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いしだあゆみ

日本の俳優・歌手 From Wikipedia, the free encyclopedia

いしだ あゆみ(1948年〈昭和23年〉3月26日[1][2][3][4] - 2025年〈令和7年〉3月11日[5][6][7])は、日本の歌手・女優。イザワオフィス所属[1]。大阪府池田市出身[8]。本名・旧芸名:石田 良子(いしだ よしこ)。

生誕 石田 良子(いしだ よしこ)
1948年3月26日
日本の旗 日本・長崎県佐世保市
死没 (2025-03-11) 2025年3月11日(76歳没)
日本の旗 日本・東京都
別名 石田 良子(1960年 - 1964年3月)
職業
概要 いしだ あゆみ, 生誕 ...
いしだ あゆみ
『映画情報』1965年6月号より
生誕 石田 良子(いしだ よしこ)
1948年3月26日
日本の旗 日本・長崎県佐世保市
死没 (2025-03-11) 2025年3月11日(76歳没)
日本の旗 日本・東京都
別名 石田 良子(1960年 - 1964年3月)
職業
活動期間 1960年 - 2025年
代表作
身長 163 cm (5 ft 4 in)[1]
配偶者 萩原健一(1980年 - 1984年)
家族
受賞 受賞歴参照
音楽家経歴
出身地 日本の旗 日本 大阪府池田市
ジャンル 歌謡曲
担当楽器 ボーカル
レーベル
事務所
公式サイト プロフィール
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来歴

生い立ち

4人姉妹の次女として[8]、長崎県佐世保市で誕生[4]。難産の末に生まれ、生後2か月の時に肺炎にかかって生死の境を彷徨い、佐世保の米軍基地の病院でペニシリンを投与され助けられたという。大阪府池田市で育つ[注釈 1]。

5歳からフィギュアスケートを始め、選手として活躍したほか、児童劇団でも活動し、「ともだち劇場」で同期生の中山千夏らとともに[9]泉田行夫の指導を受けた。1961年(昭和36年)、東宝取締役の松岡辰郎の紹介で、梅田コマ劇場で歌手として初舞台を踏む[4]。1962年(昭和37年)、14歳で上京して作曲家・いずみたくに師事[8]。4月20日にソノブックス社から「夢みる恋(原題:Walkin' Back To Happiness)」をリリースし、その後もソノシートで数曲を発表した。デビュー前は赤坂のナイトクラブで歌っていた[9]。1966年(昭和41年)、上野学園高等学校を卒業。

歌手として芸能界デビュー

1964年(昭和39年)4月、本名から芸名をいしだ あゆみに代えた。名付け親は永六輔[10]。同年、日本ビクター(音楽レコード事業部、現:ビクターエンタテインメント)から「ネェ、聞いてよママ」を発表した[4]。『おしゃれ作戦』『パント・ポップショー』などでテレビ番組デビューすると[9]、1965年(昭和40年)にかけて『七人の孫』に森繁久彌の孫役で出演するなど[3]、劇団出身の演技力を活かして歌手と俳優を掛け持ちした。

4年間で通算23枚のシングルを発表したものの、歌手としては2作目のシングル「サチオ君」(1963年)が5万枚程度の売上を記録したのが最高で[11]、大きなヒット曲に恵まれなかった[12]。この期間、テレビドラマや他の仕事が忙しく歌手としての宣伝に協力できなかったと述べている[11]。

歌手に専念するため、1968年(昭和43年)4月に日本コロムビアへ電撃移籍、同年6月10日に移籍第1弾(通算24作目)シングルとして発売された「太陽は泣いている」が転機となり、同年12月25日に移籍第3弾(通算26作目)シングルとして発売された「ブルー・ライト・ヨコハマ」は累計150万枚のミリオンセラーを記録し[13]、代表曲となった[3][4][12]。同年2月10日にはオリコンチャート週間1位にランクインし[12]、年間チャートでは第3位にランクインし、歌手としての地位を確立[12]。横浜市のご当地ソングとして長く歌い継がれ[14]、多くの歌手によってカバーもされている。『NHK紅白歌合戦』には、1969年(昭和44年)の第20回に初出場、1973年(昭和48年)の第24回、1993年(平成5年)の第44回と、同曲で合計3回出場している。

