北海道の市町村章一覧

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北海道の市町村章一覧(ほっかいどうのしちょうそんしょういちらん)は、北海道内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

北斗七星(この星を基にしてそれぞれの自治体の紋章が作られた) 北極星(この星を基にしてそれぞれの自治体の紋章が作られた) 開拓団の旗(この旗を基にしてそれぞれの自治体の紋章が作られた)
北斗七星
(この星を基にしてそれぞれの自治体の紋章が作られた)
北極星
(この星を基にしてそれぞれの自治体の紋章が作られた)
開拓団の旗
(この旗を基にしてそれぞれの自治体の紋章が作られた)

市部

市章由来制定日備考
札幌市外側の六角形は結晶を象徴し、内側の円形模様は「札」を表し、「ロ」で札を囲い、さらにはその中に北斗星の「ホ」を象ったもの[10][11][12][13][14][15]1911年8月[10][12][13][14]市旗は一部別デザインである
札幌区章をして制定していたものを市制施行後に継承される
函館市函館港の別名である「巴の港」を表したもの[16][17][18][19][20]1935年7月13日[17][18][19][20]市旗は一部別デザインである[20][21][22]
小樽市を象徴した六つの花の中に「小」を図案化したもの[23][24][25]1922年8月28日[25][26][27]1901年9月10日に制定した小樽区章を1922年8月1日の市制後も引き継いでいる[24]
旭川市北斗星北海道の中心部を表し、赤色の日章旗を中心に配したもの[10][28][29][30]1911年6月29日[10][29][30]区章をして制定していたものを1922年8月1日の市制施行後も引き継いでいる
室蘭市六つの「ロ」で円筒を作って「ムロ」とし、ランの花の周りを囲っている[31][32][33][34][35]1936年4月13日[32][33][34]2代目の市章である
釧路市外側は北極星、中の輪は「クシロ」を意味する腕輪を表している[7][36][37][38]2005年10月1日[7][37][38]1920年8月1日制定の市章を新市制後も引き継いでいる[7][37][38][39]
帯広市「北」と「ロ」を兼ねて表し、「オ」を図案化したもの[24][40]1933年4月1日[24][41][42]1930年10月31日制定の町章を市制施行後も引き継いでいる
市旗は一部別デザインである
北見市全体はの「分銅」を表し、「北」を図案化したもの[7][43][44]2006年3月5日[44]1947年9月6日制定の市章を新市制施行後に継承される[7]
夕張市外側の六角模様は黒ダイヤ、中側は「夕」を図案化したもの[4][45][46]1937年8月2日[4][46]夕張町章として制定していたものを市制施行後に継承される[46]
岩見沢市正菱型を象り、輪郭で北海道・内部は石狩平野・岩見沢の位置、四方八方へ延びる交通網を表したもの[47][48][49][50]1948年4月1日[48][49][50]色は金色・銀色・緑色のが指定されている[49][50]
網走市全体はの形であり、「ア」・「走」を図案化したもの[48][51][52][53][54]1940年3月22日[48][52][53][54]網走町章として制定されていたものを市制施行後に継承される[52]
市旗は一部別デザインである
留萌市「ル」を菱形にして図案化したもの[55][56][57][58][59]1964年12月16日[56][57][58][59]市旗は一部別デザインである
苫小牧市全体は「トマコマイ」を意味し、「トマ」を上下に配しかつ周囲を象り、上下の二つの突起で「コマ」を図案化してから「ト」を「イ」として読ませているもの[60][61][62][63]1949年8月22日[61][62][63]市旗は一部別デザインである
稚内市外形は六芒星・三つの意味を持つ「W(will=意志・wisdom=知識・work=労働)」を表しているもの[56][64][65]1949年4月1日[56][65]
美唄市カラスガイ・「ひ」を組み合わせて図案化し、黒ダイヤを表したもの[17][66][67]1950年9月2日[17][67]色は黒色が指定されている[67]
市旗は一部別デザインである
芦別市外側は北海道・五個の菱型黒ダイヤ・「芦」を表したもの[17][68][69]1948年7月3日[17][69]芦別町章として制定されたものを市制施行後に継承される
江別市星は屯田兵・囲む円はを表したもの[70][71][72]1924年10月24日[71][72]江別町章として制定されたものを市制施行後に継承される
市旗は一部別デザインである
赤平市「赤」を翼の形に図案化したもの[71][73]1966年12月2日[71][73]2代目の市章である
紋別市「紋」を図案化したもの[4][74][75]1941年4月1日[4][74]紋別町章として制定されたものを市制施行後に継承される
色は緑色が指定されている[76]
士別市青の「S」は図案化、赤は人、緑は大地を表したもの[77][78][79]2005年10月14日[77][78] [79]2代目の市章である
色は緑色・赤色・青色が指定されている[78]
名寄市「N」を図案化したもの[80][81]2006年3月27日[80][81]2代目の市章である
色は緑色か黒色を指定している[81]
三笠市「三」を三段にして図案化したもの[32][82]1957年3月8日[32]
根室市六つの「ロ」と「ネ」を配している[80]1957年8月1日[80]1925年2月13日に根室町章として制定され、市制施行後に継承される[83]
色は赤色が指定されている[83]
千歳市「ち」を新千歳空港飛行機の形に図案化したもの[84]1952年5月1日[84]千歳町章として制定され、市制施行後に継承される
滝川市石狩川空知川の二つの「川」を図案化したもの[48][85]1948年3月1日[48]滝川町章として制定され、市制施行後に継承される
砂川市「す」を図案化したもの[6]1948年6月21日[6]砂川町章として制定され、市制施行後に継承される
色は茶色が指定されている[86]
歌志内市六角形は石炭の黒ダイヤを表し、内部の二重の円は「ウタ」であり、「シナイ」を図案化したもの[48][87]1942年10月10日[88]歌志内町章として制定され、市制施行後に継承される
深川市「フカ」を組み合わせたもの[89]1963年7月16日[89]色は紺色が指定されている[90]
富良野市「フ」を図案化し、外周の円を表したもの[89]1966年10月15日[89]
登別市「の」を単純かつ明瞭化したもの[80]1961年10月1日[80]登別町章として制定され、市制施行後に継承される
色は浅葱色に少量の青味の黄を混ぜ白でうすめた色が指定されている[91]
恵庭市漁川島松川を表し、「恵」を配したもの[71]1961年9月1日[80]恵庭町章として制定され、市制施行後に継承される
伊達市「桜」・「川」・「円」を表したもの[84]1936年5月1日[84]伊達町章として制定され、市制施行後に継承される
北広島市「ひ」を図案化し、三つの「∞」を表したもの[7]1969年10月20日[7]広島町章として制定され、市制施行後に継承される
石狩市「i」を型どったもの[48]1996年2月23日[48]2代目の石狩町章として制定され、市制施行後に継承される
北斗市「H」を図案化したもの[89]2006年2月1日[89]色は青色・緑色・黄色が指定されている[92]

