Dの複合

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日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 長編小説
Dの複合
清張が執筆のため宿泊し「浦島館」のモデルとなった、木津温泉の大正館(京丹後市)
清張が執筆のため宿泊し「浦島館」のモデルとなった、木津温泉の大正館(京丹後市
作者 松本清張
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 長編小説
発表形態 雑誌連載
初出情報
初出宝石1965年10月号 - 1968年3月号
出版元 光文社
挿絵 山藤章二
刊本情報
刊行 『Dの複合』
出版元 光文社
出版年月日 1968年7月25日
装幀 伊藤憲治
挿絵 山藤章二
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Dの複合』(ディーのふくごう)は、松本清張の長編推理小説光文社の月刊総合雑誌『宝石』に連載され(1965年10月号 - 1968年3月号、連載時の挿絵は山藤章二)、加筆訂正の上、1968年7月に光文社(カッパ・ノベルス)から刊行された。

日本各地に残る民俗説話の世界と、現代の怨念にまつわる連続殺人事件との複合を描くミステリー長編。『古代史疑』連載など著者が古代史への造詣を深め[1]、また古代史ブームが盛り上がりつつあった時期に刊行され、カッパ・ノベルス版は60万部に達するベストセラーとなった。

1993年にテレビドラマ化されている。

あまり売れない小説家・伊瀬忠隆は、天地社の雑誌「月刊 草枕」の依頼を受け、「僻地に伝説をさぐる旅」の連載を始めた。第1回は浦島太郎伝説の取材で、編集者の浜中三夫と丹後半島網野町を訪れるが、宿泊した木津温泉にて「近くの林の中に、一年前に殺された人間の死体が埋めてある。早く掘り出してください」と投書があったという奇妙な事件に遭遇する。明石市人丸神社紀淡海峡を経て取材旅行を終えた伊勢は、浜中の注文で投書の通知事件を旅の挿話として原稿に書き添えるが、その半月後、同じ現場から「第二海竜丸」と記された木片が発見される。

編集長の武田健策や社長の奈良林保から原稿の好評を受け、伊勢は浜中と連載第2回の取材に向かうが、京都の松尾神社の絵馬に、木津温泉の木片と同じ「海竜」の名前を見つけ、奇縁に驚く。するとその晩に木津温泉の雑木林から、白骨化した死体が発見されたとの報が入る。帰京後、二宮健一という男からファンレターが届き、気を良くしていた伊勢のもとに、坂口みま子と名乗る女性が現れ、第1回の取材旅行と第2回の取材旅行における移動距離が同じ350キロであることを指摘、数字に執着する奇想天外な問答に伊勢は巻き込まれる。

連載第3回は補陀落渡海の伝説の取材で千葉県の安房地域に向かうが、東京から下車した九重駅までのキロ数は135であり、35という数字の一致に、伊勢は数学的な痴呆症に罹ったような気持ちになる。取材旅行は不徹底に終わったものの、愛読者の二宮と面会できた伊勢だったが、伊勢の自宅周辺を見かけない変な男がうろうろし、留守中に坂口みま子が再び伊勢のもとを訪ねていたと妻から聞く。

しかし、伊勢は坂口みま子と再会することはできなかった。坂口みま子の絞殺死体が熱海で発見された。彼女は何故殺されなければならなかったのか。木津温泉の事件を書いた伊勢の文章に坂口みま子は興味を抱いたので、関連があるのだろうか。伊勢の連載への反響の中で、「僻地に伝説をさぐる旅」の企画を考えたのが誰なのかという質問をしたのは、坂口みま子と二宮健一だけだという。坂口みま子がこのような目にあった今、もしかすると二宮にもと、伊勢と浜中は成田市の二宮の自宅を訪れるが、二宮は不在であり、京都の運送会社を最近辞めていたと姉から聞く。

京都の運送会社で二宮は、藤村進という男と運転手をしており、木津温泉の事件の日、京都と山陰を結ぶ二人のトラックが付近を通過していたことに伊勢は気づく。藤村の出生地の鳥取県竹田村に向かい、藤村の過去を浜中と探索する中で、三朝温泉の照千代という芸者の存在を知る伊勢だったが、帰りの列車の車中に懸った地図に引かれた線を目にした時、35の数字の秘密の正体が明らかになる。