1970年(昭和45年)の「あなたならどうする」がオリコン最高2位、1971年(昭和46年)の「砂漠のような東京で」がオリコン最高3位にランクインするなどヒットを連発、紅白歌合戦には通算10回出場している。

1977年(昭和52年)、ティン・パン・アレーと共同制作したアルバム『アワー・コネクション』を「いしだあゆみ & ティン・パン・アレイ・ファミリー」名義でリリース[2]、当時全盛期だったニューミュージックのテイストを取り入れた都会的なサウンドで繊細な歌声を聴かせた。

1981年(昭和56年)11月にアルファレコード(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)へ移籍し、シングル「赤いギヤマン」、および松任谷由実(呉田軽穂名義)や岩谷時子が作詞を、PARACHUTEのメンバーが演奏を担当した、セルフタイトルのアルバム『いしだあゆみ』を発売[2]、歌手としても新境地を拓いた。これらのアルバムはシティ・ポップブームの中で再評価され、2013年(平成25年)に『Our Connection』が紙ジャケットのリマスター盤で再発売、2017年(平成29年)には『いしだあゆみ』が初CD化され、隠れた名盤としてファンに愛されている[2]。また、1986年(昭和61年)には渡哲也とのデュエットシングル「わかれ道」をトーラスレコード(現:ユニバーサルミュージックLLC)から発売、同年12月11日放送の『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」コーナーに出演した。

1967年(昭和42年)から芸映プロダクションに所属していたが、「ブルー・ライト・ヨコハマ」のヒットの後、渡辺プロダクションに移籍した。渡辺プロダクションでは野田義治が7年ほどマネージャーについた。1979年(昭和54年)、渡辺プロダクションから分社化したイザワオフィスへ、ザ・ドリフターズなどと共に移籍した。

俳優業へシフト

1973年(昭和48年)、『日本沈没』で演技力が高く評価され[4]、1977年(昭和52年)には『青春の門 自立篇』で報知映画賞助演女優賞を受賞。実力派女優としての地位を確立し、歌手より女優としての活動が主力となっていく[2]。

1981年(昭和56年)の『駅 STATION』では高倉健の妻を演じた。1982年(昭和57年)の『野獣刑事』ではヌードが話題となり、『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』との両作品で第6回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。1986年の(昭和61年)『火宅の人』では報知映画賞とブルーリボン賞、第10回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞などを受賞。同年の『時計 Adieu l'Hiver』では経験を活かしてフィギュアスケートのコーチを演じた。

テレビドラマでも、1977年(昭和52年)『祭ばやしが聞こえる』、1979年(昭和54年)『阿修羅のごとく』、1981年(昭和56年)『北の国から』、1983年(昭和58年)『金曜日の妻たちへ』などに出演。1989年(平成元年)『青春家族』のヒロインを清水美砂とともに務め、放送時点41歳で当時としてはヒロイン史上最年長だった。2003年(平成15年)『てるてる家族』の登場人物である岩田夏子のモデルになっており、自らもクラブ歌手役として出演した。たびたび倉本聰脚本作品に起用され、石井ふく子プロデュース作品の常連でもあった。

2008年(平成20年)1月に『ラジオ深夜便』のコーナー「深夜便のうた」の1曲として久々の新曲「オアシス」を発表(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)。同番組で同年3月まで流された。「オアシス」は、NHKサービスセンターが刊行している『ラジオ深夜便年鑑2008』の付属CDと「深夜便のうた」のオムニバスCDで聴くことができるのみである。

2019年(平成31年)、『やすらぎの刻〜道』に出演した。

2020年(令和2年)には文化庁長官表彰[15]、2021年(令和3年)には旭日小綬章受章[16][17]。旭日小綬章受章にあたっては「身に余る光栄でございます」とコメントしている[17]。

死去

2025年(令和7年)3月に入り、急激に体調が悪化し入院していたが、同月11日4時48分、甲状腺機能低下症のため、妹に看取られて東京都内の病院で死去した。76歳没。訃報は同月17日に所属事務所のイザワオフィスから公表された。既に近親者による葬儀を終えており、故人の意思によりお別れの会などの実施はされないとしている[5][6][7]。

