沖縄県の市町村章一覧

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沖縄県の市町村章一覧(おきなわけんのしちょうそんしょういちらん)は、沖縄県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
那覇市「ナハ」を円形に図案化したもの[1][2]1921年12月19日[2][1]
宜野湾市「ギノ」を円型に図案化したもの[3][4]1966年7月1日[5]1967年6月17日に再制定される[4][3]
制定前は未作成であった[6]
石垣市「石」を図案化したもの[1][7]1967年4月8日[1][8]制定前は未作成であった[6]
浦添市「ウ」を突出し、「ウラソエ」を円形に図案化したもの[1][9][10]1961年6月26日[1][4]浦添村章として制定され、市制施行後に継承される
名護市「ナ」をハトの形に図案化したもの[11][12][13]1972年8月8日[13][12]色は青緑色が指定されている[11]
糸満市「いと」を円を主体として図案化したもの[14][1][15]1968年10月1日[16]糸満町制時に制定され、市制施行後に1971年12月1日に告示される[15][1]
制定前は作成されていなかった[17]
沖縄市「お」を三つの円を主体として図案化したもの[18][3][19]1974年9月20日[3][19]
豊見城市「と」を三つ配して「とみ」とし、積み重ねた円形は「城(ぐすく)」を表したもの[12][20]1976年4月1日[21]豊見城村制時に制定され、市制施行後の2002年4月1日に告示される[20][12]
色は紫色が基本であり、場合によっては他の色が使用可能である[22]
制定前は作成されていなかった[23]
うるま市
(カラー篇)

(白黒篇)
「う」を図案化したもの[1][24]2006年3月1日[24][1]カラーの場合は上部の太陽を表す丸は赤色・中央の大地を表す縦の輪は緑色・海を表す横の輪は青色が指定されている[24]
白黒の場合は黒色が指定されている[24]
宮古島市「み」を図案化したもの[25][26]2005年10月1日[26][25]色は赤色・緑色・青色が指定されている[26]
南城市「N」を図案化したもの[12][27]2006年11月1日[27][12]色は上部の自然を表す「N」は緑色・右部の太陽を表す丸は赤色・太平洋の海を表す下部のラインは青色とする[27]

町村部

市町村市町村章由来制定日備考
国頭郡国頭村「くに」を図案化したもの[3][28]1972年4月1日[3][28]制定前は作成されていなかった[29]
大宜味村「大」を近代感覚により図案化しかつ円形に表したもの[30][1]1972年1月1日[1]制定前は作成されていなかった[31]
東村「東」と太陽を組み合わせたもの[12][32]1978年4月1日[12][32]1963年12月に選定され、1978年4月1日に制定された[32]
色は黄色と濃紺色が指定されている[32]
今帰仁村「今」を現代的に図案化したもの[33][12][34]1973年11月8日[12][34]制定前は作成されていなかった[35]
本部町
(カラー篇)

(白黒篇)
「本」を左右両翼に図案化したもの[25][36][37]1966年12月15日[25][37]
恩納村
(カラー篇)

(白黒篇)
「オンナ」を水平に図案化したもの[3][38]1973年5月15日[3][38]制定前は作成されていなかった[39]
宜野座村「ぎ」を図案化し、鋭角と円型にしたもの[40][3][41]1976年11月27日[3][41]制定前は作成されていなかった[42]
金武町「キン」を円と翼を想像して意匠化かつ図案化したもの[43][3]1977年11月7日[3]色は地色は青色で、紋章は黄色が指定されている[43]
金武村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[44]
伊江村「イエ」を意匠化かつ図案化したもの[1][45][46]1983年4月1日[1][47]制定前から存在していた[48]
中頭郡読谷村「よみ」を羽の形にして外円で囲んだもの[49][25][50]1976年12月24日[51]1980年12月24日に再制定される[25][50]
制定前は作成されていなかった[52]
嘉手納町「かでな」を鳥の形に図案化したもの[53][3][54]1973年5月17日[3][54]色は青色・が指定されている[55]
嘉手納村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[56]
北谷町「北谷」を組み合わせて鳥の形に図案化したもの[57][12][58]1973年4月2日[12][59]2代目の北谷村章として制定され、町制施行後に継承される
北中城村「北中」を図案化したもの[3][60]1980年5月20日[3][60]制定前は作成されていなかった[61]
中城村円は村民の和を、巴は護佐丸の紋を形どり、「中」の字と突出部は、村名と発展を表現したもの[12][62]1979年3月10日[12][62]色は赤色・黄緑色・青色が指定されている[62]
制定前は作成されていなかった[63]
西原町「西」を図案化したもの[12][64]1968年7月3日[12][64]西原村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[65]
島尻郡与那原町「よ」を飛鳥の形に図案化したもの[66][25][67]1973年1月1日[25][67]与那原村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[68]
南風原町「は」を鳥の形に図案化したもの[69][12][70]1971年4月18日[12][70]色は地色は紫色であり、紋章は白色が指定されている[71][70]
南風原村章として制定され、町制施行後に継承される
制定前は作成されていなかった[72]
渡嘉敷村「とか」を円形に図案化したもの[73][12]1972年7月15日[12]制定前は作成されていなかった[74]
座間味村「ザ」を図案化したもの[3][75]1966年5月1日[3][75]色は地色は紺色で紋章は黄色が指定されている[76][75]
粟国村「ア」を粟国島の形に図案化したもの[77][1][78]1981年11月3日[1]制定前は作成されていなかった[79]
渡名喜村
(カラー篇)

