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羽幌線

かつて日本の北海道に存在した鉄道路線 From Wikipedia, the free encyclopedia

羽幌線(はぼろせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道留萌市の留萠駅で留萠本線から分岐して日本海に沿って北上し、天塩郡幌延町の幌延駅で宗谷本線に接続していた。 国鉄分割民営化(JR化)を2日後に控えた1987年(昭和62年)3月30日、全線が廃止された。

国 日本の旗 日本
所在地 北海道
起点 留萠駅
終点 幌延駅
概要 羽幌線, 基本情報 ...
羽幌線
初山別駅に停車中のキハ40 246+195の普通列車(1984年)
初山別駅に停車中のキハ40 246+195の普通列車(1984年)
基本情報
国 日本の旗 日本
所在地 北海道
起点 留萠駅
終点 幌延駅
駅数 駅:27、仮乗降場:9
開業 1927年10月25日(留萠線)[1]
1935年6月30日(天塩線)[1]
全通 1958年10月18日
廃止 1987年3月30日[1]
所有者 日本国有鉄道(国鉄)
運営者 日本国有鉄道(国鉄)
路線諸元
路線距離 141.1 km
軌間 1,067 mm
線路数 単線
電化方式 非電化
最大勾配 20 ‰
最小曲線半径 300 m
路線図
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路線データ