韓国でも20社以上の報道機関がこの訃報を伝えた[18][19]。いしだの代表曲でもある「ブルー・ライト・ヨコハマ」は発表当時日本の大衆文化流入が厳しく制限されていた韓国でも海賊版などを通じて人気があった[20][21]。

2025年12月30日、第67回日本レコード大賞にて特別功労賞を受賞[22]。

なおイザワオフィスのHPでは2026年現在も所属タレントの欄に記載されている[注釈 2]。

人物

大阪学芸大学附属池田小学校[23]、上野学園高等学校卒業[24]。

実家は池田栄町商店街 “サカエマチ1番街”で3代続いた喫茶店「フジヤ」とパン屋を営んでいた。母親は福岡県大牟田市出身[24]。姉は石田治子。妹は石田ゆり、義弟はなかにし礼。池田小学校の同級生に安藤宏基がおり、「(いしだと)何度かアイススケートに行き、私はへたくそだったので、いろいろ手を取って教えてもらった[23]。両親(安藤百福・安藤仁子)は愛犬と五月山へ散歩に行った帰り、「フジヤ」でクリームソーダを飲むことを楽しみにしていた[23]」と証言している。千葉真一の熱狂的ファンで、仕事の合間を縫いながら必ず『キイハンター』を観ており、千葉に会うと「大ファンです」と直に伝えている[25]。1979年(昭和54年)『闇の狩人』では一緒のシーンは無いものの同じ作品に出演し、1987年(昭和62年)の主演作『雪の朝に』では恋人役として念願の共演を果たした。

1969年(昭和44年)2月24日に生放送された『夜のヒットスタジオ』の「コンピューター恋人選び」コーナーでは、恋人と噂された森進一が公表され、その後に森の眼前で「ブルー・ライト・ヨコハマ」を歌唱中、動揺した影響からか途中で突如泣き崩れ、歌えなくなってしまった[26][27]。篠木雅博は初めて会った時の印象を「実に存在感があり、きれいな人」と述べている。篠木が一気に企画内容を話したが、黙って聞いた後、いい悪いの答えではなく「あっ、これからサンマ買いに行かなきゃ」と述べただけで終わり、実にあっけらかんとした打ち合わせだったと回想している[28]。

1980年(昭和55年)に『祭ばやしが聞こえる』で共演したショーケンこと萩原健一との結婚を発表したが、入籍はせず事実婚状態だった[注釈 3]。同年、萩原が大麻取締法違反容疑で逮捕され執行猶予の身となり、萩原が仕事を出来ない期間はいしだが生活を支えていた。1984年(昭和59年)に萩原の執行猶予期間が終わったが、直後に萩原が交通事故を起こし、その末に二人は離婚を発表した。2019年(平成31年)3月26日、萩原の訃報を知り、「ご冥福をお祈りします」と追悼している[30]。

