青森県の市町村章一覧

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青森県の市町村章一覧(あおもりけんのしちょうそんしょういちらん)は、青森県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

リンゴの種類の一つであるふじ

市部

市章由来制定日備考
青森市「青」を円形にしての形に模擬し、北斗七星を表しかつ本州の北側の都市を表している[6][7][4]2005年4月27日[4]1901年4月に制定され、[8]1972年7月26日に規格制定され、新制施行後に継承される[9]
弘前市」を表している[10]2006年11月15日[10]旧・弘前市制時の1900年6月14日に制定され、新制施行後に継承される[11]
津軽藩主の紋章である[12]
八戸市「八戸」と南部藩向鶴の紋章を図案化したもの[13][10]1931年8月27日[10]市旗は紋章部を赤(真紅)にしているが、市章単体では青色を使用。
黒石市黒石藩の旗印と替紋を表したもの[4]1889年4月1日[4][14]黒石町章として制定されていたものを市制施行後に継承される[14]
五所川原市「G」を表している[3]2005年7月1日[3]色は青色・緑色・赤色が指定されている[15]
2代目の市章である
十和田市十和田湖と自然を表している[10]2005年3月14日[10]色は青色と緑色が指定されている[16]
2代目の市章である
三沢市三つの「サ」を円形に配置し「ミサワ」を意味したものであり、矢は松葉を配したもの[17]1958年11月25日[17]三沢村制時の1916年に制定され、大三沢町制施行後かつ市制施行後に継承される[18]
むつ市「むつ」を図案化したもの[17]1960年11月1日[17]
つがる市全体は「つ」を図案化し、稲穂と日本海波を表したもの[3]2005年2月11日[3]
平川市「ひ」を基にして図案化したもの[10]2006年1月1日[10]色は赤色・緑色・黄緑色が指定されている[19]

