福岡県の市町村章一覧

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福岡県の市町村章一覧(ふくおかけんのしちょうそんしょういちらん)は、福岡県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
北九州市全体をウメの花の歯車にして、中央部に「星」・「九」・「大」を図案化したもの[1][2]1963年3月14日[2]
福岡市九つの「フ」を図案化し、福が来るようにしたもの[3][4]1909年10月11日[4]「フ」を九つ組み合わせることで「福」を表す[5][6]
大牟田市石炭を表し、外郭は大の字六つを以て囲み「大牟」を表し、
内部は円に十をもって「田」を表している[4][7]
1956年4月[8]
(月日は不明[9]
制定はされていないが、便宜上の制定はされている[8]
久留米市九つの「ル」と「米」を図案化したもの[2]1911年9月13日[2]
直方市「直」を図案化したもの[10]1932年7月26日[10]2代目の市章である
初代の市章を修正して指定色を継承。
飯塚市当時の全国の自治体で111番目に市制施行しかつ「イイヅカ」を組み合わせて図案化したもの[11][4]2006年3月26日[4]旧飯塚市章として1932年1月20日に制定され、新飯塚市に継承される[12]
田川市「田川」・タカの羽を図案化したもの[13][14]1944年11月3日[14][15]
柳川市「Y」を図案化したもの[16]2005年3月21日[16]2代目の市章である
八女市「八女」を表したもの[16]1955年10月20日[16]
筑後市「ち」を図案化したもの[14]1954年10月1日[14]市民の協調を象徴したもの[17]
大川市「大川」を三角形にして、鳥が翼を広げる形にして図案化したもの[18][4]1954年6月15日[4]
行橋市「行」を図案化したもの[16]1954年10月10日[16]円満な市政を表すと同時に伸びゆく大樹と燃ゆる炎をも表し、
熱意のある市民の市として躍進と繁栄を象徴したもの[19]
豊前市「ぶ」を舞鶴型に図案化したもの[20][10]1955年11月3日[10]
中間市半円を「ナ」・上部の半円が「カ」・中央部が「マ」を組み合わせて図案化したもの[21][10]1958年11月1日[10]
小郡市「小」を鳥の形に図案化したもの[22][23]1959年10月15日[23]小郡町章として制定されて、市制施行後に継承される
筑紫野市「ち」を図案化しかつ意匠化たもの[24][14]1958年10月6日[14][25][24]筑紫野町章として制定されて、市制施行後に継承される
春日市「春」と合口甕棺勾玉に合わせて図案化したもの[26][23]1963年1月20日[23]1963年4月1日に再制定される[27]
春日町章として制定されて、市制施行後に継承される
大野城市「大」を三角形にして図案化したもの[28][23]1970年10月1日[23]全体を「大」の字で表して中心の三角形が「躍進」、両側の三角形が「協調」を表す[29]
大野町章として制定されて、市制施行後に継承される
宗像市「m」と「g」を図案化したもの[16]2003年4月1日[16]赤色・緑色・青色が指定されている[30]
2代目の市章である
太宰府市ウメの花の中央部に「大」を入れて図案化したもの[31][14]1982年4月1日[14]太宰府町制時は未制定であった[32]
古賀市「こ」を図案化し、を組んでいるように表したもの[33][2]1971年7月8日[2][33]2代目の古賀町章として制定され、市制施行に継承される[34]
福津市「F」を図案化したもの[10]2005年1月24日[10]橙色・青色・緑色が指定されている[35]
うきは市「う」を図案化し、を表したもの[4]2005年3月20日[4]
宮若市「み」を図案化したもの[16]2006年2月11日[16]緑色と橙色が指定されている[36]
朝倉市「A」と「S」を図案化したもの[4]2006年3月20日[4]青色と緑色が指定されている[37]
嘉麻市「か」を図案化したもの[23]2006年3月27日[23]赤色・緑色・青色が指定されている[38]
みやま市「M」を図案化したもの[39]2007年1月29日[39]花開くまちを表している[39]
緑色が指定されている[39]
糸島市「いと」を図案化したもの[40]2010年1月1日[41]青い海、美しい山並と自然、そこで生活する人々をモチーフにしている[40]
緑色・赤色・青色が指定されている[40]
那珂川市那珂川と「ナ」を表している[10]1973年8月10日[10]色は緑色が指定されている[42]
制定前は未制定であった[43]