大阪出身だが標準語で喋るように心がけていた。冗談交じりであったようだが大阪弁を使う知人との会話では自身も大阪弁にならないようにも心掛けていたという[31]。

受賞

1977年

1978年

1982年

1983年

1986年

1987年

1997年

2020年

2021年

2026年

ディスコグラフィ

シングル

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#発売日曲順タイトル作詞作曲編曲オリコン
最高順位
レーベル規格品番
1 1964年
4月5日
A面ネエ、聞いてよママ 岡田教和 いずみたく - ビクター SV-13
B面初恋
2 1964年
6月5日
A面サチオ君 SV-31
B面17才になりたいの山上路夫
3 1964年
8月
B面
[注釈 4]
だれだって一人じゃないやなせたかしSV-57
4 A面
[注釈 5]
東京の夜は更けて宮川哲夫SV-75
5 1964年
9月
A面先生を好きでした桜井保 SV-89
B面あゆみの子守唄青木一徳
6 A面
[注釈 6]
サミーのマーチ 漣健児T.Cary いずみたくSPV-23
7 1964年
11月15日
A面
[注釈 7]
ブーベの恋人C.RustichelliSPV-25
8 1965年
2月5日
A面みどりの乙女 岩谷時子 いずみたく SV-166
B面渚の想い出
9 1965年
3月25日
A面アッちゃん前田武彦 SV-180
B面真珠(パール)の指輪 岩谷時子
10 1965年
8月5日
A面愛さなければよかった SV-256
B面歌え太陽藤田敏雄
11 1965年
9月25日
A面
[注釈 8]
ガムとチョコ 山上路夫SV-273
12 1965年
11月5日
A面わたしのことだけ 淡の圭一 SV-308
B面湖に雨が降るとき北田守大野正雄竹村次郎
13 1965年
12月15日
A面若い野ばら 岩谷時子 いずみたく SV-328
B面さびしさに涙して
14 1966年
4月5日
A面夢見る17才睦正子H.Korn 川口真 SPV-64
B面ソー・ロング・ベイブ室生恵L.Hazlewood
15 1966年
5月15日
A面愛のマーチ山上路夫 いずみたく SV-391
B面忘れたいのよ片岡政子 淡の圭一
16 1966年
6月25日
A面
[注釈 9]
さいはての湖 鈴木道明寺岡真三SV-424
17 1966年
7月25日
A面パイナップル・ラブ井田誠一 寺岡真三 SV-424
B面赤いバラ宮川哲夫 いずみたく
18 1967年
3月5日
A面黄色いハンカチ八木輝寿郎 中村八大 SV-534
B面緑のおめめ佐伯孝夫 服部克久
19 1967年
4月25日
A面恋のシャドー なかにし礼 鈴木邦彦 SV-552
B面あふれる幸せ
20 1967年
8月25日
A面こまらせたいの 有馬三恵子 鈴木淳 大西修 SV-606
B面夜を忘れたい
21 1968年
1月25日
A面小雨の思い出 志賀太郎 SV-658
B面星のタンバリン
22 1968年
6月10日
A面太陽は泣いている橋本淳 筒美京平 18位 コロムビア LL-10058-J
B面夢でいいから林春生
23 1968年
9月25日
A面ふたりだけの城 橋本淳 - LL-10070-J
B面あふれる愛に
24 1968年
12月25日
A面ブルー・ライト・ヨコハマ 1位 LL-10081-J
B面明日より永遠に
25 1969年
4月15日
A面涙の中を歩いてる 10位 LL-10092-J
B面恋はそよ風
26 1969年
8月1日
A面今日からあなたと 7位 LL-10102-J
B面ある日街角で
27 1969年
11月20日
A面喧嘩のあとでくちづけを なかにし礼 中村泰士 森岡賢一郎 7位 LL-10116-J
B面天使の足音
28 1970年
3月25日
A面あなたならどうする 筒美京平 2位 LL-10127-J
B面今夜は帰って三木たかし高見弘
29 1970年
7月15日
A面昨日のおんな井上忠夫森岡賢一郎 8位 LL-10146-J
B面誘惑的な午後橋本淳 筒美京平
30 1970年
10月1日
A面何があなたをそうさせた なかにし礼 12位 LL-10151-J
B面恋人と呼んで川口真 森岡賢一郎
31 1971年
2月10日
A面止めないで井上忠夫 20位 LL-10155-J
B面待っている女 田辺信一
32 1971年
5月10日
A面砂漠のような東京で 橋本淳 中村泰士 森岡賢一郎 3位 LL-10164-J
B面24時間の恋
33 1971年
8月25日
A面おもいでの長崎 筒美京平 10位 LL-10172-J
B面ひとり歩きもできないくせに
34 1972年
1月25日
A面さすらいの天使 18位 LL-10186-J
B面白いしあわせ
35 1972年
7月25日
A面まるで飛べない小鳥のように 中村泰士 高田弘 45位 LL-10195-J
B面いつもなら私は
36 1972年
11月10日
A面生まれかわれるものならば 筒美京平 43位 LL-10204-J
B面愛よ行かないで
37 1973年
2月25日
A面愛愁尾中美千絵 平尾昌晃 竜崎孝路 51位 LL-10212-J
B面あなたからどうぞ山上路夫
38 1973年
6月10日
A面渚にて 阿久悠 中村泰士 森岡賢一郎 52位 LL-10217-J
B面破局
39 1973年
9月10日
A面愛の氷河 井上忠夫 高田弘 42位 P-301
B面私のラストショー
40 1974年
1月25日
A面幸せだったわありがとう なかにし礼 加瀬邦彦 42位 P-329
B面何も言いっこなし
41 1974年
4月25日
A面恋は初恋 森岡賢一郎 54位 P-342
B面不思議なの
42 1974年
8月1日
A面美しい別れ 74位 P-362
B面ラスト・シーン石原信一中村泰士あかのたちお
43 1974年
12月1日
A面家路 橋本淳 筒美京平 - P-388
B面幸せのあとで
44 1975年
4月1日
A面待ちわびてもなかにし礼筒美京平 森岡賢一郎 P-401
B面別れの鏡安井かずみ加瀬邦彦
45 1975年
11月10日
A面時には一人で 喜多條忠 筒美京平 83位 P-441
B面冬の微笑
46 1976年
5月1日
A面とまどい 石原信一 あかのたちお - P-457
B面どうすればいいの
47 1977年
4月1日
A面ちょっと淋しい春ですね 橋本淳 筒美京平 森岡賢一郎 PK-50
B面夢のかけら
48 1977年
11月1日
A面港・坂道・異人館 喜多條忠 大野克夫 馬飼野康二 PK-84
B面誘惑者
49 1978年
7月1日
A面今夜は星空吉田拓郎 PK-117
B面カシミヤの手ざわり山口洋子大野克夫
50 1978年
10月1日
A面大阪の女(ひと) 橋本淳 中村泰士 小杉仁三 PK-123
B面うわの空
51 1979年
6月10日
A面MILD NIGHT仲畑貴志宇崎竜童 小野寺忠和 86位 PK-157
B面漂流記小林和子 大野克夫
52 1980年
6月25日
A面マイルド・ロマン・ロック仲畑貴志 船山基紀 - AK-675
B面あの人は風の中糸井重里
53 1981年
11月21日
A面赤いギヤマン岩谷時子滝沢洋一 井上鑑 ALFA ALR-745
B面波になって呉田軽穂戸塚省三
54 1985年
9月21日
A面羽衣天女 阿木燿子中崎英也 78位 CBS
ソニー
07SH-1688
B面囁きのリフレイン玉置浩二
55 2015年
4月18日
A面私自身[注釈 10] 橋本淳 細野晴臣 - コロムビア HMJA-103
B面ひとり旅[注釈 10]細野晴臣細野晴臣
萩田光雄
56 2022年
11月3日
A面私自身[注釈 10] 細野晴臣 HMJA-165
B面バイ・バイ・ジェット[注釈 10]細野晴臣細野晴臣
萩田光雄
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デュエット・シングル

