岐阜県の市町村章一覧

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岐阜県の市町村章一覧(ぎふけんのしちょうそんしょういちらん)は、岐阜県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
岐阜市古くは「井口」と呼ばれており、「井」を図案化したもの[1][2]1909年8月27日[2]1889年7月1日に制定されていたものを再制定したもの[3]
大垣市「大」を図案化し、同時に「大柿」の蔕の形を表したもの[4][2]1918年4月1日[2]
高山市「岳」の形象体文字を図案化したもの[5]1937年6月10日[5]1906年2月11日に高山町章として制定され、[6]1937年6月10日に高山市章として再制定され、更に1962年4月10日に施行された[7]
多治見市桔梗の花に「多」を配したもの[5]1981年2月1日[5]2代目の市章である
初代の市章は現在の市章と似ており、由来は同じであり、1940年8月1日に制定された[8]
関市「セキ」を丸く図案化したもの[9][5]1963年7月17日[5]制定前から使用され、1963年7月17日に正式に制定される[10]
中津川市近村合併で市域が輪のように拡がり、団結の和を示すことで市勢が一段と躍進を
みることを象徴していることを表したもの[5]
1955年12月19日[5]2代目の市章である
美濃市「美濃(三の)」を図案化し、「の」を亀の甲型にしたもの[11][12]1954年4月1日[12]
瑞浪市円満に飛躍する瑞浪市にちなみ丸い3つの波が躍動する姿を表現したもの[12]1954年4月1日[12][13]
羽島市竹ヶ鼻城主の紋所と羽島市の「羽」を図案化したもの[5]1954年8月1日[5]1964年11月25日に告示された[14]
恵那市「エナ」を輝き上る中を飛ぶ鳥の形に図案化したもの[15][2]2004年10月25日[2]旧・恵那市制時の1954年7月10日に制定され、新制施行後に継承される[16]
美濃加茂市「か」を木曽川の流れの形に図案化したもの[17][12]1961年11月10日[12]2代目の市章である
土岐市「土」を図案化し、美濃焼を表徴したもの[18][5]1955年2月1日[5]
各務原市「各」を図案化したもの[2]1963年4月1日[2]1966年5月31日に再制定される[19]
可児市
(臙脂色篇)

(黒色篇)
「可」を近代的な感覚で図案化したもの[20][21]1982年4月1日[22]1964年10月5日に可児町章として制定され、市制施行後に継承される[21][22]
色は臙脂色か黒色が指定されている[22]
山県市「山」を図案化したもの[12]2004年1月28日[12]2003年4月1日に公表し、翌年2004年1月28日に制定され、色は緑色と青色が指定されている[23]
瑞穂市「M」と二本の稲穂を図案化したもの[12]2003年7月22日[12]色は黄緑色・緑色・深緑色が指定されている[24]
飛騨市合併前の古川町神岡町河合村宮川村を「水」として表している[5]2004年2月1日[25]2003年11月5日に公表され、[5]翌年2004年2月1日に制定され、色は水色が指定されている[25]
本巣市「も」を図案化し、四つの円を表している[12]2004年5月15日[12]色は緑色が指定されている[26]
下呂市「G」を表している[21]2004年6月21日[21]2004年6月10日に公表されていたものを同年6月21日に制定し、色は緑色・青色・橙色が指定されている[27]
海津市躍動感あふれる市を築き、いきいきと元気に暮らす様子と木曽三川を表している[2]2005年3月28日[2]色は緑色と青色が指定されている[28]
郡上市「G」を表している[21]2004年8月30日[21]色は緑色・青色・橙色が指定されている[29]

町村部

町村町村章由来制定日備考
羽島郡岐南町「G」を基本にし、図案化したもの[21][30]1986年7月15日[21][30]岐南町立各小中学校美術教師10人の共同作品である[31]
2代目の町章である
笠松町「カサ」と松葉模様を表している[2][30]1965年4月1日[2][30]2代目の町章である
養老郡養老町「ヨーロー」を表している[12]1955年4月1日[12]
不破郡垂井町「垂」を図案化したもの[5]1962年7月31日[5]
関ケ原町「セ」を図案化し、を象っている[21]1971年3月16日[21]2代目の町章である
安八郡神戸町「神」を配したもの[21]1963年12月23日[21]
輪之内町「ワノ内」を円形の形に意匠化したもの[32][12]1955年10月5日[12]
安八町「安八」を表している[2]1956年5月[2]安八村章として制定され、町制施行後に継承される
揖斐郡揖斐川町「い」を図案化したもの[2]2005年7月1日[2]
大野町「大」を図案化し、輪を表したもの[2]1962年4月1日[2]
池田町「池田」を図案化したもの。中央の円は町全体の円満と豊かさ、中央の十文字は光によ

る明るさを意味し、上部の翼は町の向上発展を祈る意味を込めている。[2][33]