町村部

町村町村章由来制定日備考
糟屋郡宇美町「ウミ」を組み合わせ、全体を鳥の翼に見立てて図案化したもの[44][4]1975年11月1日[4]
篠栗町「さ」を図案化したもの[2]1975年11月[2]2代目の町章である[45]
志免町「シメ」を鳩の形に図案化したもの[2]1979年4月1日[2]
須恵町「す」を飛ぶ鳥の形に図案化したもの[46][14]1973年3月1日[47]1973年5月20日に再制定される[14]
新宮町「し」を図案化し、二つの点は立花ミカン玄界灘の魚を表したもの[48][2]1977年8月[2]制定前は未制定であった[49]
久山町「ヒ」を図案化したもの[10]1970年7月30日[10]色はコバルトブルーが指定されている[50]
制定前は未制定であった[51]
粕屋町「か」を新しい感覚で鳥の形に意匠化したもの[23]1983年12月7日[23]制定前は未制定であった[52]
遠賀郡芦屋町外郭は四つの「ア」で「芦」・内側には「屋」を抽象的に図案化したもの[53][4]1974年2月19日[4]
水巻町遠賀川が三つ巴になり、渦巻きながら流れる様を「水巻」と図形化したもの[16]1950年10月[54]
岡垣町「オ」を鳥の形に意匠化したもの[23]1971年7月28日[23]
遠賀町「オ」を意匠化したもの[23]1972年4月1日[23]
鞍手郡小竹町「小竹」を意匠化したもの[2]1938年1月1日[2]色は緑色が指定されている[55]
鞍手町「くらて」を図案化したもの[2]1956年10月1日[2]1970年4月1日に再制定される[56]
嘉穂郡桂川町「ケ」を想像し、ケの三画目の線で「川」を表したもの[2]1971年1月1日[2]
朝倉郡筑前町「ち」を基にしたもの[14]2005年3月22日[14]色は赤色・青色・緑色が指定されている[57]
東峰村山里の智と技から創造する新しいむらづくりを想像したもの[10]2005年3月28日[10]2005年2月9日に公表され、同年3月28日に制定される[58]
三井郡大刀洗町「タ」を扇形かつ末広がりにして意匠化したもの[14]1972年4月1日[14]制定前は未制定であった[59]
三潴郡大木町 「大木」 の文字を図案化したもの[4]1959年1月[4]色は赤色・白色・緑色が指定されている[60][61]
八女郡広川町「ヒ」を鳥の姿に図案化したもの[10]1965年12月1日[10][62]色は緑色と青色が指定されている[62]
制定前は未制定であった[63]
田川郡香春町香春岳三山(一の岳・二の岳・三の岳)を表し、「かわら」と表したもの[23][64]1958年8月[23]
添田町「ソエ田」を図案化し、カシの葉を配したもの[14]1920年1月29日[14]
糸田町「糸田」を図案化し、黒い部分は石炭を表したもの[65][4]1951年3月[4]
川崎町中央部は「川」・尖部は「さき」を表したもの[23]1988年3月10日[23]2代目の町章である
大任町「大」を鷹が羽ばたく姿に表したもの[23]1980年12月[23]
赤村「赤」を図案化したもの[4]1984年10月1日[4]2代目の村章である
福智町「F」と福智山を意匠化したもの[10]2006年3月6日[10]色は緑色と水色が指定されている[66]
京都郡苅田町「苅」を図案化したもの[23]1955年1月1日[23]
みやこ町「ミ」を基にしたもの[16]2006年3月20日[16]色は青色・橙色・緑色が指定されている[67]
築上郡吉富町「よし」を図案化したもの[16]1982年5月19日[16]2代目の町章である
上毛町「毛」を意匠化したもの[2]2005年10月1日[2]色は赤色・青色・緑色が指定されている[2]
築上町「ち」を難問の課題を達成する人を想像したもの[14]2005年11月2日[14]色は緑色が指定されている[68]