135×35の数字の秘密を、浜中は逸早く発見していたのではないのか。伊勢は浜中を追及するが、翌日から浜中は行先を告げないまま、こっそりと行動をはじめる。次の原稿はどうするのだろうか。心配になってきた伊勢のもとを武田編集長が訪れ、「僻地に伝説をさぐる旅」の連載打切りを告げる。伊勢はこの企画を出したのは誰かと聞くが、編集長の答えは煮え切らなかった。その翌日、武田は戸田村で水死体となって発見された。浜中と思うように連絡の取れない中、伊勢は独自の調査に着手し、135×35に関心を持つ職業の存在に気づく。

登場人物

  • 原作における設定を記述。
伊瀬忠隆(いせただたか)
流行らない小説家。練馬区上石神井の在住。
浜中三夫(はまなかみつお)
「月刊 草枕」の編集次長。船橋市在住。なにかと博学。
坂口みま子(さかぐちみまこ)
明石市柿本神社で伊瀬の出会った女性。静岡県大仁町三福在住。読者として伊瀬の自宅を訪ねる。
武田健策(たけだけんさく)
「月刊 草枕」の編集長。
奈良林保(ならばやしたもつ)
天地社の社長。株と不動産で資産を作った財産家。
二宮健一(にのみやけんいち)
「月刊 草枕」の読者。館山駅で伊瀬らに会う。成田市在住。
藤村進(ふじむらすすむ)
京都駅前の運送会社「京雲運輸」で二宮と共に運転手をしており、鳥取県東伯郡竹田村出身とされる男。
照千代(てるちよ)
三朝温泉の元芸者、本名は山本照子。千葉県出身。木更津甚句は十八番。
村田京太(むらたきょうた)
伊勢と浜中が三朝温泉を訪問した際に、藤村進の出身地の竹田村に案内した青年。
河合次郎(かわいじろう)
木津の農夫。「第二海竜丸」と記された木片の発見者。
大神彦造(おおがみひこぞう)
熱海警察署の刑事。
鎌野俊英(かまのとしひで)
千葉県第2区選出の衆議院議員。2年前に病気で亡くなった。
笠間豊二(かさまとよじ)
木材会社の常務取締役。元は鎌野議員の秘書。
海野竜夫(うんのたつお)
貨物船「宇美辰丸」の船長。
白石忠助(しらいしちゅうすけ)
貨物船「宇美辰丸」の機関長。

エピソード

  • 本作執筆のため著者は、1965年の夏に、木津温泉の旅館「ゑびすや」に滞在した。同旅館の「大正館」は小説中の「浦島館」のモデルとなり、2025年現在は「リブマックスリゾート 夕日ヶ浦木津温泉」として営業している。著者が宿泊した際、同旅館の主人は「まさか文豪が来るとは」と驚き、名物の魚介類は時期的においしい素材がなかったために心配したものの、著者は「あなたたちの家庭料理が食べたい」と答え、出された料理を不平一つ言わず食べていたという。著者は一日三回、朝昼晩と温泉に浸かり、6月初旬から2ヵ月近くにわたって、同旅館で自前の丹前を着て過ごしていたが、部屋の中が資料で雑然となったため、執筆には部屋の隣りの「休憩室」を使っていた。この休憩室は現在も「清張の書斎」として保管されており、予約により見学が可能となっている。窓からは田園風景と山、そのふもとに小さな神社が見え、小説に登場する死体発見の祠のモデルと推測されている[2]
  • 本作に登場する明石市内の旅館「人丸花壇」[3]は著者が宿泊した実在の宿であり、2025年現在も営業中である[4]
  • 小説中触れられる「ある評論家によると、文士という名に値する人は、高見順で終わったそうだが」[3]における評論家は、伊藤整を指している。また同じく小説中の「或る高名な作家の小説の題名」[5]は、井上靖の短編小説「補陀洛渡海記」を指すとされている[6]
  • 本作の執筆は、著者が明石市立天文科学館を訪問後、地図を見て思いついたことが構想の発端となった[7]。この時、分県地図や時刻表を広げて、見入る著者の顔はたのしそうであったと、本作の速記を担当した福岡隆は回顧している[8]。なお著者は、時刻表から350キロの符合を発見したのは「偶然」と答えている[9]
  • 連載時に描き込まれていた考古学や民俗学の記述は、カッパ・ノベルス版では、本筋と直接関係のない部分を中心に、一部割愛されている。また、連載時は「村田京太」の設定はなく、単行本化時に、その素性も含め、新たに設定された。さらに『松本清張全集 第3巻』(1971年、文藝春秋)では、殺人の実行者を減らし、犯人のラストの科白を変更するなどの改稿が加えられた(新潮文庫版(1973年)も同様)[10]

ギャラリー

関連項目

テレビドラマ

脚注・出典

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