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発売日デュエット曲順タイトル作詞作曲編曲レーベル規格品番
1964年
7月5日
森繁久彌A面素敵なパパ森繁久彌 いずみたく ビクター SV-67
-B面小さな幸福(しあわせ)
(歌:いしだあゆみ)
永六輔
1964年
12月25日
松島アキラA面赤い花びら飛んでゆく 井田誠一 SV-161
-B面みんなでサイクリング
(歌:いしだあゆみ)
1986年
11月21日
渡哲也A面
[注釈 11]
わかれ道水木かおる杉本真人竜崎孝路トーラス07TR-1141
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アルバム

オリジナル・アルバム

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発売日タイトルレーベル規格規格品番
1965年3月5日 いしだあゆみ ステレオハイライト ビクターLPSJV-90
2008年12月17日CDVICL-63179
1969年4月25日ブルー・ライト・ヨコハマ コロムビア LPYS-10060-J
1970年11月25日何があなたをそうさせた
いしだあゆみヒット・アルバム
YS-10087-J
1971年6月10日砂漠のような東京でYS-10095-J
1972年3月10日スクリーン・ラヴ・テーマYS-10117-J
1972年12月10日 ファンタジーYS-10133-J
2013年7月24日CDCOCP-38116
1974年8月25日 美しい別れLPJDX-7033
2011年5月23日CDCORR-10712
1977年4月25日 アワー・コネクション[注釈 10]LPPX-7023
1990年1月21日 CDCA-4478
2007年4月18日COCA-71127
2013年7月24日COCP-38117
2022年1月26日UHQCDCOCP-41696
1981年11月21日 いしだあゆみALFALPALR-28032
2017年9月6日 GT musicCDMHC7-30051
2026年7月18日LPMHJL-511
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ライブ・アルバム