全線が国鉄北海道総局旭川鉄道管理局の管轄であった。

歴史

さらに見る 停車場・施設・接続路線(廃止当時) ...
停車場・施設・接続路線
(廃止当時)
exlHST
*: 仮乗降場
仮乗降場は営業キロの設定が
ないため実キロを表示
exSTR
留萠本線(深川方面) 1910-2023
exDST
1.3 東留萠信号場 1927-1941
exSTRq exSTRq exABZgr
羽幌線(旧線) 1927-1941
exSTR WASSER+l WASSERq exhKRZWae
第九留萌川橋梁 留萌川
exSTR WASSER exSTR+l exABZgr
exSTR WASSER exBHF-L exBHF-R
0.0 留萠駅 1910-2023
exSTR WASSER exSTR exABZgl exSTRq
留萠本線(増毛方面) 1921-2016
exSTR WASSERl exhKRZWae exhKRZWae WASSER+r
新留萌川橋梁 留萌川
exSTRl exSTRq exKRZo exABZg+r WASSER
exSTR exSKRZ-G2u WASSER
国道232号
WASSERq exhKRZWae exhKRZWae WABZql
マサリベツ川橋梁 マサリベツ川
exSTR3
天塩炭砿鉄道 1941-1967
exSTR+1 exSTRc4
羽幌線(新線) 1941-1987
exhKRZWae
小室川橋梁 小室の沢川
exBHF
2.7 三泊駅 1927-1987
exhKRZWae
トイタウシュナイ川橋梁
exhKRZWae
臼谷川橋梁 臼谷ノ沢川
exBHF
6.7 臼谷駅 1947-1987
exBHF
8.7 小平駅 1927-1987
exSKRZ-G2BUE
道道126号
exhKRZWae
小平蘂川橋梁 小平蘂川
exTUNNEL2
小平蘂トンネル
WASSER+l exhKRZWae WASSERr
第一オンネトマリ川橋梁 鬼谷川
WASSERl exhKRZWae WASSERq
第二オンネトマリ川橋梁 鬼谷川
exHST
(11.9) 花岡仮乗降場* 1956-1987
exTUNNEL2
大椴子山トンネル
exhKRZWae
大椴子川橋梁 大椴子川
exBHF
17.3 大椴駅 1927-1987
exhKRZWae
小椴子川橋梁 小椴子川
exHST
(21.6) 富岡仮乗降場* 1956-1987
exhKRZWae
ポンオニウシュカッペ川橋梁
exBHF
26.1 鬼鹿駅 1928-1987
exhKRZWae
オンネトマリケシュオマナイ川橋梁 温寧川
exHST
(29.3) 千松仮乗降場* 1963-1987
exhKRZWae
千松川橋梁 千松川
exhKRZWae
茶俊内川橋梁 茶俊内川
exhKRZWae
イチビルナイ橋梁 サカエノ沢川
exBHF
33.0 力昼駅 1931-1987
exTUNNEL2
第一力昼トンネル
exTUNNEL2
第二力昼トンネル
exHST
(35.1) 番屋ノ沢仮乗降場* 1955-1987
exTUNNEL2
古丹別トンネル
exhKRZWae WASSERq WASSER+r
第一三毛別川橋梁 三毛別川
uexSTR exSTR WASSER
古丹別森林鉄道三毛別線 1943-1958
uexSTR exBHF uexKBSTa WASSER
41.7 古丹別駅 1931-1987
uexSTR exSKRZ-G2u uexSTR WASSER
国道239号
uexABZql exmKRZo uexSTRr WASSER
古丹別森林鉄道古丹別線 1940-1958
WABZ+lr exhKRZWae WASSERq WASSERr
第二三毛別川橋梁 三毛別川
WASSER exBHF
46.6 上平駅 1932-1987
WASSERl exhKRZWae
古丹別川橋梁 古丹別川
exBHF
50.5 苫前駅 1932-1987
exHST
(54.6) 興津仮乗降場* 1956-1987
uexKBSTa exBHF
58.3 羽幌駅 1932-1987
uexSTRr exSTR
羽幌森林鉄道 1942-1963
WABZq+r exhKRZWae
羽幌川橋梁 福寿川
WASSERl exhKRZWae
新羽幌川橋梁 羽幌川
exHST
(62.7) 下ノ滝仮乗降場* 1956-1972
exSTRq exABZg+r
羽幌炭礦鉄道 1941-1970
exBHF
65.0 築別駅 1941-1987
exhKRZWae
築別川橋梁 築別川
exhKRZWae
茂築別川橋梁 茂築別川
exBHF
69.8 天塩有明駅 1957-1987
exhKRZWae
セタキナイ川橋梁 セタキナイ川
exTUNNEL2
勢滝内トンネル
exBHF
73.6 天塩栄駅 1957-1987
exTUNNEL2
初山別トンネル
exSKRZ-G2o
道道448号
exBHF
79.5 初山別駅 1957-1987
exhKRZWae
茂初山別川橋梁 茂初山別川
exhKRZWae
第一 - 第三初山別陸橋(金駒内陸橋)
exhKRZWae
金駒内川橋梁 金駒内川
exTUNNEL2
金駒内トンネル
exhKRZWae
風連別川橋梁 風連別川
exBHF
85.5 豊岬駅 1958-1987
exTUNNEL2
第一豊岬トンネル
exTUNNEL2
第二豊岬トンネル
exTUNNEL2
第三豊岬トンネル
exTUNNEL2
第四豊岬トンネル
exhKRZWae
オヤフルツナイ川橋梁 オヤフルツナイ川
exBHF
88.0 天塩大沢駅 1958-1987
exTUNNEL2
大沢トンネル
exhKRZWae
登駒内川橋梁 登駒内川
exTUNNEL2
共成トンネル
exBHF
91.6 共成駅 1958-1987
exhKRZWae
オタコシベツ川橋梁 オタコシベツ川
exBHF
94.2 歌越駅 1958-1987
exhKRZWae
旭川橋梁 モオタコシベツ川
exhKRZWae
金浦川橋梁 トモタウシュナイ川
exBHF
99.0 天塩金浦駅 1958-1987
exhKRZWae
富士見川橋梁
exhKRZWae
遠別川橋梁 遠別川
exBHF
103.3 遠別駅 1936-1987
exhKRZWae
宇都川橋梁 ウツツ川
exHST
(106.8) 啓明仮乗降場* 1956-1987
exSKRZ-G2BUE
国道232号
exBHF
108.4 丸松駅 1936-1987
exHST
(110.6) 北里仮乗降場* 1956-1970
exhKRZWae
汐見川橋梁
exBHF
116.0 更岸駅 1936-1987
exHST
(118.6) 干拓仮乗降場* 1955-1987
exBHF
122.2 天塩駅 1935-1987
exHST
(125.3) 中川口仮乗降場* 1956-1987
exBHF
128.7 北川口駅 1935-1987
exHST
(131.4) 西振老仮乗降場* 1956-1970
exSKRZ-G2u
国道232号
exBHF
133.9 振老駅 1935-1987
exSKRZ-G2u
国道40号(旧道)
exHST
(137.2) 作返仮乗降場* 1935-1987
exhKRZWae
天塩川橋梁 天塩川
BHFq eABZqr
141.1 幌延駅 1925-
宗谷本線 (旭川方面)1925- (稚内方面)1926-
閉じる