1968年3月1日[2]
本巣郡北方町「北方」を図案化したもの[21][30]1889年7月1日[21][30][34]1916年に正式に制定された[34][30][21]
近藤友諒の作品である[30]
色は緑色が指定されている[34]
加茂郡坂祝町「さ」を図案化したもの[21]1968年10月1日[21]1968年12月24日に告示される[35]
富加町「と」を飛翔する鳥を象徴して図案化したもの[36][5]1974年7月1日[5]
川辺町「川辺」を円形に図案化したもの[37][21]1968年10月23日[21][38]
七宗町「七」を図案化したもの[5]1969年2月11日[5]七宗村制時に制定され、町制施行後に継承される
八百津町「八」を円形に図案化したもの[39][12]1963年11月8日[12]
白川町「白」を図案化したもの[21]1963年5月10日[21]
東白川村「ヒシ」を組み合わせたもの[5]1967年11月23日[5]
可児郡御嵩町「M」で山の形を表したもの[12]1976年12月27日[12]色は緑色が指定されている[40]
大野郡白川村「シ」を円形に図案化し、下部のピラミッド合掌造りを表したもの[41][21]1963年2月1日[21]

廃止された市町村章

2004年以前

市郡町村町村章由来制定日廃止日備考
多治見市「壺」を意匠化し、「多」を配している[42]1941年4月[42]1981年2月1日初代の市章である
羽島郡岐南町「ぎ南」を図案化し、「ぎ」を円満と平和を目的とするために二重円・その中に発展を目的とするために「南」を配したもの[43]1959年4月25日[43]1986年7月15日告示第10号で決定した[43]
初代の町章である
揖斐郡徳山村作成されていない[44]1987年4月1日
郡上郡明方村「み」を飛ぶ鳥の姿に図案化し、雄和と平和を表したもの[45][46]1975年12月20日[45]1992年4月1日
山県郡高富町「高」を鳩の形に図案化したもの[47][48]1972年5月16日[48]2003年4月1日
伊自良村「イジラ」を図案化したもの[48]1973年1月1日[48]
美山町「美山」を図案化したもの[48]1962年4月1日[48]1962年7月1日に告示された[49]
美山村章として制定され、町制施行後に継承された
本巣郡巣南町「す南」を図案化したもの[50]1974年11月4日[51][52]2003年5月1日
穂積町「ホ」を中心にして稲穂を象り、それを円形に組み合わせたもの[53][50]1955年2月18日[50][54]
吉城郡古川町「古川」を図案化したもの[55]1956年4月[56]2004年2月1日
神岡町「か」を鵬の形に図案化したもの[57]1972年5月29日[58]1975年6月に制定される[56]
2代目の町章である
河合村「河」を円形に図案化したもの[59]1968年9月[56]
宮川村「宮川」を図案化したもの[60]1957年3月[56]
本巣郡本巣町「本」を図案化したもの[61]1965年9月1日[61]色は緑色が指定されている[61]
真正町「シ」を丸く意匠化かつ図案化したものである[62][63]1975年7月1日[63]
糸貫町「イト」を図案化したもの[64]1969年7月[64]
根尾村基本的に「根」を中心にし、無限を表すために左右の翼で力強く表し、未来の雄和を象徴して丸く図案化したもの[65][66][67]1978年6月20日[65]
益田郡小坂町全体は「小」を図案化し、中央部は(美林)と山嶽を表したもの[68][69]1960年7月29日[69][70]2004年3月1日
金山町三角形は「金山」・外円は「融和」と「協力」を表し、頂点は町の発展を示したもの[71][72]1960年5月1日[72][71]
下呂町「下ロ」を組み合わせて図案化したもの[73][74]1958年3月31日[74][75]2代目の町章である
萩原町「ハギ」を端的に図案化し、「信義」・「勤労」・「友愛」を印象付けて円満平和を近代的総会に表したもの[76][77]1960年7月1日[76][77]1956年8月に制定されていたもの[78]1960年7月1日に再制定された[77]
馬瀬村「マ」を意匠化し、三角形は山・その他は川の蛇行を表したもの[79]1974年5月9日[80]
郡上郡白鳥町「しろ」を飛鳥の形に組み合わせたもの[81][82]1965年12月15日[82]2代目の町章である
八幡町「八」を図案化したもの[82]1970年5月1日[82]2代目の町章である
大和町「大」を図案化したもの[82]1965年4月1日[82]大和村章として制定され、町制施行後に継承された
色は臙脂色が指定されている[83]
高鷲村大日ヶ獄見当山鷲ヶ獄の三山をオオワシを表している[84][82]1973年5月23日[82]
美並村「み」を粥川に生息しているの形に図案化したもの[85][82]1974年8月1日[82]2代目の村章である
明宝村「M」を意匠化し、丸は村民の情熱を表したもの[86][82]1992年11月1日[82][86]
和良村「ワラ」を図案化したもの[82]1974年10月14日[82]
恵那郡明智町「アケチ」を右下より右回りに組み合せたもの[16]1957年7月6日[16]2004年10月25日
岩村町「岩」を意匠化したもの[87][16]1965年3月31日[16]
上矢作町「上」・「カミ」と象徴し、意匠化されたもの[16]1981年12月24日[16]色は緑色と水色が指定されている[16]
制定前は作成されていなかった[44]
山岡町「岡」を図案化し、山で囲んだもの[16]1955年3月1日[88]
串原村「クシ」を意匠化したもの[16]1974年9月8日[16]
羽島郡川島町「川」を図案化し、「円」を表し、「若い芽」を配したもの[89]1972年8月15日[90]2004年11月1日


