色を指定しなかったが、町制50周年記念として[26]2014年2月10日から色を指定し、「フ」を「紫色」・それを取り囲む円を水色が指定されている[27]
制定前は作成されていなかった[28]
三種町「種」を三つの輪で表したもの[5][29]2006年3月20日[29][5]色は赤色・青色・緑色が指定されている[29]
八峰町「八」を基本にし、白神山地などの山々・日本海を表したもの[3][30]2006年3月27日[30][3]
南秋田郡五城目町五つの「城」と目を表したもの[3][31]1951年[3][31]旧・五城目町制時に制定され、新・町制施行後に継承される
八郎潟町八郎潟の「八」と帆を表したもの[3][32]1957年11月3日[32]
井川町「井」を図案化したもの[1][33]1959年12月24日[1][34]井川村章として制定され、町制施行後に継承される
大潟村「オ」を図案化したもの[1][35]1969年7月29日[1][35]
仙北郡美郷町「み」を抽象化したもの[3][36]2004年11月1日[3][36]色は青色が指定されている[36]
雄勝郡羽後町「ウ」を円と剣にして図案化したもの>[37][1][38]1958年10月7日[38][1]
東成瀬村「ひ」・「成」を組み合わせたもの[3][39]1967年5月25日[3][39]制定前は作成されていなかった[40]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
山本郡能代港町「の」を巴形にし、四つの「ロ」を配したもの[41]1914年3月[41]1940年10月1日
南秋田郡土崎港町を図案化したもの[42]1913年[42]1941年4月1日
山本郡八森町不明不明不明初代の町章である
北秋田郡上小阿仁村不明不明1960年8月5日初代の村章である
北秋田郡花矢町不明不明1967年12月21日制定前は作成されていなかった[43]
平鹿郡山内村不明不明1968年12月27日初代の村章である
南秋田郡琴浜村「こと」を図案化し、村の発展と飛躍を表したもの[44]不明1970年11月1日
鹿角郡花輪町花の輪の花弁模様と町内の和合を表したもの[45]1956年9月30日[45]1972年4月1日
尾去沢町不明不明
十和田町「輪」は太陽・「十」を図案化してから太陽に向かって飛びつつある鳥を表したもの[46]1959年1月15日[46]
八幡平村「八」を図案化し、外側の円形は平和と団結を示したものであり、「八」の部分の先鋭は無限の発展を象徴したもの[47]不明制定前は作成されていなかった[48]
仙北郡六郷町不明不明1973年7月9日初代の町章である
北秋田郡鷹巣町不明1955年3月31日[49]1974年3月1日旧制鷹巣町時に町章として制定され、新町制施行後に継承された
初代の町章である
山本郡二ツ井町不明不明1975年3月25日初代の町章である
仙北郡六郷町「ろ」を図案化したもの[50]1973年7月9日[50]2004年11月1日2代目の町章である
六郷庁舎新築を記念して制定された[51]
千畑町「セ」を飛ぶ鳥の様に図案化したもの[50]1966年8月1日[50]千畑村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[52]
仙南村「センナン」を図案化したもの[50]1959年10月[50]制定前は作成されていなかった[53]
条例では制定日を定めていない[54]
河辺郡河辺町「カ」を円形に抽象化し、鳥が天空に飛び立つ姿を表したもの[55][56]1955年10月[55]2005年1月11日制定前は作成されていなかった[57]
雄和町「Y」を若葉の形にして図案化したもの[56]1958年7月6日[58][59]雄和村章として制定され、町制施行後に継承される
本荘市亀田藩の「亀」・本荘藩の「本」の両藩の相互理解を図案化したもの[60]1954年3月31日[60]2005年3月22日1913年10月に本荘町章として制定され、市制施行後に再制定される[61]
由利郡矢島町「ヤ」を中心部の三角形のスギに図案化したもの[62][60]1968年12月1日[60]制定前は作成されていなかった[63]
岩城町「い」を曲線にして図案化したもの[64][60]1964年3月31日[60]1961年8月に制定されたものを1964年3月31日に再制定された[64]
制定前は作成されていなかった[65]
由利町「由利」をユリの球根のように図案化したもの[66][60]1960年11月1日[60]制定前は作成されていなかった[67]
西目町全体は「目」であり、「に」を図案化し、外円は「し」を表したもの[60]1961年9月29日[60]西目村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[68]
鳥海町全体は「鳥」を象り、三角形は鳥海山を表したもの[60]1968年2月27日[60]鳥海村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[69]
東由利町「ひ」を飛鳥上に図案化したもの[60]1971年7月23日[60]東由利村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[70]
大内町「大内」を図案化したもの[60]1957年6月30日[60]大内村章として制定され、町制施行後に継承された
大曲市「大」を図案化したもの[71]1954年5月3日[72]
仙北郡神岡町「カ」を末広型に意匠化したもの[71]1964年[73]制定前は作成されていなかった[74]
西仙北町「西」を上部は翼型・下部は円形に図案化したもの[75][71]1959年10月15日[75]
中仙町「中仙」を図案化したもの[71]1956年4月10日[76]