もともとは羽幌町の炭鉱開発と運炭、そしてニシンの輸送を主な目的として建設された路線だった。

大きく留萠駅 - 羽幌駅間と羽幌駅 - 幌延駅間に分けられ、この2つの区間がそれぞれ留萠駅と幌延駅を起点として、南北から建設が進められた。

留萠駅 - 羽幌駅間は軽便鉄道法により計画され、国有鉄道留萠線(るもいせん)の支線として1927年(昭和2年)10月25日に開業した路線である[5]。1931年(昭和6年)8月15日までに古丹別駅までの区間が開業した後[5][新聞 1]、同年10月10日に留萠線から分離され、羽幌線に改称された[新聞 2]。

羽幌駅 - 幌延駅間は、改正鉄道敷設法別表第144号に規定する「天塩国羽幌ヨリ天塩ヲ経テ下沙流別付近ニ至ル鉄道」である[6]。1927年(昭和2年)8月には幌延村長の高橋文之助から農林政務次官東武(あずまたけし)に宛てた陳情書の中には「遠別線鉄道促成ノ件」が挙げられていた。1932年(昭和7年)2月には幌延・天塩間の線路選定が終わり[6]、1935年(昭和10年)6月30日に国有鉄道天塩線として、幌延駅 - 天塩駅間が開業[5]。1936年(昭和11年)10月23日には天塩駅 - 遠別駅間が延伸開業した[5]。

これらの建設工事は太平洋戦争により一時中断したものの、1958年(昭和33年)10月18日に最後の未開通区間である初山別駅 - 遠別駅間が開業[5]。これに伴い天塩線が羽幌線に編入され、留萠駅 - 幌延駅間が全通した[5]。

なお、開業当初は、羽幌線の列車は留萠駅を発車した後、深川方面の東留萠信号場まで1.3 km 走行し、同信号場でスイッチバックして羽幌方面に北上していた。これを解消するため、1941年(昭和16年)12月9日に留萠駅 - 三泊駅間が新線に付け替えられ[5]、留萠駅にも羽幌線用の4・5番ホームが新設された。なお、東留萠信号場 - 留萠駅間は留萠本線・羽幌線の重複区間だったが、新線敷設と共に解消され、東留萠信号場も廃止された。

全通後、炭鉱の閉山とニシン漁の不振、沿線人口の減少によって貨物・旅客の輸送量が減り、並行道路(国道232号)の整備も進んでいたため存在意義を失っていった。国鉄再建法の施行に伴い、1984年(昭和59年)6月22日に特定地方交通線(第2次)に選定され、北海道旅客鉄道(JR北海道)へ承継されることなく、国鉄分割民営化前の1987年(昭和62年)3月29日限りで廃止[新聞 3]。本路線の廃止が、国鉄最後の路線廃止の事例となった。

なお、「留萠駅」「留萠本線」は羽幌線営業時・廃止当時の表記で、羽幌線廃止後の1997年(平成9年)4月1日にそれぞれ「留萌駅」「留萌本線」に変更されている[7][1][新聞 4]。

年表

仮乗降場はすべて鉄道管理局設定。

留萠駅 - 初山別駅間(留萠線→羽幌線)