町村部

空知総合振興局

町村町村章由来制定日備考
空知郡南幌町「みなみほろ」を円形に図案化したもの[80][93][94]1964年6月10日[80][93][94]1979年4月25日に条例化される[95]
奈井江町「ナ」を図案化したもの[80][96]1954年3月18日[96]1980年6月26日に一部改正する[80][96]
上砂川町黒い菱型(濃紺色)は黒ダイヤ、中央には「上砂」、平行四辺形は川を表している[24][97]1953年1月1日[24]
夕張郡由仁町「ユ」を図案化し、夕張山地馬追丘陵を表したもの[4][93]1967年12月21日[4][93][98]1968年1月1日に施行される[98]
長沼町「ナガ」を左右とも翼の形に図案化したもの[80]1967年9月12日[80][99]
栗山町力強く「く」を表し、簡潔に「栗山」を表したもの[93][100]1963年6月19日[93][100]
樺戸郡月形町六片の雪花の中に、「月」を丸形として挿入したもの[84]1940年9月30日[84]
浦臼町「ウラ」を図案化したもの[48]1968年5月9日[48]
新十津川町朝廷から賜った菱十を表したもの[6]1863年7月25日[6]町村制施行前から制定され、村制施行後かつ町制施行後に継承される
奈良県吉野郡十津川村の村章も同じである
雨竜郡妹背牛町「も」を稲穂の形にしたもの[32]1968年6月15日[32]色は緑色が指定されている[101]
秩父別町 全体の形を「チ」とし、三角形は地形を象ったもの[84]1968年6月1日[84]
雨竜町二つの「ウ」を組み合わせたもの[48]1954年11月3日[48]色は白色か金色とし、文字の輪郭及び下部の立体観を現す部分は、黒色が指定されている[102]
北竜町「北」を組み合わせ、「H」を繋いで表したもの[89][103]1963年7月23日[89]
沼田町「ヌマ田」を組み合わせて図案化したもの[80]1954年5月8日[80]

石狩振興局

町村町村章由来制定日備考
石狩郡当別町「と」を飛躍的にして表している[84][104]1969年10月28日[104]1970年5月に再制定される[84]
2代目の町章である
新篠津村石狩川篠津川を表している[6][105]1934年1月4日[6]色は緑色が指定されている[105][106]

後志総合振興局

町村町村章由来制定日備考
島牧郡島牧村「シマ」の字を図案化したもの[77]1967年12月22日[77]
寿都郡寿都町「す」を四稜星にし、外側の円は「つ」を図案化したもの[6]1965年[6]
黒松内町三本のマツの葉に「黒」を図案化したもの[100][107]1959年5月1日[108]1901年に制定され、三和村制度時に継承され、町制施行後・町名改称後の1959年5月1日に再制定される[100]
磯谷郡蘭越町ヨウラクランを図案化し、四つの「コ」を組み合わせたもの[4]1954年12月1日[4]
虻田郡ニセコ町「ニ」は雲・「セ」は山・「コ」は流れを意味してそれらを図案化したもの[80][109]1968年5月15日[80]
真狩村六芒星にした「マ」を形どったもの[32]1967年12月23日[32]色は濃黄色が指定されている[110]
留寿都村六つの「ル」を三条の光線に六方向にして組み合わせたもの[4]1967年9月2日[4]
喜茂別町後方は、雄大な大地である北海道、手前は、町木である「エゾヤマザクラ」を表現したもの。2016年10月12日[111]
京極町「京」を図案化したもの[4]1957年8月1日[4]京極村章として制定され、町制施行後に継承される
倶知安町結晶の中に「K」を羽ばたく鳥の形にして図案化したもの[7]1991年7月1日[7]2代目の町章である
色は青色が指定されている[112][113]
岩内郡共和町「共」を上部に円形にして配し、「和」を円形にしたもの[7]1955年[7]共和村章として制定され、町制施行後に継承される
岩内町全体は「岩内」であり、外輪五線は五つの輪であり、「イワ」を表して「内」を図案化したもの[48]1935年2月16日[48]
古宇郡泊村「泊」を図案化し、内側に日本の国旗を暗示したもの[61][114]1937年2月25日[61]
神恵内村三方向を「弓」で表し、その内側に古宇川と港の入江、さらにはカモメが飛んでいる姿を表したもの[7]1968年5月15日[115]
積丹郡積丹町輪郭は三匹のカモメを表し、中央部は積丹岳日本海の波と船を表したもの[77]1966年8月11日[77]
古平郡古平町「古」を図案化し、上部は翼を表したもの[89]1968年5月20日[89]
余市郡仁木町外枠は結晶北海道を表し、「仁」を輪郭として配し、「木」を中心にして六芒星として描いたもの[80][116]1965年3月27日[80]
余市町星形は北斗七星を表し、その中に「余市」を円形にしたもの[4]1935年3月27日[4]
赤井川村八角形にした菱形は「赤」を図案化し、その周りを円で囲んだもの[10]1968年6月10日[10]色は菱形の部分は緑色・円の部分は赤色が指定されている[117]

