東海ゴールドカップ
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条件・賞金(2025年)
1971年に「ゴールドカップ」の名称で創設。翌1972年から年末開催、1979年から現在のレース名となった。1997年度から元日施行となったが、2004年度より再び年末開催となり、それ以来東海地区(愛知・笠松)の1年を締めくくる競走として行われている。
負担重量は2019年までハンデキャップであったが、2020年に別定に変更された。
2021年に出走資格をオープンから3歳以上に変更された。また、この年よりHITスタリオンシリーズに指定されている。
2005年から1900mで施行されてきたが、2024年より施行距離がダート2500mに戻る[2]。
- 出走資格[1]
- サラブレッド系3歳以上オープン、東海所属(本年12月17日から過去1年以内に東海所属として出走歴があるA級の馬)
- 出走枠は笠松7頭以上、名古屋5頭以上。
- レジェンドハンター記念の2着以上の馬に優先出走権がある。
- 負担重量
- 別定(3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬2kg減)
- 賞金額
- 1着1000万円、2着320万円、3着180万円、4着120万円、5着80万円、着外手当10万円[3]。
- 副賞
- 岐阜県知事賞、(一社)日本地方競馬馬主振興協会会長賞[3]
HITスタリオンシリーズ
2021年から2024年までHITスタリオンシリーズに指定されていた。各年の対象種牡馬は以下の通り。
周回誤認事件
1981年12月30日に行われた第10回競走では、ダイサンフジタカ号に騎乗した愛知県競馬組合所属の騎手・井手上慎一が周回を誤認する事象があった。1981年当時の施行距離は笠松競馬場最長の2500メートルで、ゴール板を3度通過・コースを2周してゴールすることとなっていた。また、スタート地点が同じで周回数の1周少ない1400メートル戦が存在していた。
1981年当時の1着賞金は1300万円と現在の4倍以上の賞金を誇る一大レースであった。笠松競馬場には2万8千人を超える観衆が詰めかけたと言われている。有力候補であった愛知のヒカリデュール(翌年JRAに移籍し朝日チャレンジカップ、有馬記念を勝つ)が右前肢の跛行で発走当日に出走を取り消し、本命不在でのレースとなった。1番人気に押し出されたのが、この事件の主役となるダイサンフジタカで、東海菊花賞3着からの参戦であった。この馬もまた後に中央へ転出し当時の800万下条件(現・2勝クラス)を勝つ馬であり、岐阜日日新聞(現・岐阜新聞)本紙予想では「昨今の充実度がすごい。東海菊花賞を3着した実力が爆発しそう」と能力を評価されている。
出走馬と枠順
1981年12月30日 笠松競馬第9競走 サラブレッド系特別オープン 第10回東海ゴールドカップ 馬場:良
| 枠番 | 馬番 | 競走馬名 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 調教師 | オッズ(人気) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | リユウアラナス | 牡7 | 54 | 仙道光男 | 大橋憲 | (2番人気) |
| 2 | 2 | [愛]シナノセイダイ | 牡4 | 51 | [愛]坂本敏美 | [愛]安達小八 | |
| 3 | 3 | ヒミノチカラ | 牡5 | 50 | 川原正一 | 小井土金一 | |
| 4 | 4 | [愛]ダイサンフジタカ | 牡6 | 52 | [愛]井手上慎一 | [愛]立松忠明 | (1番人気) |
| 5 | 5 | リードシヤダイ | 牡7 | 55 | 松原義夫 | 山嶋昇 | |
| 6 | 6 | ホウゾウキツト | 牡4 | 50 | 町野良隆 | 古賀土生 | |
| 7 | 7 | マツハレンジヤー | 牡7 | 53 | 安藤光彰 | 鷲見昌勇 | |
| 8 | 8 | [愛]ヒカリデユール | 牡5 | 56 | [愛]田中敏和 | [愛]野島豊 | 出走取消 |
| 9 | サンローレオー | 牡6 | 52 | 安藤勝己 | 吉田秋好 | 6.9倍(人気不詳) |
- 馬齢は何れも旧表記(数え年・現行表記に+1歳)。
- [愛]は愛知(名古屋)所属。
- ハンデキャップ戦。
- オッズ・人気は9号馬の6.9倍、4号馬の1番人気、1号馬の2番人気を除き不詳。
レース展開
1周目の第4コーナーを回って2度目のホームストレッチに差し掛かり、ゴール板を過ぎたところでダイサンフジタカの鞍上・井手上の手が止まり手綱を緩めた。井手上は1400メートル戦と勘違いしたものと思われる。
減速したダイサンフジタカは後続に次々と抜かれ、レースに戻った時には既に余力はなかった。勝ったのはヒカリデュールと同枠の人気薄サンローレオーで、2着ヒミノチカラ、3着シナノセイダイ。結局ダイサンフジタカは5着で入線した。単勝式・複勝式・枠番号二連勝単式の3通りしか馬券発売のなかった時代にあって、枠連「3 - 8」の払戻金4970円はかなりの高配当であった。
暴動とその後の対応
本命馬が不可解な減速で馬券外に沈み、的中馬券「3 - 8」のオッズが投票締切直前に大口購入された、との風説を流布した観客がいたことなどから本競走に対する八百長疑惑がかけられ、続く最終10レースの終了時にはファン200人以上が管理事務所を取り囲んで説明を求めた。地方競馬全国協会の公正委員は「スピードを落としたのは井手上騎手のミスによるもので、地方競馬実施規則によるレース後の審議対象『落馬、走路妨害、着順』に該当しないのでレースは成立する」と結論づけたがファンは納得せず、一部は窓ガラスを割ったりゴミを燃やしたりするなど暴徒化。投げられた石で観客1人が負傷し、従業員約100人が競馬場内に缶詰めにされた。岐阜県警察機動隊や羽島警察署の警察官150人が鎮圧に向かうも怒りは収まらず、最終的に深夜になっても居座った約100人は場外に強制排除され、この際警察官に暴行を働いた1人は公務執行妨害の現行犯で逮捕された。
井手上は笠松競馬場での無期限騎乗停止、名古屋競馬場での10日間の騎乗停止処分を課された。後に笠松での騎乗停止も解除されている。
類似事案
地方競馬での同様に距離を誤認した事例として、2021年6月17日の園田競馬第7競走で、ヨハネスボーイに騎乗していた大山龍太郎(兵庫県競馬組合)が、コースを1周半で行われるダート1,870mの競走であったが競走距離を誤認し、1周目の直線から鞭を連打して、ゴール板通過後に減速。その後向正面で後続馬に交わされ隊列に加わったが、最下位の第9着で入線した。このことは騎乗法に適切を欠いたと認められ、次回騎乗となる当日第8競走以降、騎乗予定の4鞍が即刻騎手変更となり、大山は同年6月18日から8月4日まで開催日20日間の騎乗停止処分が科された。また、連座して所属調教師の坂本和也も「指導監督不十分」と認められ、同年17・18日の2日間の賞典停止処分となる事例がある[4]
中央競馬でも同様の事例として、2018年10月13日に新潟競馬第6競走(ダート2,500m)で、2番人気のペイシャエリートに騎乗していた山田敬士が距離を誤認して1周目のゴール板を通過した直後に減速、最下位の12着となった事で3ヶ月間の騎乗停止処分となった事例がある[5][6]。
参考文献
- 騎手が1周勘違い、笠松では大荒れ(1981年)(上) - 岐阜新聞、2018年11月30日
- 騎手が1周勘違い、笠松では大荒れ(1981年)(下) - 岐阜新聞、2018年12月7日