  • 1927年(昭和2年)10月25日:国有鉄道留萠線として、留萠駅 - 東留萠信号場 - 大椴駅間 (19.6 km) が開業[5]。東留萠信号場、三泊駅(一般駅)、小平駅(一般駅)、大椴駅(一般駅)が開業[8]。留萠駅 - 東留萠信号場間が留萠本線・羽幌線の重複区間となる。
  • 1928年(昭和3年)10月10日:留萠線の大椴駅 - 鬼鹿駅間 (8.9 km) が延伸開業[5]。鬼鹿駅(一般駅)が開業[8]。
  • 1931年(昭和6年)
    • 8月15日:留萠線の鬼鹿駅 - 古丹別駅間 (15.6 km) が延伸開業[5][新聞 1]。力昼駅(一般駅)、古丹別駅(一般駅)が開業[8][新聞 1]。
    • 10月10日:留萠駅 - 東留萠信号場 - 古丹別駅間 (44.1 km) が留萠線から分離され、羽幌線に改称[新聞 2]。同時に、深川駅 - 留萠駅 - 増毛駅間は留萠本線に改称[9][7][1]。
  • 1932年(昭和7年)9月1日:古丹別駅 - 羽幌駅間 (16.5 km) が延伸開業[5]。上平駅(一般駅)、苫前駅(一般駅)、羽幌駅(一般駅)が開業[8]。
  • 1941年(昭和16年)12月9日:羽幌駅 - 築別駅間 (6.78 km) が延伸開業[5]。築別駅(一般駅)が開業[8]。留萠駅 - 三泊駅間 (2.3km) が新線に付け替えられ[5]、東留萠信号場を廃止。これに伴い、東留萠信号場 - 留萠駅間の重複区間が解消され、留萠駅 - 三泊駅間を改キロ (-2.3 km) 。
  • 1947年(昭和22年)12月25日:臼谷仮乗降場が開業。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1950年(昭和25年)1月15日:臼谷仮乗降場を臼谷駅(旅客駅)に変更[8]。旅客・荷物を取扱い。
  • 1955年(昭和30年)3月26日:番屋ノ沢仮乗降場が開業[1][8][10]。
  • 1956年(昭和31年)
  • 1957年(昭和32年)11月6日:築別駅 - 初山別駅間 (14.5km) が延伸開業[5]。天塩有明駅(一般駅)、天塩栄駅(旅客駅)、初山別駅(一般駅)が開業[8]。

幌延駅 - 遠別駅間(天塩線)

  • 1935年(昭和10年)6月30日:国有鉄道天塩線として、幌延駅 - 天塩駅間 (18.9km) が開業[5]。振老駅(一般駅)、北川口駅(一般駅)、天塩駅(一般駅)が開業[8]。
  • 1936年(昭和11年)10月23日:天塩線の天塩駅 - 遠別駅間 (18.9km) が延伸開業[5]。更岸駅(一般駅)、丸松駅(一般駅)、遠別駅(一般駅)が開業[8]。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、公共企業体日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1955年(昭和30年)12月2日:干拓仮乗降場、作返仮乗降場が開業[8]。
  • 1956年(昭和31年)5月1日:啓明仮乗降場、北里仮乗降場、中川口仮乗降場、西振老仮乗降場が開業[8]。