胆振総合振興局

町村町村章由来制定日備考
虻田郡豊浦町四つの「ト」を四方に配し、その中に「ウラ」を図案化したもの[61]1947年7月1日[61]色は上辺二個の「ト」は緑色・下辺二個の「ト」は青色・中の「ウラ」は赤色が指定されている[118][119]
洞爺湖町「と」を洞爺湖と山として表したもの[61]2006年3月27日[61]色は緑色・水色・青色が指定されている[120]
有珠郡壮瞥町全体は「そ」を翼型にして図案化し、上部の有珠山昭和新山・下部は洞爺湖を表したもの[6]1958年6月30日[6]壮瞥村章として制定され、町制施行後に継承される
白老郡白老町
(青色篇)

(緑透明色篇)
「白オイ」を組み合わせて図案化したもの[77][121]1984年10月1日[77]1955年に制定された[122] ものを1984年10月1日に条例化される[123]
色は青色とグラスグリーン色が指定されている[121]
勇払郡厚真町「アツマ」を円形にしたもの[10]1954年12月25日[10]厚真村章として制定され、町制施行後に継承される
安平町「AB」を基にして、安平川を表したもの[48]2006年3月27日[48]
むかわ町「ム」を図案化したもの[32]2006年3月27日[32]色は赤色・青色・緑色が指定されている[124]

日高振興局

町村町村章由来制定日備考
沙流郡日高町「ひ」を図案化したもの[17]2006年3月1日[17]2代目の町章である
色は青色・緑色・赤色が指定されている[125]
平取町外郭は「平」を形象化・平和を意味する日本・平取を表徴・星を頂くハトは「とり」を表現・上天の星は北斗七星の表徴・ササリンドウ義経神社の紋章に因み三徳を表徴する[89][89][126][127]1949年7月1日[89]
新冠郡新冠町四つのイメージ「開拓道具(開拓者精神)・(海の幸)・(馬産地王国)・王冠(冠)・北海道)」を組み合わせ、「北」を形づったもの[80][128][129]1968年3月21日[80]
日高郡新ひだか町北海道の地形である菱形と「ひ」を図案化し、丸を配したもの[6]2006年7月14日[6]色は青色・緑色・赤色が指定されている[6]
浦河郡浦河町四つの「ウラ」を外円にし、「河」を丸くして納めたもの[48]1967年6月26日[48]1920年に浦河漁港起工式に使われ、1967年6月26日に正式に制定される[130]
様似郡様似町エンムル岬を中心に東側に大港・西側に小港を抱く姿を形どり、漁業と農林業の二面からなっていることを表したもの[100][131]1918年4月1日[100]様似村章として制定され、町制施行後に継承される
幌泉郡えりも町「え」を現代的に意匠化し、上部の半円は波・即ち海を描きたもの[71]1970年7月14日[71]

渡島総合振興局

町村町村章由来制定日備考
松前郡松前町松葉を図案化したもの[32]1954年7月[32]色は地色が海老茶色であり、紋章は白色が指定されている[32]
福島町北海道開拓時に繁栄を極めたニシン漁に用いられた船「穂津舟」と「フクシマ」を抽象化し、青函トンネル建設当時の工事基地を表したもの[89][132]1975年11月3日[32]
上磯郡知内町全体は「S」とタカを表し、それを穏やかな曲線で描かれたもの[6][106]1967年10月1日[6]1934年に自治展覧会写真帖に収録されていたものを1967年10月1日に制定される[133]
木古内町「木古内」を亀甲の形に表したもの[7]1942年6月16日[7]木古内村章として制定され、町制施行後に継承される
亀田郡七飯町旧六村(七飯村・大中山村藤城村軍川村峠下村鶴野村)を七つの輪(円)にしてそれらを組み合わせたもの[7][134]1977年11月3日[7]色は緑色が指定されている[134][135]
茅部郡鹿部町外周の四つの力は「シ力」=「鹿」を表し、中心は、鹿の角と昆布温泉を図案化したもの[100]1920年1月4日[136]1932年5月10日に再制定され、[100]1993年11月19日に施行される[136]
色は濃紺色と朱色が指定されている[136]
森町全体で「森」を図案化し、青と緑の連なりで内浦湾の波と緑を意匠化したもの[32]2005年9月29日[32]色は青色と緑色が指定されている[137]
2代目の町章である
二海郡八雲町「八」と日本海内浦湾の「波頭」を表したもの[4]2005年10月1日[4]色は水色が指定されている[138]
2代目の町章である
山越郡長万部町「長」の図案化し、内側の円は町民の団結と内浦湾を表わしたもの[4]1973年8月29日[139]当時の長万部町職員の作品である[139]