(白黒篇)
「トナキ」を図案化し、「トナ」で円を構成したもの[80][12]1971年12月18日[12]制定前は作成されていなかった[81]
南大東村「ミナミ大」を円形に図案化したもの[82][25]1976年12月27日[25]色は緑色が指定されている[83]
制定前は作成されていなかった[84]
北大東村外側に「北」・中心に「大東」を図案化したもの[3][85]1979年3月19日[3][86]色は水色・緑色・赤色が指定されている[83]
制定前は作成されていなかった[87]
伊平屋村
(カラー篇)

(白黒篇)
「イヘ」を飛ぶ鳥の形に図案化したもの[88][1][89]1977年4月1日[90]1983年4月1日に再制定される[1]
制定前は作成されていなかった[91]
伊是名村「イゼナ」を図案化したもの[92][1]1969年8月15日[1][92]1972年5月15日に条例化される[92]
制定前は作成されていなかった[93]
久米島町久米島が古来から「くみじま」と呼ばれていたことから、「く」を三つ並べたものを図案化したもの[3][94]2004年5月25日[3][94]色は黄緑色と青色が指定されている[94]
東京都江東区に本社を置くオートバックスセブンのロゴマークと類似している
八重瀬町八重瀬町の「八」は八重瀬岳を、中心の「丸」は「うまんちゅの魂」を、「水色の部分」は「自然と共生する清らまち」を表したもの2006年6月21日[95]色は緑色・橙色・水色が指定されている[95]
宮古郡多良間村「多」を円形に図案化したもの[3]1973年4月22日[3]制定前は作成されていなかった[96]
八重山郡竹富町「竹」を図案化したもの[3][97]1970年1月20日[97]2代目の町章である
与那国町「与」を図案化したもの[25]1965年12月28日[25]

廃止された市町村章

市郡町村町村章由来制定日廃止日備考
首里市四つの「ユ」の中に「り」を配したもの[98]1921年5月20日1954年6月1日
島尻郡小禄村作成されていない1954年9月1日
真和志市作成されていない1957年12月17日
八重山郡大浜町「大」をかたどり、「オハマ」を図案化したもの[99]1962年5月[99]1964年6月1日
八重山郡竹富町不明不明1970年1月20日初代の町章である
国頭郡名護町「ナゴ」を図案化し、和哀協力を表してから繁栄発展を意味したもの[100]1964年5月6日[100]1970年8月1日
屋部村作成されていない[101]
久志村作成されていない[102]
羽地村作成されていない[103]
屋我地村不明不明
国頭郡上本部村作成されていない[104]1971年11月1日
中頭郡北谷村不明不明1973年4月2日初代の村章である
コザ市「コ」を円形にし、「ザ」をその中に示して図案化したもの[105]1956年7月1日[105]1974年4月1日
中頭郡美里村「ミサト」を丸く囲ったもの[106]1962年8月[106]
島尻郡具志川村「グシ川」を図案化したもの[107]1982年1月[108]2002年4月1日制定前は作成されていなかった[109]
仲里村「ナ」と久米島紬反を重ね合わせたもの[71]1981年1月1日[108]制定前は作成されていなかった[110]
具志川市「ぐし」を組み合わせて図案化したもの[111][112]1968年8月2日[111][112]2005年4月1日制定前は作成されていなかった[6][113]
石川市上部に「石」・下部に「川」を円く図案化しかつ飛鳥の形に意匠化し、融和と発展を目的として組み合わせて図案化したもの[111][114]1969年6月10日[111][114]制定前は作成されていなかった[6][115]
中頭郡勝連町「かつ」を飛鳥と波を想像し、平和と希望を溢れることを目的として意匠化したもの[111][116]1978年8月14日[111][116]勝連村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[117]
与那城町「よ」を図案化し、安泰・融和・平和・団結を表しかつ雄飛と発展を強調したもの[118][111]1977年3月5日[111][118]1987年7月1日に再制定された[119]
与那城村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[120]
平良市「平」を図案化したもの[121]1955年3月7日[122]2005年10月1日
宮古郡城辺町「城」を図案化し、左側は「土」・右側は「成」を表したもの[121]1968年1月22日[121]制定前は作成されていなかった[123]
下地町「下地」を図案化して、円の枠の中に十字の形を配置したもの[121]1981年3月31日[121]制定前は作成されていなかった[124]
上野村外輪・棒線及び内輪の一部で「上」・内輪と棒線の一部で「の」、目的は外輪は無限の平和と博愛の心・内輪は村民の友愛と協力の精神を表したもの[125][126]1994年8月1日[121]制定前から使用(1968年以前には存在していた[125][127] )されていた[126]
伊良部町「イラ」を円型にし、翼で左右対称に配置して託したもの[128][121]1972年10月24日[121]伊良部村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[129]
島尻郡東風平町左側に「コ」・右側に「チ」・円は「平」を円形にして図案化したもの[130][131]1975年12月26日[131]2006年1月1日東風平村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[132]
具志頭村「ぐ」を鳥の形に図案化したもの[131]1975年9月10日[131]制定前は作成されていなかった[133]
玉城村「玉」の周りを円で囲み図案化したもの[134]1977年2月15日[134]制定前は作成されていなかった[135]
知念村斎場御嶽と円内は太陽御川を主体に意匠化したもの[134]1966年1月[134]
佐敷町「サ」を図案化したもので、一斗マスを表したものである[134]1980年6月1日[134]明治時代以前に使われていたとされ、佐敷村制時に使われている[136]
色は山吹色が指定されている[66]
大里村サトウキビを象徴して、その葉で「大里」を型どったもの[134]1967年9月20日[134]制定前は作成されていなかった[137]

参考文献

脚注

関連項目

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