光貞秀俊

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光貞 秀俊(みつさだ ひでとし、1970年12月29日 - )は、日本レーシングドライバー大阪府出身。

  • 身長:171cm
  • 体重:61kg
  • 血液型:Rh+ O型

子供の頃にレーシングカートを始める。全日本カート参戦時は本山哲中野信治と戦うが[1]、参戦資金難から一時レース活動を休止。音楽にも興味があったためバンド活動が中心の生活となった。

1988年のF1日本GPを見て一念発起。本田技研工業鈴鹿製作所で働きながら資金を貯め、FJ1600にデビュー。1991年に全日本F3選手権にステップアップした。3年目の1993年にF3初優勝を挙げる。その後、国内トップカテゴリーである全日本F3000選手権全日本GT選手権(JGTC)などで活躍する。

1997年にスポット参戦した全日本ツーリングカー選手権最終戦インターTEC富士)で、マシントラブルのためAコーナーに乗り上げて腰椎と右足脛部を骨折する重傷を負った。その後、治療とリハビリテーションで負傷を克服し、再び全日本選手権フォーミュラ・ニッポンやJGTCで活躍。1998年と2000年には国際F3000選手権にも挑戦し、2000年にはF1マイルドセブン・ベネトンのテストドライバーとして契約を結んだ。しかし、実際にはF1マシンテストの機会は皆無に等しかった。同年のJGTC 第5戦から中子修に代わって無限×童夢プロジェクトのドライバーとして参戦し、パートナーの道上龍のドライバーズタイトル獲得に大きく貢献した。

2020年現在は、J SPORTSで放送されるSUPER GT中継の解説者も務めている。

またRCカーのドライバーとしても知られ、2016年にRCカーパーツメーカー『AXON(アクソン)』を代表として立ち上げて活動している。

レース戦績

脚注

外部リンク

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