檜山振興局

町村町村章由来制定日備考
檜山郡江差町全体は「江差」を図案化し、「江」を菱形にしてから四つの「サ」を円形に配したもの[71]1916年[140]旧・江差町制時に制定され、新・町制施行後に継承される
上ノ国町「上国」を円形に図案化したもの[24]1927年[24]色は赤色が指定されている[24]
上ノ国村章として制定されたものを町制施行後に継承される
厚沢部町水田王国と「ア」を表したもの[24]1968年3月30日[24][141]色は内部は金色(レモン色)と枠は緑色が指定されている[24]
爾志郡乙部町「乙部」を組み合わせ、町の地形を表し、中央の突出した部分は乙部岳を、点は波型で日本海を表したもの[24]1965年8月18日[24]
奥尻郡奥尻町「おくしり」を一筆書きにして図案化したもの[71][142]1966年1月1日[71]
瀬棚郡今金町「ノ」を組み合わせ、「山」は二人の開拓者代表を表したもの[48]1967年10月1日[48]
久遠郡せたな町「セ」を基に北海道の地形を意匠化し、円で町の位置を表したもの[6]2005年9月1日[6]2005年11月15日に再制定される[143]
色は緑色と橙色が指定されている[143]

上川総合振興局

町村町村章由来制定日備考
石狩国上川郡鷹栖町「鷹」のイメージを大きく羽ばたく姿を現代的に表現したもの[6]1968年1月1日[6]鷹栖村章とし制定され、町制施行後に継承される
東神楽町「ヒ」を図案化したもの[17]1993年1月1日[17]2代目の町章である
当麻町「当」を図案化し、星は屯田兵の開拓魂と未来への飛躍を意味したもの[84]1968年4月1日[84]
比布町「比」を図案化し、交わりを持ったもの[17][144]1954年7月17日[17]比布村章とし制定され、町制施行後に継承される
愛別町愛別の語源である「矢の川」(アイヌ語でアイッベト)の上に旭日章を配したもの[48]1934年11月6日[48]愛別村章とし制定され、町制施行後に継承される
上川町「上」を想像した中央の山形は、大雪山・周囲の三本線は石狩川を表す「川」を図案化したもの[24]1955年7月29日[24]
東川町星は北斗七星北海道を意味し、亀形は「東」・中央の点は「東」の一部分と旭岳を表し、亀形の周囲の三本線による円は「川」を想像したもの[17][145]1934年7月[17][145]東川村章とし制定され、町制施行後に継承される
美瑛町十勝岳と「び」を図案化したもの[17]1963年2月25日[17]
空知郡上富良野町外側は三つの「カ」円形にし、その中に「富」を図案化し、「カミフ」と読んだもの[24][146]1957年10月5日[24]
中富良野町外周はの豊作・中心部は「中」・山を表したもの[80]1962年4月1日[147]中富良野村章として制定され、町制施行後の1967年3月24日に条例化される[80][147]
色は黄金色・緑色・黒色が指定されている[147]
南富良野町「南」の中に「フ」を包含し、金山ダムと町の地形からくる円を表したもの[32]1967年3月[148]南富良野村章とし制定され、町制施行後に継承される
雨竜郡幌加内町「ホロカナイ」を円形に図案化したもの[17][149]1958年7月3日[17]幌加内村章とし制定され、町制施行後に継承される
勇払郡占冠村真ん中は「占」であり、外円は山を表したもの[77][150]1963年10月11日[77][150]
天塩国上川郡和寒町「和」を目標として、三角の上部は「W」を表したもの[56]1965年8月24日[56][151]
剣淵町「K」を意匠化したものであり、中央に位置する三角形は、平波山を視覚的に表したもの[100]1968年6月20日[100]
下川町「下」を図案化したもの[77][152]1958年12月25日[77][152]
天塩国中川郡美深町全体は「び」を図案化し、太い線は男性・細い線は女性を表したもの[17]1948年4月1日[17]
音威子府村全体は結晶で、太陽を象った円の中に「音」を配し、六つの五角形サイロを表したもの[24]1965年6月27日[24]
中川町「中川」を図案化したもの[61]1964年5月1日[61]

留萌振興局

町村町村章由来制定日備考
増毛郡増毛町「毛」を中心に「マ」を図案化したもの[32]1972年6月13日[32]
留萌郡小平町中央の星は北極星を表し、外郭上部は、「小」・下部は「平」をあしらい、結晶に図案化したもの[24]1937年11月26日[24]小平村章として制定され、町制施行後に継承される
苫前郡苫前町「トママエ」を端的に図案化したもの[61]1967年12月18日[61]
羽幌町「ハボロ」を円形に図案化し、中心部に「ホ」を表したもの[17][153]1935年8月10日[17]
初山別村「し」を中心として三方に伸びる山状の図柄は、村内の山を表したもの[77]1968年4月16日[77]
天塩郡遠別町「エン別」を円形に図案化したもの[71]1949年3月29日[71]遠別村章として制定され、町制施行後に継承される
天塩町テシオ(ホ)の文字を図案化し、外形の円は「天」を組み合わせたもの[84]1950年10月1日[84]

