佐賀県の市町村章一覧

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佐賀県の市町村章一覧(さがけんのしちょうそんしょういちらん)は、佐賀県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
佐賀市「S」を図案化したもの[1]2006年4月1日[1]色は青色と緑色が指定されている[2]
4代目の市章である
唐津市「唐」を図案化したもの[1]2005年9月27日[1]旧・唐津市制時の1933年5月15日に制定され、新制後に継承される[3]
鳥栖市「とす」を組み合わせたもの[4]1954年6月6日[4][5]
多久市「多久」を表したもの[4]1954年5月5日[4]市旗は別デザインである[6]
伊万里市「イマリ」を図案化したもの[1]1954年5月31日[4]
武雄市「た」を図案化したもの[4]2006年3月1日[7]旧制施行後の1955年3月22日に制定し、新制施行後に継承される[4]
鹿島市「か」を図案化したもの[1]1954年8月25日[1]
小城市「小」を基本にしたもの[1]2006年3月5日[1]色は橙色・青色・緑色が指定されている[8]
嬉野市「う」を基本に、嬉野温泉の湯気との葉を意図したもの[1]2006年1月1日[1]一部は塩田町章を継承したもの[9]
神埼市「か」と活気に満ちた神埼市民を図案化したもの[4]2006年3月20日[4]色は緑色・青色・赤色が指定されている[10]

町村部

町村町村章由来制定日備考
神埼郡吉野ヶ里町「よ」を図案化したもの[11]2006年11月13日[11]色は青色・緑色・赤色が指定されている[12]
三養基郡基山町「キ」をの形に図案化したもの[11]1968年10月1日[11]
上峰町「カ」は一個、「ミカ」は三個書きで表している[13][11]1973年3月23日[11][13]上峰村章として制定されていたのを町制施行後に継承される
みやき町「み」を楕円形に図案化したもの[11]2006年3月1日[11]色は緑色・青色が指定されている[14]
東松浦郡玄海町「玄」を配し、周辺には「カイ」で囲んだもの[4]1983年5月7日[4]
西松浦郡有田町「有」を、はばたく鳥の形に図案化したもの[1]2006年3月1日[1]色は青色・赤色・緑色が指定されている[15]
2代目の町章である
杵島郡大町町「大マチ」を図案化したもの[1]1960年10月28日[1][16]
江北町「コ」を円形に図案化したもの[4]1972年5月21日[4]
白石町「し」と「ろ」を図案化したもの[4]2005年1月1日[4]2代目の町章である
色は赤色と青色が指定されている[17]
藤津郡太良町「タ」を図案化したもの[4]1960年11月16日[4]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
佐賀市肥前の戦国大名であった龍造寺氏の家紋である「十二日足紋」の中央に佐賀市の「市」を配したもの[18]1889年4月1日[18]不明初代の市章である
佐賀市不明不明1955年4月1日2代目の市章である
佐賀郡諸富町不明1956年7月9日[19]1979年2月13日初代の町章である
東松浦郡浜玉町「ハ」を図案化し、ミカンを象ったもの[20][21]1971年7月1日[3]2005年1月1日
厳木町真ん中の尖がりは「杉」・全体は「き」・外の円は「和」を表したもの[22][23]1965年11月1日[3]
相知町「相」を円形に図案化したもの[24][25]1955年9月[3]
北波多村「北」を翼の形に図案化したもの[26]1972年12月[3]
肥前町「ヒ」を鳩の形に図案化したもの[27]1967年12月1日[3]
鎮西町「チン西」を組み合わせて図案化したもの[28]1956年9月[3]
呼子町「よぶこ」を図案化し、外側は四つの「フ」・中央は「コ」を象徴したもの[29]不明[3][30]1970年6月20日発行の「町報 よぶこ」の1ページには載っていた[31]
杵島郡白石町「白石(中央)」を図案化し、波調美で表したもの[32][33]1971年10月[33]初代の町章である
色は紺色と赤色が指定されている[32]
福富町九つの「フ」と三つの「ト」を円形に「福富」として図案化したもの[34][33]1967年4月1日[34][33]
有明町「ア」を図案化したもの[33]1972年12月25日[35][33]
小城郡芦刈町鳥屏風を抽象化し、「刈」を表し、「芦」を配している[36]1967年4月1日[36][37]2005年3月1日
牛津町「ウシ(「シ」は翼状)」を組み合わせて図案化したもの[38][36]1968年10月[36]
小城町「小」を図案化したもの[36]1958年1月[36]
三日月町全体は「三日月」を図案化し、左右対称にし、両社が弧によって安定したもの[39][36]1968年10月[36]三日月村章として制定され、町制施行後に継承された
三養基郡中原町「な」で円の部分を強調しているもの[40][41]1978年6月20日[41]
北茂安町「き」を円形に図案化したもの[41]1965年4月27日[41]
三根町「み」を円形に図案化したもの[41]1961年4月1日[41]三根村章として制定され、町制施行後に継承された
佐賀市「さが」を図案化したもの[42]1954年6月15日[42][43]2005年10月1日3代目の市章である
佐賀郡富士町中央の三つの山によって「ふ」とし、二本の線は嘉瀬川を現わし、円は、「し」としたもの[42]1957年11月10日[42]富士村章として制定されていたものを町制施行後に継承された
大和町二つの三角形の組み合わせによって「大」を表わし、上辺の中央・両端の鋭角の部分・三つの輪は「和」かつ嘉瀬川(川上川)を表したもの[42]1965年4月21日[42]
諸富町「M」を図案化し、上の2つの円は東川副村新北村の合併を表したもの[42]1979年2月13日[42]2代目の町章である
神埼郡三瀬村村由来の三つの瀬(初瀬川・鳴瀬川・高瀬川)と、三瀬盆地に住む「人」を図案化したもの[44][42]1976年7月10日[42][44]
東松浦郡七山村「七山」を図案化したもの[45]1999年12月16日[3]2006年1月1日制定前から使用されていた[45]
藤津郡嬉野町「ウレシノ」に嬉野温泉・茶の実・茶壺を図案化したもの[46]1956年6月18日[46]
塩田町「し」を図案化したもの[47]1961年8月16日[46]
杵島郡山内町「山」を図案化し、中央の円は太陽を意味したもの[46]1968年11月11日[46]2006年3月1日
北方町「北」を図案化したもの[48]未制定[46]慣例として使用されていた[46]
神埼郡三田川町「ミタ川」を分解し、横三本が「ミ・川」・中央が「タ」である[44][49]1970年4月1日[49][44]
東脊振村東に因み「ヒガ四」を意味しかつ石動大曲松隈三津の四つの大字と「ヒ」を四つ描いたもの[44][49]1911年2月20日[49][44]
西松浦郡有田町「有」と有田焼の焼き物の窯を図案化したもの[50]1955年12月12日[50]初代の町章である
西有田町「西」を左右の羽に象ったもの[50]1965年4月1日[50][51]
神埼郡神埼町「カ」を円と直線に図案化し、中央の直線は国道34号を表したもの[44][52]1968年9月21日[52][44] 2006年3月20日
千代田町「ち」を力強く表したもの[52][44]1967年9月2日[52][44]
脊振村日本茶の葉を輪郭に、中心に茶の実を配し、図案化したもの[44][52]1911年1月7日[52][44]
佐賀郡川副町「カ」を円形に図案化したもの[1]1970年2月[1]2007年10月1日
東与賀町「ひ」の字を左右対称に図案化したもの[4]1975年9月11日[4]
久保田町佐賀平野の中心部にある当町の期待を若芽で象徴したもの[4]1967年4月1日[4]


参考文献

脚注

関連項目

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