オルペウス教讃歌
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背景
本書は内容から、2世紀末から3世紀初頭ごろ、小アジアで一人の人間が作ったと推定される[3]。
ただし、オルペウスの詩(オルペウスに仮託される詩)はそれ以前から流布していた[10]。アリストテレース[11][12]、パウサニアース[13][14][15]、パロス島大理石碑文[14]、デルヴェニ・パピルス[16]が詩の流布を伝えており、エウセビオスらギリシア教父や新プラトン主義者が散佚した詩を引用している[8][17]。本書以外にも『オルペウス教のアルゴナウティカ』などの詩が伝存する[1]。
本書は写本を通じて、ホメーロスの讃歌やカリマコス・プロクロスの讃歌と一緒に伝存した[3][4]。
ルネサンス期には、フィチーノが「古代神学」の観点から、本書含むオルペウス詩の翻訳を試みている[8]。ピコ・デラ・ミランドラは『900の提題』のうち31提題で本書を論じている[5][18]。