宗谷総合振興局

町村町村章由来制定日備考
宗谷郡猿払村三つの稜は「知性・勇気・情熱」を象したもの[100]1968年5月9日[100]制定前は作成されていなかった[154]
枝幸郡浜頓別町「ハマ」にしてかつ逆にすると「とん」を表したもの[17]1952年1月12日[17]
中頓別町結晶の中に「中」を星形に図案化したもの[17][155]1933年11月7日[17]1979年3月14日に規定化した[156]
中頓別村章として制定され、町制施行後に継承される
枝幸町「え」を図案化し、菱形北海道を表したもの[71]2006年3月20日[71]色は青色と緑色が指定されている[157]
2代目の町章である
天塩郡豊富町「とよとみ」を抽象的に表したものであり、中央のツルハシは地下資源・上部のは森林資源を表し、円線はサロベツ川を表したもの[61]1940年10月1日[61]豊富村章として制定され、町制施行後に継承される
幌延町「ホロノベ」を抽象的に表したもの[89]1968年4月19日[89]
礼文郡礼文町円を表し、その内部は「レ」を図案化したもの[56]1967年4月1日[56]
利尻郡利尻町沖の方から逆巻く波間に見える利尻山を表しかつ波の線を円くして波の外側の曲線と内側の曲線は、「り」を象ってから尻の尖った線は「し」を横にしたものであり、「り」は二度重ねたものであり、「一円融合の和」を表徴したもの[4][158][159]1968年5月1日[4]
利尻富士町全体は「和」を表現・「り」を以て抱合を意味・利尻山を表徴・「H」は「改称前の東利尻・発展・飛躍・平和・豊漁」をローマ字の頭文字にして意味したもの[4][160]1959年9月1日[160]東利尻町制時に町章として制定され、[160] 改称後同日の1990年9月30日に再制定される[4]

オホーツク総合振興局

町村町村章由来制定日備考
網走郡美幌町「ビホロ」と円形を組み合わせて図案化したもの[17]1937年9月6日[17]町旗は別デザインである[161]
津別町「ツ別」を図案化し、「ツ」は上部にしてから中央部の白地は沃野を表したもの[84]1958年7月1日[84]
大空町「O」を基に、大空、女満別空港と農業を青色と緑色の流線型で表したもの[71]2006年3月31日[71]色は青色と緑色が指定されている[162]
斜里郡斜里町「シャリ」を羽ばたく鳥にして表したもの[77]1958年9月21日[77]
清里町円と三角は斜里岳を表したもの[7]1953年[7]上斜里村章として制定され、改称かつ町制施行後に継承される
小清水町上半分の円は「小」・下半分の円は「水」を表し、それらの中に「清」を図案化し、「小清水」と読ませたもの[100][163]1953年10月1日[100]1953年10月7日に規定化される[164]
常呂郡訓子府町「北」で北海道北見地方・中央は「訓」を表したもの[100]1951年11月1日[100]
置戸町「オキト」を図案化したもの[71]1949年7月31日[71]置戸村章として制定され、町制施行後に継承される
佐呂間町「サロマ」を「サ」で囲み、横棒を配したもの[100]1953年4月1日[100]
紋別郡遠軽町外側の星形は、北見国北斗七星で表わし、その中央に三つの輪を配したもの[71]2005年10月1日[71]旧・遠軽町制時に1935年3月に制定され、新町制施行後に継承される[165]
湧別町「ゆ」を図案化し、中央に五芒星を配したもの[166]2009年10月5日[166]色は青色と緑色が指定されている[166]
2代目の町章である
滝上町「タキ上」を組合せて図案化し、下部の三角形は山・小円は農耕地を表したもの[84][167][168]1958年2月19日[84][168]
興部町三つの「北」で「興」を囲んだもの[71]1923年10月20日[71]色は「北」の部分は緑色・「興」の部分は赤色が指定されている[71][169]
興部村章として制定され、町制施行後に継承される
西興部村「西」を表し、中心の山形は、山村を象徴するとともに人文字を模したもの[80]1967年12月20日[80]色は緑色が指定されている[170]
雄武町六つの「ヲ」を結晶の形に組み合わせ、中央に北斗七星を配したもの[71][170]1923年11月10日[71]色は黄色と青色が指定されている[171]
雄武村章として制定され、町制施行後に継承される