廃止された市町村章

20世紀

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
門司市「門司」を図案化したもの[69]不明[69]1921年4月5日初代の市章である
八幡市八つの日章旗を表したもの[70]1903年9月24日[70]1922年八幡町章として制定され、市制施行後に初代の市章として制定される
色で表す場合は中央の小円内は青色・日の丸を黒色・旗の地色を水色・旗竿は黒白が指定されている[70]
当時の八幡町長である池田常三郎の作品である[70]
直方市不明1925年6月[71]1932年7月26日[71]初代の市章である
田川郡赤池町三種の神器の内、八咫鏡を表したもの[72]1928年[72]1951年上野村章として制定され、赤池町に改称かつ町制後に継承された
小倉市「小」を三階菱にして変形したもの[73][74]1900年4月1日[73][74]1963年2月1日小倉町章(制定日不明[74][73])として制定され、市制施行後に継承された
門司市「門」を日本海関門海峡瀬戸内海の「波」にし、内側はを表したもの[75]1921年4月5日[75]2代目の市章である
戸畑市「戸」を丸くして図案化したもの[76]1924年9月1日[76]戸畑町章(制定日不明[76])時に制定され、市制施行後に継承された[76]
八幡市八つの日章旗を表したもの1922年2代目の市章である
若松市「ワカ」を図案化したもの[77]1918年4月5日[77]
浮羽郡吉井町不明不明1965年10月1日初代の町章である[78]
三潴郡筑邦町不明不明1967年2月1日
三井郡善導寺町作成されていない[79]1967年4月1日
京都郡犀川町不明不明1966年10月1日初代の町章である[80]
浮羽郡浮羽町不明不明1968年6月初代の町章である[81]
田川郡赤池町「赤池」を配し、周辺は簡明を目的として鳳凰にし、それを囲んだもの[82][72]1951年11月10日[72][82]1973年9月25日2代目の町章である
糟屋郡志賀町博多湾日本海の波頭を表し、「し」を示したもの[83]調査中1971年4月5日[83]町制施行と同時に制定された[83]
糟屋郡古賀町不明不明1971年7月8日初代の町章である[84]
早良郡早良町作成されていない[84]1975年3月1日
糟屋郡篠栗町不明不明1975年11月初代の町章である[45]
築上郡吉富町不明1962年1月1日[85]1982年5月19日初代の町章である
田川郡赤村真ん中に「赤」を配し、その周囲に六つの「ラ」を図案化し、六つの部落を表したもの[86]1928年[86]
(月日不明)
1984年10月1日初代の村章である
宗像郡津屋崎町不明不明1987年7月1日初代の町章である
田川郡川崎町真ん中は「川」にし、その周囲に三つの「キ」を配したもの[87]1938年8月[87]1988年3月10日初代の町章である
京都郡犀川町「犀」を図案化したもの[88]1966年10月1日[89][90]1993年2月1日2代目の町章である[80]