全通後

  • 1958年(昭和33年)10月18日:初山別駅 - 遠別駅間 (23.8km) が延伸開業。天塩線を羽幌線に編入し、全通[5]。豊岬駅(一般駅)、天塩大沢駅(旅客駅)、共成駅(旅客駅)、歌越駅(一般駅)、天塩金浦駅(旅客駅)が開業[8]。
  • 1960年(昭和35年)9月15日:三泊駅、大椴駅、力昼駅、上平駅の貨物取扱いを廃止し、旅客駅に変更。
  • 1961年(昭和36年)
  • 1962年(昭和37年)5月1日:客貨混合列車を廃止し、客貨分離を達成[5]。すべての列車が気動車による運行となる[5]。札幌駅 - 留萠駅 - 幌延駅間(留萠本線・羽幌線経由)の急行「はぼろ」が1往復運行開始[5][11][12]。また、準急「るもい」の運行区間を小樽駅 - 留萠駅 - 増毛駅間に変更し、羽幌線への乗り入れがなくなる[11]。
  • 1963年(昭和38年)
    • 6月1日:千松仮乗降場が開業[8]。
    • 12月1日:準急「るもい」の運行区間を旭川駅 - 留萠駅 - 幌延駅間(留萠本線・羽幌線経由)に変更し、2往復に増発。下り2号と上り列車は幌延駅発着、下り1号は築別駅発着とされ、いずれも旭川駅 - 留萠駅間のみ準急、羽幌線内(留萠駅 - 築別駅・幌延駅間)は普通列車として運行する[11][12]。
  • 1964年(昭和39年)4月1日:臼谷駅、上平駅を業務委託駅に変更。
  • 1966年(昭和41年)3月5日:準急行列車制度変更に伴い、「るもい」が急行列車に変更。築別発着と幌延発着が1往復ずつの2往復体制となる。
  • 1967年(昭和42年)10月1日:急行「るもい」のうち、下り1号を留萠止まりとし、羽幌線直通は下り2号と上り1・2号とする。
  • 1968年(昭和43年)10月1日:急行「るもい」の羽幌線直通が2往復に減便。
  • 1969年(昭和44年)10月1日:築別駅を業務委託駅に変更。
  • 1970年(昭和45年)
    • 羽幌炭鉱の閉山に伴い、運炭列車の運行が廃止(国鉄D61形蒸気機関車#運転も参照)。
    • 9月7日:北里仮乗降場、西振老仮乗降場を廃止。天塩有明駅、豊岬駅、歌越駅、丸松駅、更岸駅、北川口駅、振老駅の貨物・荷物取扱いを廃止し、旅客駅に変更。天塩有明駅、豊岬駅の交換設備を撤去。天塩有明駅、豊岬駅、丸松駅、更岸駅、北川口駅を簡易委託駅に変更[13]。歌越駅、振老駅を無人駅に変更。同日以降、急行「はぼろ」は築別駅・豊岬駅を通過とする。
  • 1972年(昭和47年)
    • 2月8日:下ノ滝仮乗降場を廃止。三泊駅、臼谷駅、大椴駅、力昼駅、上平駅の荷物取扱いを廃止。力昼駅を簡易委託駅に変更。三泊駅、臼谷駅、大椴駅、上平駅を無人駅に変更。
    • 3月15日:急行「るもい」のうち、下り1号を再び留萠駅止まりに戻し、羽幌線直通は下り2号と上り1・2号となる。
  • 1975年(昭和50年)7月1日:鬼鹿駅の貨物取扱いを廃止し、旅客駅に変更。
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月29日:小平駅、古丹別駅、苫前駅、初山別駅の貨物取扱いを廃止し、旅客駅とするとともに、業務委託駅に変更。築別駅の貨物・荷物取扱いを廃止し、無人駅に変更[新聞 5]。
    • 11月22日:第2次特定地方交通線として、廃止承認を申請[5]。
  • 1983年(昭和58年)4月1日:天塩駅の貨物取扱いを廃止し、旅客駅に変更。
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:全線 (141.1km) の貨物営業を廃止[5]。羽幌駅、遠別駅、幌延駅の貨物取扱いを廃止し、旅客駅に変更。小平駅、鬼鹿駅、古丹別駅、苫前駅、羽幌駅、初山別駅、遠別駅、天塩駅、幌延駅の荷物取扱いを廃止。上り急行「るもい」が廃止。「るもい」は下り(旭川駅発留萠駅行き)のみの運転となり、羽幌線への乗り入れがなくなる[11]。
    • 6月22日:第2次特定地方交通線として、廃止承認。
  • 1985年(昭和60年)頃:豊岬駅の簡易委託を廃止し、無人駅に変更。
  • 1986年(昭和61年)
    • 3月3日:急行「はぼろ」の上り幌延駅 - 羽幌駅間が普通列車となる(下りは全区間急行)[新聞 6]。
    • 11月1日:急行「るもい」・「はぼろ」を廃止に伴い、優等列車の設定がなくなる[11][12][14]。
  • 1987年(昭和62年)3月30日:全線 (141.1km) を廃止[1][新聞 3][広報 1]し、沿岸バスのバス路線に転換[2][広報 2][広報 3]。