十勝総合振興局

町村町村章由来制定日備考
河東郡音更町「音」を抽象デザインで若葉を表したもの[24][172]1970年4月10日[24]2代目の町章である
士幌町「士」をオオトリが羽ばたく様に図案化したもの[77]1968年7月12日[77]
上士幌町「上」を若葉・力強い翼の形に表したもの[24][173]1968年5月1日[24]
鹿追町「鹿」を配し、バレイショの花で町民を象し、これを囲む円で太陽を形どり輪(和)を表示したもの[100]1949年7月10日[174]1953年4月1日に再制定される[100]
鹿追村章として制定され、町制施行後に継承される
十勝国上川郡新得町「新得」を図案化し、両方の手で支えたもの[6][175]1948年2月1日[6]
清水町六芒星で「水」を表し、「清」を配したもの[77]1937年5月8日[176]1936年に募集し、[177]1937年5月8日に制定され、1968年6月18日に再制定される[77]
河西郡芽室町五つの「M」を周りに表し、五芒星を配したもの[32]1999年10月1日[32]色は緑色・水色が指定されている[32]
2代目の町章である
中札内村中央の白丸は「潔白と真心」を表しかつ「中札内」を組み合わせ、輪郭はを図案化したもの[61]1957年9月1日[61]
更別村「更別」をジャガイモクローバーに模した葉形で包んだもの[100]1947年[100]1948年に条例化される[178]
色は銀色・中燻銀色・緑色が指定されている[178]
広尾郡大樹町「大」を二重かつ円形にし、「樹」を配したもの[6][179]1950年2月23日[180]1973年2月28日に改正される[180]
大樹村章として制定され、町制施行後に継承される
広尾町正三角形は、を意味し、町内の海にある立岩・二見岩・防波堤の図形で「広」を鱗にして表したもの[89][181]1950年[89]
十勝国中川郡幕別町「幕」は末広がりにして、「別」は輪(和)を表したもの[32]1961年12月24日[32]
池田町外円は利別川十勝川、三方形は交通の要衝と産業・経済・文化を象徴・中心部に「イケ」を基に、翼にして表したもの[48]1968年6月3日[48]
豊頃町「トヨコロ」を変形三重円にして抽象化したもの[61][182]1950年11月1日[61]豊頃村章として制定され、町制施行後に継承される
本別町「本」を図案化し、「別」を円形に囲むようにしたもの[32]1931年11月9日[32]本別村章として制定され、町制施行後に継承される
足寄郡足寄町「アシ」を組み合わせて、上部に翼を象ったもの[10]1965年4月1日[10]
陸別町「リク」を円形にしたもの[4]1950年3月[4]淕別村章として制定され、陸別村改称後かつ町制施行後に継承される
1949年に制定された[183] ものを1950年3月に制定される[4]
十勝郡浦幌町外側の太い線は十勝国・内側の細い線は十勝郡を表し、真ん中に「浦」を示したもの[48]1949年6月5日[48]浦幌村章として制定され、町制施行後に継承される

釧路総合振興局

町村町村章由来制定日備考
釧路郡釧路町全体は古銭を象り、外側は四つの「ク」・真ん中に「ロ」を配したもの[7][184]1959年9月3日[7]釧路村章として制定され、町制施行後に継承される
厚岸郡厚岸町全体を丸型にし、「ア」を図案化したもの[10]1964年6月1日[10]色は濃紺色が指定されている[185]
浜中町「ハマ」を組み合わせ、「ハ」を円形にして浜中湾琵琶瀬湾を象ったもの[17][186]1963年11月1日[17]
川上郡標茶町「し」を図案化したもの[100]1968年6月1日[100]色は黄緑色が指定されている[100]
弟子屈町円内上部の三つの山形は摩周岳を表し、その下の「T」と合わせて「テ」を型どり「テ」の両端のトガリを表したもの[84]1961年4月1日[84]色は青色が指定されている[187]
阿寒郡鶴居村タンチョウの生息地であることからツル図案化し、その鳥を上に羽ばたく様に図案化したもの[84][188]1949年9月1日[84]
白糠郡白糠町外円の結ばれる所は、「ヌカ」をそれぞれ表していると共に、北海道の「北」も意味したもの[6]1950年11月1日[6]

根室振興局

町村町村章由来制定日備考
野付郡別海町波頭で野付水道分銅・両方の翼を表したもの[89]1968年6月25日[89]別海村章として制定され、町制施行後に継承される
標津郡中標津町「中」を配し、扇形になっている外側は「シベツ」を図案化し、根室振興局の内陸部の中心地を表したもの[61][189]1950年1月1日[61]
標津町全体は中心の山の形は「山」・その下部の鳥が羽を広げたような部分が「海」・全体で川を表したものであり、その内、「海」を表す部分に右端の弧を合わせて「シ」・その下部の弧を合わせて「ベ」・その左側の弧を合わせて「ツ」を図案化したもの[77][190][191]1958年1月1日[77]
目梨郡羅臼町」を輪にして和を表し、「羅」を配したもの[4][192]1970年9月20日[4][193]1950年10月に制定されたものを1970年9月20日に再制定される[193]

