宮崎県の市町村章一覧

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宮崎県の市町村章一覧(みやざきけんのしちょうそんしょういちらん)は、宮崎県内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村章の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

市章由来制定日備考
宮崎市「宮」を扇形に図案化したもの[1][2]1925年7月1日[2]
都城市三つの矢で「都」とそれを合わせて「和」を表している[3][4]2006年1月1日[4]旧・都城市制時の1933年8月5日に2代目の市章として制定され、新制後も継承される[5]
市旗は別デザインである[6]
延岡市周囲は「の」・中央は「べ」・全体は「岡」を示したもの[7][4]1934年3月28日[4]
日南市「日」と四つの「海」を表している[8]2009年11月2日[9]旧・日南市制時の1950年12月20日に制定され、新・日南市発足後に継承される[8]
小林市「K」を図案化したもの[8]2006年3月20日[8]色は赤色・緑色・青色が指定されている[10]
日向市「日向」を図案化したもの[4]1951年4月1日[4]
串間市四つの「く」を合わせて、「串」と読ませ、中央の空白部は分銅の「宝」を象ったもの[11][4]1955年7月13日[4]
西都市「西」を表したものに「と」を構成したもの[8]1961年4月1日[8]
えびの市二筋の雲で全体的に「え」を表し、霧島山の三角形に意味している[12][2]1974年4月11日[2]えびの町制時かつえびの市制時から1974年4月10日の市章の制定日までは未制定であった[13]

町村部

町村町村章由来制定日備考
北諸県郡三股町銀杏を図案化し、「三」を葉で近代的に意匠化たもの[14][4]1971年8月1日[4]1954年1月1日に三股村章として制定され、町制施行後に継承される[15]
西諸県郡高原町「高」を「ハル」で囲んだもの[8]1962年4月20日[8]
東諸県郡国富町「国」を図案化し、三つの「ト」で「富」を表している[8]1958年3月13日[8]
綾町「綾」を丸く図案化したもの[2]1822年[16][2]町村制施行前に制定され、綾村制施行後かつ町村制施行後に継承される
町旗は別デザインである
児湯郡高鍋町上部は「タカナ」・下部は「ベ」を表している[17][8]1966年10月1日[8]1966年9月2日に入選が決定した[18]
新富町「シントミ」を変形し左右対称的に図案化したもの[19][8]1962年1月1日[19][8]
西米良村「米」を図案化したもの[19][8]1966年9月14日[19][8]色は図案の部分を緑色・周囲を黄色で縁どり、そして紫色が指定されている[19]
木城町「木」を羽ばたく鳥に図案化したもの[20][2]1974年4月11日[2]
川南町「川」を配し、三つの「ナ」を表し「南」としたもの[21][2]1953年2月11日[2]
都農町「つの」を組み合わせて図案化したもの[22][23]1955年10月15日[23]
東臼杵郡門川町「門川」を図案化したもの[2]1955年2月[2]町旗は別デザインである[24]
諸塚村「も」を図案化したもの[4]1973年12月25日[4]
椎葉村「シ」をで表したもの[4]1973年11月5日[4]村旗は別デザインである
美郷町「み」と若葉を組み合わせたもの[4]2006年3月13日[4]色は水色と緑色が指定されている[25]
西臼杵郡高千穂町幽邃境を表している[8]1951年3月17日[4]
日之影町「ヒノ」を図案化したもの[4][26]1955年12月19日[4][26]
五ヶ瀬町「五」を草書体に図案化したもの[27][8]1961年10月1日[4]

廃止された市町村章

市郡町村市町村章由来制定日廃止日備考
都城市三つの「矢」と「古」を表したもの[28]不明[28]1933年8月5日造船技術者かつ経営者の須田利信による作品である[28]
都城町章として制定され、市制施行後に初代の市章として継承された
西諸県郡飯野町不明不明1966年11月3日
加久藤町外側は「加」を円く型どり、平和を意味するもの・内側の「藤」はフジの花で表現し、それらを図案化してさらに近代化したもの[29]1962年2月11日[29]町制施行7周年を記念して制定された[29]
真幸町不明不明不明
北諸県郡 山之口町三つの山と円を表している[5]1964年11月3日[5]2006年1月1日
高城町外周は七つの三角と内周は「高」を配している[5]1954年2月11日[5]町旗は別デザインである[5]
山田町「山田」を円で表し、組み合わせたもの[30][5]1955年1月31日[5]町旗は別デザインである[5]
高崎町三つの「T」を図案化し、中心にタチバナの花を描いたもの[31][5]1968年3月12日[5]緑色と橙色が指定されている[5]
東臼杵郡南郷村(著作権存続)「ナン」を組み合わせ、太陽の円を表している[32][33]1969年1月[34]1970年4月に再制定された[33]
西郷村「さ」を近代的に図案化したもの[35][33]1970年10月1日[33]
北郷村「北」を近代的に図案化したもの[36][33]1975年11月1日[33]
東諸県郡高岡町月知梅の花を象ったもの[37][38]1955年4月1日[38]
宮崎郡田野町「た」を表し、円の星を合わせて「の」で象ったもの[39][40]1977年8月22日[40]深緑色が指定されている[40]
佐土原町「佐」を図案化したもの[19][41]1972年4月1日[19][41]緑色と白色が指定されている[19][41]
東臼杵郡北方町「◎(二重丸)」は緯線にして地球を表し、丸の中に常に北側(North)の方位を指し示す「★(星)」形のマークをあしらったもの[42][43]1913年1月8日[43][44]2006年2月20日北方村章として制定され、町制施行後に継承された[44]
北浦町外円の四つは四大字を象り、中円は「北」を図案化し、四方に羽ばたいたもの[45]1972年11月1日[46]町旗は別デザインである
東郷町「とう」を円型かつ両翼にして図案化したもの[47][48]1960年7月20日[49]東郷村制時に制定され、1969年4月1日に再制定された[48]町旗は別デザインである
小林市「小林」を図案化したもので、中央は「小」の字を納め、外は「林」を左右に丸く配したもの[50]1950年4月1日[50]2006年3月20日小林町制時の1923年12月25日に町章として制定され、市制施行後に再制定され、1980年10月1日に更に再制定された[51][52]
初代の市章である
西諸県郡須木村「スキ」を図案化したもの[50]1960年4月[50]色は茶色が指定されている[37]
東臼杵郡北川町青空と北川の清流・北側の山々と若杉を表したもの[2]1972年11月1日[2]2007年2月13日色は青色と緑色が指定されている[2]
南那珂郡北郷町「キタゴウ」を図案化したもの[2]1959年1月1日[53]2009年3月30日1981年7月1日に再制定された[2]
南郷町「な」を円形に図案化したもの[8]1959年2月1日[8]
西諸県郡野尻町「の」を図案化し、左右を三枚羽根にしたもの[4]1963年2月11日[4]2010年3月23日
宮崎郡清武町「き」を大空に飛び上る鳥のように図案化し、「ヨ」を伸びる竹の円で描いたもの[2]1951年6月10日[2]1954年6月に再制定された[54]色は緑色が指定されている[55]

参考文献

脚注

関連項目

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