協和町「キ」を象形文字に図案化したもの[71]1959年3月18日[77]協和村章として制定され、町制施行後に継承された
仙北町「セ」を若芽に準えて図案化したもの[71]1960年[78]仙北村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[79]
太田町「太」を図案化したもの[80][71]1958年1月20日[80]太田村章として制定され、町制施行後に継承された
南外村「ナ」をハトに図案化したもの[71]1960年7月29日[81]制定前は作成されていなかった[82]
北秋田郡鷹巣町「た」を円形かつ翼状に図案化したもの[83][84]1974年3月1日[85]1979年1月27日に告示される[83][86]
2代目の町章である
合川町「あい」を図案化したもの[87][84]1956年12月20日[87]
森吉町「モリ」を図案化したもの[84]1960年9月10日[88]制定前は作成されていなかった[89]
阿仁町「ア」は山・「二」は川を双方ともに表し、そして図案化したもの[84]1961年6月2日[90]制定前は作成されていなかった[91]
南秋田郡昭和町「ショウワ」を翼型に図案化したもの[92]1964年6月6日[93]制定前は作成されていなかった[94]
飯田川町「い」を円形にしたもの[92]1960年11月5日[93]
天王町「天王」を重ね合わせて円形にして図案化したもの[92]1961年10月1日[93]
湯沢市「ゆ」を図案化したもの[95]1954年12月10日[95]初代の市章である
雄勝郡稲川町「イナ川」を翼型にして図案化したもの[96][95]1966年4月20日[95]制定前は作成されていなかった[97]
雄勝町「オ」を円形にして図案化したもの[98][95]1958年10月1日[95]
皆瀬村「み」を翼型にして図案化したもの[99][95]1973年6月1日[95]制定前は作成されていなかった[100]
南秋田郡若美町「ワミ」を図案化したもの[101]1970年11月1日[102]
北秋田郡比内町「ひ」を図案化し、ニワトリを象徴したもの[103]1958年9月10日[104]2005年6月20日1968年4月1日に告示された[105]
田代町「田」を図案化し、中央部に「ロ」を四つ組み合わせて「四ロ→シロ→代」と読ませる、「ロ」はコメの形を想像している[106][103]1974年4月1日[107]1958年に制定されていたのを[106]1974年4月1日に告示された[107]
仙北郡角館町「カ」を鳩の形に図案化したもの[108]1961年3月29日[108]2005年9月20日制定前は作成されていなかった[109]
田沢湖町「た」を田沢湖駒ヶ岳の形に図案化したもの[108]1960年1月5日[108]
西木村「にし」を図案化したもの[108]1962年8月13日[108]制定前は作成されていなかった[110]
横手市「大」をに形取り、「ヨコテ」と作図をもって配したもの[111]1951年4月1日[111]2005年10月1日初代の市章である
平鹿郡増田町「マ」を図案化したもの[111]1965年11月10日[111]制定前は作成されていなかった[112]
平鹿町「ひ」を図案化したもの[111]1962年6月1日[111]制定前は作成されていなかった[113]
雄物川町「お」を円形にして図案化し、右下の三本線は「川」を表したもの[114][111]1958年1月24日[111]
大森町「大森」を想像し、図案化したもの[111]1955年10月19日[111]
十文字町「十」をツバメが飛ぶ姿を表したもの[111]1958年5月[111]
山内村「さ」を円形にしたもの[111]1968年12月27日[111]2代目の村章である
大雄村「大」をタカの様に図案化したもの[111]1960年4月[111]制定前は作成されていなかった[115]
由利郡仁賀保町「カ」を二つ上に組み合わせ、「ホ」を下に置いたもの[116]1957年9月[116]
金浦町外郭は「金(ゴールド)」に通じ、中の五つの円はサクラを表し、人によってはウメモモと見られ、三角は灯台かつ港町を表したもの[116][117]1969年12月26日[116][117]色は桃色・青色・水色が指定されている[117][118]
明治百年記念式典に一環として制定された[117]
制定前は作成されていなかった[119]
象潟町「き」を円形かつ翼型に図案化したもの[120][116]1961年5月26日[116][120]制定前は作成されていなかった[121]
山本郡琴丘町「コト」を図案化したもの[122]1962年[122]2006年3月20日制定前は作成されていなかった[123]
山本町「やまもと」を図案化したもの[122]1958年10月25日[124][122]山本村章として制定され、町制施行後に継承された
八竜町「八」を図案化したもの[122]1962年9月1日[125][122]八竜村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[126]
能代市内側に四つの「ノ」・外側に「シ」を図案化したもの[127]1948年8月1日[128]2006年3月21日1940年に制定されたものを1948年8月1日に再制定された[127]
初代の市章である
山本郡二ツ井町「二」を円形にして図案化したもの[127]1975年3月25日[127][129]2代目の町章である
町村合併20周年を記念して制定された[130]
山本郡八森町「八」・針葉樹を丸く図案化したもの[131]1954年10月1日[132]2006年3月27日2代目の町章である
峰浜村「ミ」を円く図案化したもの[133]1965年4月1日[134]制定前は作成されていなかった[135]

参考文献

脚注

関連項目

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