廃止された市町村章

市郡町村町村章由来制定日廃止日備考
室蘭市不明1922年1936年4月13日初代の市章である
市制施行時に吏員(職員)徽章として制定された[194]
夕張郡角田村不明1917年[195]1940年3月23日
不明1940年3月23日1949年7月25日
長沼町不明1952年5月9日1967年9月12日初代の町章である
栗山町不明1949年7月25日1963年6月19日初代の町章である
高島郡高島町不明1922年5月1日1940年4月11日
上磯郡木古内村不明1917年10月30日1942年6月16日初代の町章である
山越郡長万部町不明1913年4月1953年6月15日初代の町章である
不明1953年6月15日1973年8月29日初代の町章である
紋別郡下湧別村不明1952年5月9日1953年10月1日初代の町章である
利尻郡鴛泊村不明1923年4月1日1956年9月30日
茅部郡落部村不明1915年6月[196]1957年4月1日
網走郡津別町不明1946年9月10日1958年7月1日初代の町章である
茅部郡尾札部村不明1915年1959年5月1日
臼尻村不明1915年4月23日
上川郡永山町不明1952年5月9日1961年4月1日
雨竜郡深川町不明1955年8月31日1963年5月1日
納内村不明1957年9月13日
空知郡幌向村不明1950年8月9日1964年6月10日
奥尻郡奥尻町不明1906年1966年1月1日
空知郡富良野町不明1932年12月1966年5月1日
山部村不明1935年
山部町不明1965年7月15日
赤平市ブラックダイヤモンド及びピッケルの配合・四つの炭鉱歯車・真ん中に「赤」を表したもの[197]1949年7月1日[197]1966年12月2日赤平町章として制定され、初代の市章として制定された
札幌郡手稲町「ていね」の「て」を図案化したもの1961年[198]1967年3月1日
上川郡神楽町不明1954年11月11日1968年3月1日
河東郡上士幌町不明1950年6月28日1968年5月1日初代の町章である
虻田郡ニセコ町不明1933年[199]1968年5月15日狩太村章として制定され、町制施行後かつニセコ町に改称後に初代の町章として継承された
虻田郡士幌町不明1926年6月1日1968年6月12日初代の町章である
広島村不明1934年4月1969年10月20日初代の町章である
雨竜郡多度志町不明1963年8月9日1970年4月1日
河東郡音更町不明1919年[200]1970年4月10日音更町章として制定され、町制施行後に初代の町章として継承された
幌泉郡幌泉町不明1959年1月1日1970年4月14日
上川郡東鷹栖町不明1934年9月28日1971年3月2日
亀田市「亀田」を図案化し、の頭・手足・尾は田地と龜田・神山鍛冶桔梗石川を表したもの[201]1915年11月12日[201]1973年12月1日亀田村章として制定され、町制施行後かつ市制施行後に継承された
松前郡福島町1965年9月14日1975年11月3日初代の町章である
虻田郡倶知安町六角形結晶、中央部に「北」を丸くし、そして更にその中に「倶」を表したもの[9]1916年4月1日[9][202]1991年6月30日初代の町章である
現在は倶知安役場の徽章として準用されている[203]
上川郡東神楽町外枠は八咫鏡で「楽」を表し、「東」を旭日章として配したもの[204][205]1953年8月31日[205]1993年1月1日東神楽村章として制定され、初代の町章として継承された
石狩郡石狩町円の中央は四つの「イ」を組み合わせて「イシ」として、周りの右側は「カ」を変形し、左側は「リ」を表したもの[206]1927年4月1日[207]1996年2月12日1920年に制定され、1927年4月1日に再制定された[206][207]
初代の町章である
河西郡芽室町「星」は北極星を表し、中央部は「芽」を配したもの[208]1919年8月[209]1999年10月1日芽室村章として制定され、町制施行後に初代の町章として継承された
亀田郡戸井町「と」を図案化し、汐首岬渦潮を配したもの[210]1968年10月1日[211]2004年12月1日
恵山町輪郭の円は「円満と総体」を意味し、四つの巴は各集落にあるを表したもの[212]1918年4月24日[211]尻岸内村章として制定され、尻岸内町章として継承された
椴法華村「ト(T)」を図案化し、トドマツを表しているもの[213][214]1976年8月30日[211]
茅部郡南茅部町「M」を中心にし、尾札部村臼尻村の両漁村地帯の合併を表したもの[215]1959年9月1日[211]
茅部郡森町「森」を象った三ツ星を図案化したもの[216][217]1966年12月24日[218]2005年4月1日制定前から使用され、1966年12月24日に正式に制定される[217]
砂原町内浦湾の湾型を表し、二つの大字から成立したもの[219][220]1917年10月24日[218][220]砂原村章として制定され、町制施行後に継承された
久遠郡大成町「大成」を上の半月と下の半月に分けて図案化したもの[221][222]1955年7月20日[222]2005年9月1日大成村章として制定され、町制施行後に継承された
瀬棚郡瀬棚町開拓者精神と町民共同発展を三本杉岩に表している[5]1968年5月1日[223]
北檜山町「北」を図案化し、右を上にしたものは「き」・左を上にしたものは「た」を表しているもの[224][225]1965年11月3日[224][225]
士別市外形を四個のの字を繋ぎ合して、内側は「士」を図案化したもの[76][226]1954年9月3日[226]初代の市章である
上川郡朝日町「アサヒ」を図案化したもの[226]1962年8月23日[226]色は黒色と白色が指定されている[227]
厚田郡厚田村「アツタ」を円形にして模様化したもの[228][229]1963年10月[229]2005年10月1日
浜益郡浜益村「ハマ」を円形に図案化し、「マス」を表現したもの[230][231]1968年5月28日[231]
紋別郡生田原町九つの地区(旭野生田原伊吹岩戸清里豊原水穂八重安国)をスクリューにして、互いに協力し合うことを表し、その中心の大字である生田原を表したもの[232][233]1945年[234]生田原村章として制定され、町制施行後に継承された