運行形態

地域輸送

廃止直前の普通列車は全線直通が6往復、さらに区間列車が運行されていた。

鬼鹿開業時の運行本数(1928年)
  • 全線直通列車:3往復
※駅は留萠駅、三泊駅、小平駅、大椴駅、鬼鹿駅。
築別開業時の運行本数(1941年)
  • 全線直通列車:4往復
※駅は留萠駅、三泊駅、小平駅、大椴駅、鬼鹿駅、力昼駅、古丹別駅、上平駅、苫前駅、羽幌駅、築別駅。
廃止直前の運転本数(1986年11月1日改正)[15][16]
  • 留萠駅 - 幌延駅間(全線直通):6往復
    うち4往復は留萠本線直通、さらにそのうち1往復は急行「はぼろ」に代わって運転された主要駅停車列車で[16]、当該列車に快速マークは付されていなかった[15]。
  • 留萠駅 - 羽幌駅間:下り朝1本、上り2本(朝夕1本ずつ)
  • 留萠駅 → 鬼鹿駅間:夜1本

広域輸送

優等列車としては、1962年(昭和37年)5月1日から札幌駅 - 深川駅 - 留萠駅 - 羽幌駅 - 幌延駅間を直通する急行「はぼろ」が1往復運行されていたほか、留萠本線の急行「るもい」が羽幌線内に普通列車として乗り入れていた。さらに、観光シーズンには臨時急行「天売」も運行されていた。

はぼろ

「はぼろ」は札幌駅 - 留萠駅 - 幌延駅間(函館本線・留萠本線・羽幌線経由)の急行列車として、1962年(昭和37年)5月1日から1往復のみ運行されていた[5][11][12]。1986年(昭和61年)11月1日に急行「るもい」と共に廃止され[14][11][12]、これによって羽幌線の優等列車の設定がなくなった。運行開始から廃止までキハ22形とキハ56形からなる2両編成で運行された。この列車の札幌駅 - 幌延駅間の所要時間は、宗谷本線経由の急行列車「宗谷」とほぼ同等であった(距離では羽幌線経由の方が約40 km短い)。

廃止時の停車駅
札幌駅 - 岩見沢駅 - 美唄駅 - 砂川駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 石狩沼田駅 - 留萠駅 - 小平駅 - 鬼鹿駅 - 古丹別駅 - 苫前駅 - 羽幌駅 - 初山別駅 - 遠別駅 - 天塩駅 - 幌延駅