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発売日タイトルレーベル規格規格品番
1970年1月10日いしだあゆみ リサイタル コロムビア LPYS-10075-J
1973年3月25日あゆみ オン・ステージ
(1972年 新宿ムーランドール)
YS-10149-J
1973年7月25日あゆみ オン・ステージ
(1973年 帝国劇場)
PSS-10068〜69
2004年6月2日ブルー・ライト・ヨコハマ
いしだあゆみリサイタル1974
キングレコードCDKICS-2457
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ベスト・アルバム

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発売日タイトルレーベル規格規格品番
1985年12月21日いしだあゆみ ベスト・ヒット コロムビア CD32C31-7740
1989年12月21日あなたならどうするCA-4388〜89
1993年9月21日いしだあゆみ ベスト・セレクションCOCA-11041
1998年1月21日いしだあゆみ 筒美京平 ウルトラ・ベスト・トラックスCOCA-14812〜13
2003年1月1日コロムビア音得盤シリーズ いしだあゆみCOCA-70371
2004年4月21日いしだあゆみ・しんぐるこれくしょんCOCP-32665〜66
2006年6月28日ドーナツ盤メモリー いしだあゆみCOCA-71098
2008年8月20日 GOLDEN☆BEST いしだあゆみCOCP-35125
2017年7月26日UHQCDCOCP-40051
2014年4月23日いしだあゆみ・せれくしょん〜シングル・ヒッツ&モアCDCOCP-38481〜82
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CD-BOX

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発売日タイトルレーベル規格品番
2002年9月1日いしだあゆみ・これくしょん〜さすらいの天使コロムビアCOCP-31925〜30
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タイアップ曲

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年楽曲タイアップ
1964年だれだって一人じゃない東京12チャンネル系ドラマ『ハローCQ』主題歌
1965年アッちゃんNTV系ドラマ『アッちゃん』主題歌
わたしのことだけ朝日放送『クレハ・ホームソング』挿入歌
若い野ばら映画『若い野ばら』主題歌
1975年「崖」主題歌[注釈 12]NHK銀河テレビ小説『崖』主題歌
1985年羽衣天女『カメリアダイヤモンド』CMソング
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NHK紅白歌合戦出場歴

さらに見る 年度/放送回, 回 ...
年度/放送回 回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1969年/第20回初ブルー・ライト・ヨコハマ02/23千昌夫紅白歌合戦・初出場
1970年/第21回2あなたならどうする19/24舟木一夫
1971年/第22回3砂漠のような東京で16/25村田英雄
1972年/第23回4生まれかわれるものならば09/23青い三角定規
1973年/第24回5ブルー・ライト・ヨコハマ(2回目)02/22西郷輝彦
1974年/第25回6美しい別れ21/25春日八郎
1975年/第26回7渚にて21/24春日八郎(2)
1976年/第27回8時には一人で12/24橋幸夫歌詞の「男なんて女なんて」を「男なんて男なんて」「白なんて白なんて」と変えて歌唱
1977年/第28回9港・坂道・異人館16/24フランク永井紅白歌合戦・9年連続出場で一旦ストップ
1993年/第44回10ブルー・ライト・ヨコハマ(3回目)08/26渡哲也第1部トリ、紅白歌合戦・16年振りに復帰出場
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(注意点)

  • 対戦相手の歌手名の( )内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

出演

テレビドラマ

NHK
日本テレビ系
テレビ朝日系
TBSテレビ系
テレビ東京系
フジテレビ系

映画

舞台

バラエティほか

CM

脚注

参考文献

外部リンク

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