丸瀬布町円は「丸」と「住民」の「和」を象徴し、中側の三角とその更に中側はマツを表し、三つの三本の線は湧別川武利川丸瀬布川を表したもの[233][235]1949年4月15日[236]丸瀬布村章として制定され、町制施行後に継承された
白滝村「白」を波紋に模したもの[233]1949年8月1日[237]
山越郡八雲町八重雲を表し、その中に「八」・さらに、その下に北斗七星を表したもの[238]1917年4月26日[239]八雲村章として制定され、町制施行後に初代の町章として継承された
爾志郡熊石町の中央に躍動するの模様を配したもの[240]1968年3月17日[240]
阿寒郡阿寒町「アカン」を円形(輪)と翼にしてかつ組み合わせて図案化したもの[187][241]1952年8月10日[241][242]2005年10月11日阿寒村章として制定されたものを町制施行後に継承された
白糠郡音別町「オン」を組み合わせ、町内の三大産業(鉱業(coal)の「C」を円に蔵し・「オン」を以て、林業を木・農業)を表したもの[241]1965年8月20日[241][243]
上磯郡上磯町四つの「上」を菱形に意匠化したもの[244]1916年4月15日[245]2006年2月1日上磯村章として制定され、町制施行後に継承された
亀田郡大野町外円は三つの「大」・中円は三つの「の」を表したもの[246]
(正確な由来ではない[247]
1915年12月21日[245][246]大野村章として制定され、町制施行後に継承された
作者は不明である[246][247]
広尾郡忠類村全体は「忠」を図案化し、四方に旭日の如く輝く気持ちを表したもの[248][249]1954年1月15日[249]2006年2月6日
有珠郡大滝村円は「和」と広がり・三本の斜線は「農業・観光・福祉」を表したもの[250][251]1965年9月1日[252]2006年3月1日色は円の部分は金色・三本の斜線の部分は銀色が指定されている[251]
沙流郡日高町日輪(太陽)を背にして大きく羽ばたくタカを表したもの[253]1955年7月1日[253]日高村章として制定され、町制施行後に初代の町章として継承された
門別町「門」を星形にして六角形にしたもの[254][255]1967年12月22日[255]
常呂郡端野町「タンノ」を円形に図案化したもの[256]1946年10月1日[256]2006年3月5日町旗は一部異なるデザインである[257]
1947年1月1日に再制定された[258]
端野村章として制定され、町制施行後に継承された
留辺蘂町「ル」を正三角形に図案化して、「山」・「温泉」を示す地図記号を象徴かつ「心」と読むもの[259]1964年8月12日[259]
常呂町外側は「呂」であり、六つの「コ」で囲み、内側は「常」を図案化したもの[260][261]1950年11月1日[262]
枝幸郡枝幸町「エ」を取り巻く四つの「サ」で「エサシ」を図案化したもの[263][264]1947年10月1日[265]2006年3月20日初代の町章である
歌登町中央部に「U」を図案化し、上部半円は宗谷支庁(現:宗谷総合振興局)・外郭は北海道を示し、北側を表したもの[264]1962年5月25日[266]
空知郡栗沢町北斗七星と「栗」と組合わせて図案化したもの[267]1992年6月20日[267]2006年3月27日栗沢村制時の1921年に当時の村長である山田勢太郎によって使われ、町制施行後にも継承され、1992年6月20日の条例によって制式に制定された[267]
北村簡明直截に「北ムラ」を表すと共に、横三線は石狩川を円形にしたもの[267]1966年3月10日[267]1949年から使われ、1966年3月10日に議会議決され、正式に制定された[267]
名寄市「ナ」を四つ組み合わせて名寄を表したもの[268]1956年4月1日[269]1956年5月14日に告示された[268][270]
初代の市章である
上川郡風連町「風」を四つ連ねて「風連」を表し、かつ全体で「米」を図案化したもの[271]1940年5月[271]当時の下多寄小学校校長(現:名寄市立風連下名寄小学校)の作品である[271]
虻田郡虻田町「A」と「ア」を円形にしかつ組み合わせて図案化したものであり、円内は噴火湾洞爺湖をかたどり・中央部の三角は付近の山々と逆三角形は洞爺湖・商業工業かつ鉱業を表したもの[272]1962年9月1日[272]
洞爺村真ん中の円は「太陽」と洞爺湖・六つの「ト」を雲形六角形に表したもの[272][273]1968年4月16日[272]色は紺碧色が指定されている[274]
勇払郡鵡川町「川」と「米」を円形にして組み合わせて図案化したもの[275]1960年1月1日
穂別町全体的(総体的)に「ホ」を図案化し、Y字線は鵡川穂別川の交流・三角形は周囲の山を表す[276][277]1962年6月18日[277]
追分町全体は機関車車輪を型取り、「追分」を円形に図案化したもの[278]1958年10月1日[278]1958年9月に制定されたものを10月1日に再制定される[279]
早来町「ハヤ」を円形に図案化し、「人の和と団結」たもの[278][280]1961年10月10日[278]
網走郡女満別町「女」を表象し、五つの頂点を表したもの[281][282]1968年3月12日[281][282]2006年3月31日
東藻琴村「東モコト」を円形に図案化したもの[282]1947年2月11日[282]
静内郡静内町全体を対称形にして、その内訳は七つの円を組み合わせ、四つの「ツ」の組合わせで「静」を表し、「内」を型どった円弧を上下に置いたもの[283][284]1950年9月9日[284]
三石郡三石町三つの「石」の字を図案化したものを組み合わせたもの[284]1951年11月[285]
紋別郡湧別町中央の星形は「北」を北斗七星で表し、その中に「湧」を配し、外側は「別」を円形に図案化したもの[4][8]1953年10月1日[4]2009年10月5日初代の町章である
上湧別町「カミ」を図案化し、中央の星形は屯田兵村を表したもの[4]1968年6月18日[7]
虻田郡喜茂別町北斗七星を図案化し、その中に「喜」を配したもの[4]1952年7月1日[4]2016年10月12日

参考文献

脚注

関連項目

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