フォーコート・オブ・ザ・スターズ

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グローマンズ・チャイニーズ・シアターの入口

フォーコート・オブ・ザ・スターズ(Forecourt of the Stars、「スターたちの前庭」)は、アメリカ合衆国ハリウッドにある映画館・グローマンズ・チャイニーズ・シアターの前庭である。ここは、ハリウッドスターを中心とする約300人の著名人の手形・足形が刻まれたセメントタイルが埋め込まれていることで知られている。

この慣習は、チャイニーズ・シアターを建設した興行師シド・グローマンによって始められたものである。劇場建設中に、誰かがまだ乾いていないセメントを誤って踏んでしまったの見たグローマンが、これはスターの記録を永久に残す良い手段だと考え、選ばれた映画界の著名人を招いて、セメントに手形・足形を残すことを始めた。そのセメントを踏んだのが誰なのかについては、グローマン自身が様々な話をしており、定かではない。少なくとも以下の5つのバージョンがある。

また、チャールズ・チャップリンがハリウッドに自分のスタジオを建てたときに、セメントの塊にサインを入れたのを、チャップリンの友人だったグローマンが真似たとする説もある[1]

人選はグローマン自身が行っていたが、グローマンの死後もこの慣習は続いており、人選の基準は公開されていない[2][3]

一覧

以下は、フォーコート・オブ・ザ・スターズに手形のある著名人を、手形が設置された順番に並べた一覧である。複数人のタイルの設置式典が同時に行われた場合は1行にまとめて書いているが、多くの場合、タイルはそれぞれの人物につき1枚ずつ設置されている。手形・足形以外のものがタイルに刻まれている場合は、それを後に記載している。

なお、グローマンの友人であるチャールズ・チャップリンのタイルは現存せず、第二次世界大戦後にチャップリンがアメリカの映画界から追放されたときにタイルも撤去されたという噂が流れているが、チャイニーズ・シアターによれば、そもそもチャップリンのタイルの設置自体が行われていない[1]

1920年代

メアリー・ピックフォードのタイル。1927年4月
ジョーン・クロフォードのタイル。1929年9月

1930年代

1936年10月にパネルが設置されたマーナ・ロイのように、多くの人が、シド・グローマンへの個人的なメッセージをセメントパネルに刻んでいる。ロイの最初の仕事は、グローマンの劇場でのダンサーだった。
マルクス兄弟のタイル。1933年2月
クラーク・ゲーブルのタイル。1937年1月

1940年代

カルメン・ミランダのパネル設置式典。1941年3月24日[6]
レッド・スケルトンのタイル設置の様子(1942年6月18日)[7]。左からシド・グローマン、レッド・スケルトン、妻のエドナ・スケルトン。「ジュニア」のキャラクターの靴の足形(グローマンが持っているもの)も一緒に刻まれた。
セシル・B・デミルのタイル。1941年8月

1950年代

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

2020年代

非公式

上記の一覧は「公式」の式典が行われて前庭にタイルが設置されたものであるが、それ以外に「非公式」のタイル設置式典が行われることがある。式典自体はチャイニーズ・シアターの前庭で公式のものと全く同様に行われるが、タイルは前庭に設置されない。これらは、映画やイベント、商品などのプロモーションの一環として行われるものである[1]

脚注

関連項目

外部リンク

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