るもい

使用車両

蒸気機関車

気動車

駅一覧

  • 接続路線の事業者名・駅の所在地は、羽幌線廃止時点のもの。全線北海道内に所在。
  • 線路(全線単線) … ◇:列車交換可、|:列車交換不可
さらに見る 駅名, 営業キロ ...
駅名 営業キロ 接続路線・備考 線路 所在地
駅間 累計
留萠駅 - 0.0 日本国有鉄道:留萠本線 ◇ 留萌支庁 留萌市
東留萠信号場 - (1.3) 1941年(昭和16年)12月9日廃止。 |
三泊駅 2.7 2.7   |
臼谷駅 4.0 6.7   | 留萌郡 小平町
小平駅 2.0 8.7   ◇
花岡仮乗降場 - (11.9)   |
大椴駅 8.6 17.3   |
富岡仮乗降場 - (21.6)   |
鬼鹿駅 8.8 26.1   ◇
千松仮乗降場 - (29.3)   |
力昼駅 6.9 33.0   | 苫前郡 苫前町
番屋ノ沢仮乗降場 - (35.1)   |
古丹別駅 8.7 41.7   ◇
上平駅 4.9 46.6   |
苫前駅 3.9 50.5   |
興津仮乗降場 - (54.6)   |
羽幌駅 7.8 58.3   ◇ 羽幌町
下ノ滝仮乗降場 - (62.7) 1972年(昭和47年)2月8日廃止。 |
築別駅 6.7 65.0 羽幌炭礦鉄道線(1970年12月25日廃止) |
天塩有明駅 4.8 69.8   | 初山別村
天塩栄駅 3.8 73.6   |
初山別駅 5.9 79.5   ◇
豊岬駅 6.0 85.5   |
天塩大沢駅 2.5 88.0   |
共成駅 3.6 91.6   |
歌越駅 2.6 94.2   | 天塩郡 遠別町
天塩金浦駅 4.8 99.0   |
遠別駅 4.3 103.3   ◇
啓明仮乗降場 - (106.8)   |
丸松駅 5.1 108.4   |
北里仮乗降場 - (110.6) 1970年(昭和45年)9月7日廃止。 |
更岸駅 7.6 116.0   | 天塩町
干拓仮乗降場 - (118.6)   |
天塩駅 6.2 122.2   ◇
中川口仮乗降場 - (125.3)   |
北川口駅 6.5 128.7   |
西振老仮乗降場 - (131.4) 1970年(昭和45年)9月7日廃止。 |
振老駅 5.2 133.9   |
作返仮乗降場 - (137.2)   |
幌延駅 7.2 141.1 日本国有鉄道:宗谷本線 ◇ 幌延町[注釈 2]
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※仮乗降場には、営業キロが設定されていなかった。括弧内に実キロを記す。

過去の接続路線

1966年の留萌支庁地図。

名羽線

羽幌駅と宗谷本線名寄駅間には、苫前炭田が産出する石炭の輸送や、沿線の森林開発などを目的として企図された名羽線計画があったが、結局開通することはなかった。詳細は、「深名線#名羽線」の項を参照。

廃止後の状況

廃線跡

各所で築堤、橋梁、トンネルなどが残る。三泊駅の駅舎は、バスの待合室に転用され、臼谷駅跡は小平蘂村記念公園、小平駅は小平中央公園として整備されている。天塩駅 - 中川口仮乗降場間は国道232号のバイパスに転用され、この区間では痕跡は何も残っていない。

代替バス

羽幌線の廃止代替バスは沿岸バスが運行している。2025年(令和7年)9月現在、「11 豊富明里線」、「12 幌延留萌線/32 豊富幌延線」、「13 幌延留萌線(豊富幌延線連絡)」、「14 初山別留萌線」、「15 羽幌留萌線」、「16 上平古丹別線」、「117 羽幌古丹別線」の7系統が運行され、一部は留萌市立病院や豊富駅まで乗り入れている。年末年始を除く運行本数は以下の通り[20][21][22]。

  • 11 豊富明里線(羽幌ターミナル - 豊富駅):1往復
  • 12 幌延留萌線/32 豊富幌延線(留萌市立病院 - 豊富駅):平日5往復、土日祝日3往復
  • 13 幌延留萌線(豊富幌延線連絡)(留萌市立病院 - 幌延深地層研究センター前):2往復[注釈 3]
  • 14 初山別留萌線(留萌市立病院 - 初山別北原野):上り1本
  • 15 羽幌留萌線(留萌市立病院 - 羽幌ターミナル):3往復
  • 16 上平古丹別線・117 羽幌古丹別線(上平 - 古丹別):上り7本、下り平日7本[注釈 4]、土日祝日6本

また、これとは別に羽幌線沿線地域と札幌を結ぶ予約制の特急バス「特急はぼろ号」もあり、札幌 - 留萌 - 羽幌 - 豊富(道央自動車道・深川留萌自動車道経由)間で4往復[注釈 5]運行されている[23]。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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