町村部

町村町村章由来制定日備考
東津軽郡平内町「平」と白鳥を組み合わせたもの[10]1963年3月22日[10]
今別町「今」を円で囲み「別」で青函トンネル(制定当時は計画線)を図案化したもの[20][4]1965年12月25日[4]
蓬田村「ヨ」を三本の尖った線で図案化したもの[21][17]1980年7月1日[17]色は黒色と金色が指定されている[22]
外ヶ浜町「そ」を表したもの[3]2005年3月28日[3]色は緑色と青色が指定されている[23]
西津軽郡鰺ヶ沢町「あじがさわ」を表し、更に「わ」を図案化し「あさ」を円より飛び出させて、円を表したもの[24][4]1977年5月10日[25]
深浦町「フ」・カモメ・波しぶきを図案化したもの[3]2005年3月31日[3]旧・深浦町制時の1972年3月に制定されていたのを新町制後に継承される[26]
制定前は作成されていなかった[27]
中津軽郡西目屋村「にし」を鳩の形に図案化したもの[3]1966年12月14日[3]平松敬堂の作品である[28]
南津軽郡藤崎町「F」をリンゴ・白鳥・稲穂の形で図案化したもの[17]2005年9月21日[17]色は黄色・紫色・赤色が指定されている[29]
3代目の町章である
大鰐町「大」と二本の二重にした「鰐」を表す輪を表したもの[30][4]1964年7月1日[4]制定前は作成されていなかった[31]
田舎館村を中心に上部に館()を表したもの[4]1959年8月15日[4]制定前は作成されていなかった[32]
北津軽郡板柳町「イ」をリンゴの形に象ったもの[4]1965年1月5日[4]色は赤色が指定されている[33]
2代目の町章である
鶴田町円の上半分は「ツ」を、下半分は同じく「ル」をそれぞれ図案化し「鶴」を象徴化したもの[3]1956年8月8日[3]
中泊町「中」を基にして、躍動感を表したもの[10]2005年3月28日[10]色は橙色・緑色・青色が指定されている[34]
上北郡野辺地町「の」を陸奥湾の波頭に図案化したもの[10]1961年11月24日[10]
七戸町天間林村の「て」と旧・七戸町の「し」を組み合わせ、「七」を図案化したもの[3]2005年9月8日[3]2代目の町章である
六戸町六つの「戸」を図案化したもの[17]1960年10月1日[17]
横浜町「よ」を図案化したもの[17]1970年9月[17]
(日付不明)
東北町「とう」を形象し、大地と・小川原湖が高瀬川放水路で太平洋と結ばれた形状を表したもの[3]2005年9月2日[3]色は青色・緑色・赤色が指定されている[35]
2代目の町章である
六ヶ所村「六」を図案化したもの[17]1966年2月9日[17][36]
おいらせ町「おいらせ」を柔らかめに崩して意匠化したもの[4]2006年3月1日[4]色は赤色・青色・緑色が指定されている[37]
下北郡大間町大間・奥戸・材木の三集落を象徴したもの[4]1966年8月25日[4]
東通村東通村の地形を意匠化したもの[10]1973年10月1日[10]色は緑色が指定されている[38]
風間浦村「風間浦村」を基にし、丸形は資源と尖形は発展を表したもの[4]1971年5月14日[4][39]
佐井村「さ」を近代感覚で図案化したもの[3]1972年7月18日[3]
三戸郡三戸町「三戸町」を象徴したもの[3]1955年3月20日[3]色は地色は若草色であり、紋章は橙色と臙脂色が指定されている[40][41]
五戸町「五戸」を組み合わせたもの[3]1961年7月1日[3]制定前は作成されていなかった[42]
田子町田子町営バスの車輪を図案化したもの[3]1935年4月4日[3]
南部町山は名久井岳・川は馬淵川・二つの円は農業を表したもの[10]2006年1月1日[10]山の部分は緑色・川の部分は青色・二つの円の部分は赤色が指定されている[43]
2代目の町章である
階上町「上」を図案化し、その上に「階」を載せたもの[10]1964年8月1日[10][44]階上村章として制定されたものを町制施行後に継承される
新郷村「しん」を鳥の翼の形に組みあわせたもの[3]1973年3月26日[3]制定前は作成されていなかった[45]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
三本木市三本の円は平等・平和・友愛を表し、大地に足を据える目的を持つために木を表したもの[46]1955年2月1日[46]1956年10月10日
南津軽郡平賀町岩木山と町の二大産業であるコメリンゴを配したものである[47]不明1964年6月20日初代の町章である
北津軽郡板柳町中心部に「イ」を配しかつそれをリンゴの形にし、ヤナギはリンゴを取り囲むように配したものである[48]不明1965年1月5日初代の町章である
中津軽郡藤崎町不明1940年1975年8月1日初代の町章である
西津軽郡木造町上部の銀杏津軽信政新田開発の際に御刈谷のそばに手植えしたものであり、下部のマツは同じく信政の手植えのものであり、七里長浜の沿って、南北に延びる屏風山に見られるものである[49]不明1980年11月12日初代の町章である
三戸郡倉石村「くらいし」を図案化したもの[50]1965年6月26日[51]2004年7月1日
十和田市「十和(輪)田」を図案化し、波の形は十和田湖を表したもの[52][53]1958年4月22日[53]2005年1月1日初代の市章である
黒色と金色が指定されている[53]
上北郡十和田湖町「と」を飛ぶ鳥に意匠化したもの[53]1965年11月3日[53]十和田町章として制定され、改称施行後に継承される