2005年以降

市郡町村町村章由来制定日廃止日備考
揖斐郡揖斐川町「川」を中心にし、五つの「ビ」を円形に配し、「いび」を表したもの[91]1955年7月1日[92]2005年1月31日初代の町章である
春日村「か」を端的に図案化したもの[93]1973年12月18日[92]2代目の村章である
谷汲村「谷」を図案化したもの[94]1977年7月27日[92]2代目の村章である
久瀬村「久」を図案化したもの[95]1979年10月23日[92]
坂内村「坂内」を図案化したもの[96]1931年12月18日[92]2代目の村章である
藤橋村横山ダム揖斐川の流れを「フ」で象徴したもの[97]1977年12月10日[92]
吉城郡国府町「国」を図案化し、「国」を円に囲んだもの[98]1957年8月10日[99]2005年2月1日国府村章として制定され、町制施行後に継承された
上宝村「か」を飛騨山脈(北アルプス)を表し、それを翼状にして、図案化したもの[100][101]1964年[101][102]
大野郡久々野町「クグノ」を美的に構成し、図案化したもの[103][104]1965年8月4日[104]
朝日村「ア」を図案化し、乗鞍岳に昇る朝日を表しているもの[105]1968年10月8日[105]1976年4月1日に再制定された[106]
清見村「キ」を円形に図案化し雄和と伝統を表したもの[107][108]1972年4月21日[107]2代目の村章である
荘川村合掌造りと自然を図案化したもの[109][110]1968年11月3日[109]色は緑色が指定されている[41]
高根村「タカ」を組み合わせて図案化し、雄和と団結を表したもの[111][112]1968年12月24日[111]
丹生川村「丹」をトリの形に図案化し、中央部は乗鞍岳、その街並みを表したもの[113][114]1971年11月3日[114][113]
宮村「宮」を円形に図案化したもの[115]1971年11月1日[116]2代目の村章である
武儀郡板取村「イタ」・「い」を図案化したもの[117]1968年9月10日[117]2005年2月7日
上之保村六つの地区(鳥屋市・行合・川合・宮脇・明ヶ島・舟山)が当村を支えているという意味で、六個円形に配列している「上」が「保」を囲んでいるもの[118][117]1942年4月1日[117]
洞戸村「山」を表し、その表した△の上に「ほ」を図案化したもの[117]1973年4月1日[117]2代目の村章である
武儀町「ムギ」=「武儀」を図案化したもの[119][117]1966年4月1日[117]武儀村章として制定され、町制施行後に継承された
武芸川町「ケ」を六回ダブらせ「六ケ」にし、それで「武芸」を表したもの[120]1966年2月5日[120]
恵那郡坂下町「さ」を図案化したもの[121]1961年1月1日[121]2005年2月13日1960年12月14日に公表されていたのを翌年1月1日に制定された[121]
付知町ヒノキの葉の先端を意匠化し、その中に「付」を配したもの[122]1969年5月19日[122]1986年9月24日に施行される[123]
2代目の町章である
福岡町「フク」を図案化し、二ツ森三界山を象ったもの[124][125]1966年4月1日[125]
加子母村「かし」を山林を想像し、意匠化したもの[126]1971年12月21日[126]色は緑色が指定されている[127]
川上村「川」を円形に図案化したもの[128]1962年8月1日[128]
蛭川村「ヒル川」を図案化したもの[129]1975年6月12日[129]
海津郡海津町円周は木曽三川・中央に島津藩の家紋を図案化し、またか片仮名でカイヅを表しているもの[130]1965年3月16日[131]2005年3月28日
南濃町
(緑色バージョン)

(橙色バージョン)
「な」を図案化し、円を表したもの[132]1963年8月19日[131]色は緑色か橙色が指定されている[133]
平田町「平田」を図案化したもの[134]1960年6月1日[131]
可児郡兼山町兼山と木曽川の「力」を主体としたもの[135]1977年4月10日[135]2005年5月1日
羽島郡柳津町「S」による外輪は両地区の和を意味し、ヤナギの若葉を象形した「Y」と互いにがっしりと抱き合ったもの[30]1977年12月15日[30]2006年1月1日制定前から使われており、1977年12月15日に正式に制定された[136]
土岐郡笠原町「笠」をモザイクタイルの形に図案化したもの[137]1968年1月23日[137]2006年1月23日2代目の町章である
安八郡墨俣町「す」を図案化したもの[138]1974年11月3日[138]2006年3月27日
養老郡上石津町中央の三角形は「上」の字を表すと同時に山を表し、円内の4つの半円は合併前の牧田村一之瀬村多良村時村の4村を表したもの[139]1955年12月25日[139]上石津村章として制定され、町制施行後に継承された

参考文献

脚注

関連項目

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