21世紀

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
宗像市「宗」を意匠化したもの[91]1966年2月[25][91]2003年4月1日宗像町章として制定され、市制施行後に継承された
制定前は未制定であった[92]
初代の市章である
宗像郡玄海町「玄」を「カ」の装飾文字五つ(い)で囲み、「げんかい」を読み、図案化したもの[93]1966年[93]制定前は未制定であった[94]
宗像郡福間町全体は「フク」を図案化し、九つの「フ」が組み合わされ、その内三つの「フ」は旧・福間町・神興村上西郷村の合併を象徴したもの[95]1968年7月1日[95][96]2005年1月24日制定前は未制定であった[97]
津屋崎町「つ」を八つ組み合わせたもの[98]1987年7月1日[99]2代目の町章である[100]
三井郡北野町「北」を平和のシンボルであるハトトリ)の形に表し、図案化したもの[101][102][101]1959年[101][103]2005年2月5日
三潴郡三潴町「み」を翼型に図案化し、外円は町の発展と円満を表したもの[104][105]1966年[106]制定前は未制定であった[107]
城島町「じ」を簡単にして図案化したもの[108][109][110]1965年10月9日[110][111]制定前は未制定であった[112]
浮羽郡田主丸町「田主丸」を意匠化したもの[113]1964年[113]制定前は未制定であった[114]
浮羽郡吉井町「吉」を鳩の翼の形に図案化したもの[115]1965年10月1日[115]2005年3月20日2代目の町章である[78]
浮羽町「う」を果実の形に図案化したもの[115]1968年6月[115]2代目の町章である[81]
柳川市「や」をヤナギの形に図案化したもの[116]1956年2月2日[15][116]2005年3月21日初代の市章である
山門郡三橋町「み」を形どったもの[116]1967年[116]
大和町「や」を図案化したもの[116]1966年9月[116][117]
朝倉郡夜須町中心部の円は穀物を表し、「す」を配したもの[118]1971年[119]2005年3月22日
三輪町「三」を丸くし、それで三輪を表したもの[120]1971年3月[121][120]
宗像郡大島村「大」を玄界灘の荒波で表して図案化したもの[122]1976年6月1日[123]2005年3月28日
朝倉郡小石原村「小」をスギを想像し、図案化したもの[124]1982年[125]色は青色と緑色が指定されている[125]
宝珠山村「宝」を宝珠(円)の形に図案化したもの[126]1963年8月[127]
築上郡大平村「大平」を図案化したもの[128]1957年[129]2005年10月11日
新吉富村「シンヨシ」を図案化したもの[130]1978年6月[129]制定前は未制定であった[131]
築上郡椎田町四つの「イ」で「椎」・全体で「田」を円形に表したもの[132]1961年9月[132]2006年1月10日
築城町「ツイキ」を組み合わせて図案化したもの[133]1971年1月[133]1962年1月1日以前には存在していた[134]
鞍手郡若宮町「ワ」を下向き半円で「カ」を半円と上の横線で現し、全体が「宮()」の字を形どっているもの[135][136]1956年9月21日[136]2006年2月11日
宮田町三つの「ヤ」を組み合わせて想像したもの[137]1928年10月27日[138]
田川郡赤池町「あ」を円形に図案化したもの[139][140]1973年9月25日[139][141]2006年3月6日名誉町民の一人がデザインしたものである[141]
3代目の町章である
金田町「金田」を図案化したもの[140]不明[142]1973年1月1日以前には存在していた[142]
方城町「方」を図案化し、中央部の三角はボタ山と植林を表したもの[143][144][140]1973年7月[144][143]色は緑色が指定されている[145][143]
甘木市「甘木」を二重の円形で表したもの[146]1954年4月1日[146][147]2006年3月20日
朝倉郡朝倉町「アサ倉」を三角形の形に表したもの[146]1956年1月[146]朝倉村章として制定され、町制施行後に継承された
杷木町「ハ」を円形にし、「キ」を両翼の形にしたもの[146]1981年4月[146]制定前は未制定であった[148]
京都郡犀川町全体的に太い横棒で「さ」を図案化し、三本の線は今川・祓川・本庄池を表したもの[149][149]1993年2月1日[149][150][151]色は緑色が指定されている[149]
1993年5月に再制定される[151]
3代目の町章である
豊津町三階菱の中に四つの「ト」を配したもの[152]1972年[152][153]1962年1月1日以前には存在していた[154]
勝山町「カツ山」を図案化したもの[155]1988年1月29日[156]1962年1月1日以前には存在していた[157]
嘉穂郡筑穂町「チクホ」を配列して図案化したもの[158][159]1955年3月31日[159]2006年3月26日
穂波町「ホナミ」を図案化したもの[160]1982年10月31日[161]穂波村制時の1921年に村章として制定され、町制施行後に継承され、1982年10月31日に告示された[160]
庄内町「庄内」を図案化したもの[162]1958年11月1日[163]
(便宜的な制定日[163]
庄内村章(制定日不明)として制定されかつ作者は不明である[162]
頴田町円の中に「カイタ」を入れ、「イ」は上を向き全身を表し、図案化したもの[164][165]1959年1月1日[166]
(便宜的な制定日[166]
頴田村章として(制定日不明)と制定され、町制施行後に継承された[166]
山田市「山田」を図案化したもの[167]1954年4月1日[8]2006年3月27日1938年4月に山田町章として制定され、市制施行後に継承され、1973年12月28日に再制定された[168]
嘉穂郡稲築町全体は「イナツキ」であり、円形の切れた上の左側は「イ」・右側は「ナ」・円形内の三本の線が「ツ」・中央縦・横の線が「キ」を表したもの[169][160][167]1937年[160][167]稲築村章として制定されていたものを町制施行後に継承された
碓井町「ウ」を象ったもの[167]1958年12月[167]色は黄金色が指定されている[167]
嘉穂町「カ」を力強く図案化したもの[170][167]1968年6月1日[167]制定前は未制定であった[171]
八女郡上陽町「上」を図案化したもの[172]1968年4月1日[173]2006年10月1日制定前は未制定であった[174]
山門郡瀬高町「セ」を図案化したもの[14]1966年9月30日[14][175]2007年1月29日制定前は未制定であった[176]
山川町「山川」を蜜柑の形に表したもの[177][16]1972年8月[16][177]色は蔕部分は緑色・果肉部分は橙色が指定されている[16]
三池郡高田町「た」を図案化したもの[14]1970年4月[14]
前原市「マ」を表したもの[10]1957年3月29日[10]2010年1月1日前原町章として制定され、市制施行後に継承された
糸島郡二丈町「2」を表し、三角形と三本の筋を配したもの[178][10]1955年11月[10]二丈村章として制定され、町制施行後に継承された
志摩町「志」を便化し、図案化したもの[179][2]1955年6月[179]1965年3月12日に再制定された[2]
志摩村章として制定され、町制施行後に継承された
八女郡黒木町「クロギ」を鳩が羽ばたく形に図案化したもの[180][2]1963年12月10日[2]2010年2月1日制定前は未制定であった[181]
立花町「立」と蜜柑を図案化したもの[14]1955年4月1日[14]
矢部村全体は翼を表し、「矢」の古文字である「夫」を図案化し、「矢」を意味している[182][16]1968年11月[16]
星野村「ほ」を意匠化したもの[16]1972年3月10日[16]

参考文献

脚注

関連項目

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