西津軽郡木造町「千代の松」と公孫樹を図案化したもの[54]1980年11月12日[54][55]2005年2月11日2代目の町章である
森田村「も」を鳩の形に図案化したもの[54]1970年10月8日[54][56]
柏村「カ」をリンゴと鳥の嘴で表し、図案化したもの[5][54]1973年4月1日[54][57]
稲垣村外側は大きな「円」で表し、中側の三つの円は「自立と調和と発展」を表し、稲垣村で生活している村民がスクラムを組んだもの[58][54]1976年3月10日[54][58]
車力村砂丘を表し、「車」を配しているもの[54]1970年6月30日[54][59]
下北郡川内町全体で川内を組み合わせたもの[60]1967年7月18日[61]2005年3月14日色は緑色が指定されている[62]
大畑町「オ」を飛鳥状にして図案化したもの[62]1963年11月1日[61]
脇野沢村「ワ」を飛鳥上に意匠化したもの[63]1971年12月22日[61]
五所川原市「五」をリンゴの断面の形に図案化したもの[64]1955年7月1日[65]2005年3月28日
北津軽郡金木町中央の円形は「金木」を図案化したもので、上部の切割と円形は芦野公園のサクラの花弁と見做したもの[66]1955年3月[65]制定前は作成されていなかった[67]
市浦村ヒノキアスナロを図案化したもの[68]1965年6月30日[65][69]制定前は作成されていなかった[70]
東津軽郡蟹田町農業・漁業・商工業の産業三本の柱にし、それらを変形した星で表し、「蟹」を配したもの[71][72][73]1970年11月10日[71][73]棟方志功が応募した作品であったが、採用されなかった[74]
平舘村「平」を図案化し、融和・平和・団結を表したもの[75][76][77]1970年4月1日[75][77]
三厩村「ミ」「ン」の文字を図案化し、「ミ」を津軽海峡青函トンネル
(制定当時は未開通かつ計画区域であり、世紀を結ぶ海底トンネルと表現された)を表したもの[78][79]
1965年10月1日[78][80]色は銀色・金色・黒色が指定されている[78]
南津軽郡藤崎町全体はフジの花を図案化したものであり、内部の「フ」は「ふ」とハクチョウが飛ぶ姿・岩木山を表したもの[81][82]1975年8月1日[82]2代目の町章である
常盤村「常」を象り、輪(和)を表したもの[83][84]1984年5月3日[85]1963年に制定されたものを[83]1984年5月3日に告示された[85]
制定前は作成されていなかった[86]
北津軽郡中里町三つの輪は合併前の中里・武田・内潟を表し、線を配したもの[87]1963年8月21日[88]制定前は作成されていなかった[89]
小泊村「こ」を円形にして図案化したもの[90]1963年8月15日[90]
三戸郡南郷村「な」を図案化したもの[91]1967年3月31日[92]2005年3月31日制定前は作成されていなかった[93]
西津軽郡岩崎村「イ」を図案化したもの[94][95]1971年12月17日[95][94]
上北郡七戸町七つの「戸」を組み合わせたもの[96]1971年10月1日[96]初代の町章である
天間林村円と翼を組み合わせて「天」を模したもの[96]1961年9月16日[96]
東北町「と」を飛鳥形状にして象徴したもの[97]1966年9月14日[97]初代の町章である
上北町「上北」を図案化したもの[98][97]不明[98]1980年以前に制定されていた[98]
上北町例規集の中には紋章が記載されていたが、制定日は記載されていなかった[99]
中津軽郡浪岡町北畠顕家南朝を守るために各地を転戦した際に使用した軍旗に印されている旗を表したもの[100]1957年3月[100]2005年4月1日室町時代から使用され、町制施行後に継承される[100]
南津軽郡尾上町「尾」を猿賀神社サギにあしらい、「上」を丸くして名産のリンゴを象徴したもの[101]1960年3月[101]2006年1月1日制定前は作成されていなかった[102]
平賀町横一文字の「ヒラカ」の配列は津軽平野を表し、周りを円形にしたもの[103][101]1964年6月20日[101][103]1977年6月1日に告示される[104]
2代目の町章である
碇ヶ関村三つの輪(知情意の三つの円相)を表したもの[101]1967年5月[101]1987年4月1日に告示される[105]
三戸郡南部町「ナン」を図案化したもの[106]1965年11月13日[107]初代の町章である
制定前は作成されていなかった[108]
名川町リンゴの花を図案化したもの[109]1965年11月28日[107]制定前は作成されていなかった[108]
福地村「H」を図案化し、馬淵川により隔てられた両地区を「福」で結んだもの[110]1968年11月3日[107]
中津軽郡岩木町岩木山特有のミチノクコザクラ(陸奥小桜)を図案化したもの[111]1959年6月1日[112]2006年2月27日岩木村章として制定され、町制施行後に継承された
制定前は作成されていなかった[113]
相馬村ヒバを縦に割った形に稲の穂を配したもの[114]1968年10月23日[112]
上北郡百石町「モ」をハトの翼とイチョウの葉の形にして図案化したもの[115]1964年9月22日[116]2006年3月1日
下田町「下田」を図案化したもの[117]1937年4月25日[116]下田村章として制定され、町制施行後に継承された

参考文献

脚注

関連項目

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