影山正美

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生誕 (1967-05-02) 1967年5月2日(58歳)
身長 178 cm (5 ft 10 in)
影山 正美(Masami Kageyama)
かげやま まさみ
生誕 (1967-05-02) 1967年5月2日(58歳)
職業 レーシングドライバー
身長 178 cm (5 ft 10 in)
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影山 正美(かげやま まさみ、男性、1967年5月2日 - )は、神奈川県藤沢市出身のレーシングドライバー。血液型はRh+B型。元レーシングドライバーの影山正彦は実兄。

兄・正彦のマネージャーからドライバーに転身し、富士スピードウェイでレースデビューを果たした。結果は予選23位、決勝7位入賞というジャンプアップであった。

若手ドライバーがレースキャリアをスタートさせる登竜門として知られていた富士フレッシュマン・シリーズに初参戦。1989年に日産ザウルスカップ(ジュニア・フォーミュラ)でフォーミュラカー・レースにデビュー。1990年に新設されシリーズ初年度であったフォーミュラ・トヨタ・シリーズにステップアップすると、全4戦中3勝を挙げシリーズの初代チャンピオンとなった。同年の影山は全日本F3選手権にもダブルエントリーし、上位カテゴリーとなるF3にもデビューした。当時F3では少数派となっていた日産・CA18Dエンジンで健闘を見せた。同年の全日本F3で全戦を日産エンジンで戦ったのは影山が唯一であった。1991年と1994年にはマカオグランプリF3にも参戦した。

高い完走率と1994年の全日本F3選手権シリーズ2位の成績を有望と見なされ、後にF1ドライバーとなる高木虎之介中野信治と、影山の3名に全日本F3000選手権(後にフォーミュラ・ニッポンと改称)の第7戦鈴鹿ラウンドに参戦する機会を与えられた。1995年、ヨコハマ・アドバン・タイヤワークス・ドライバーとしてF3000シリーズにフル参戦。第7戦の十勝では3位表彰台を獲得する。1998年にはシリーズ2位にランクし、シリーズにおけるキャリアハイの成績を収めた。スタンディング・スタートにおける抜群の瞬発力は「ドルフィン・キック」と評され、日本を代表するトップ・ドライバーの一人となっていった。

1989年、当時ツーリングカーの最高位とされていた全日本ツーリング選手権(グループA)に参戦した。また、1995年からの3年間、ヨコハマ・アドバン・タイヤのワークス・ドライバーとして参戦した全日本ツーリングカー選手権(JTCC)においても、後にル・マン24時間を9度制覇しルマン・マイスターと呼ばれるようになるレジェンド、トム・クリステンセンを相手に健闘を示した。

1990年からN1耐久シリーズ(1995年にスーパー耐久シリーズと改称)に参戦し、1992年と2007年にはチャンピオンを獲得した。N1耐久には毎年恒例となっている24時間レースがあり、十勝インターナショナル・スピードウェイで行われているこのレースに8回参戦し、2度の優勝と3度の2位を獲得。彼のチームは常に完走を果たしており、走りぬくことが難しいとされるこのレースにおいて好成績を収めている。

1998年GT500シリーズチャンピオン獲得車両(ペンズオイル ニスモGT-R

グループAは体制を新しくし、1994年に全日本GT選手権と改称された(2005年にSUPER GTと改称)。1997年にはシリーズ2位となり、日産のワークスドライバーとなった翌1998年にはチームメイトの元F1ドライバー、エリック・コマスと共に日産GT-Rでシリーズ・チャンピオンを獲得した。その後、2000年にシリーズ2位、2003年にシリーズ3位を獲得し、2004年に通算9勝でGT最多勝ドライバーとして表彰を受けた。2005年以降、日産の若手ドライバー育成及び車両開発プロジェクトの一翼を担うようになり、GT300クラスに350Zで参戦。

高い開発能力を買われ、韓国ハンコックタイヤから開発を依頼され、2008年はハンコックのワークス・ドライバーとして参戦した。同年はシリーズ最多出場ドライバーとして、111戦の参戦という功績を讃えられ、再びSUPER GTより表彰された。

海外レースへの参戦では、5回に及ぶル・マン24時間レースへの参戦が挙げられる。同レースには1996年にトヨタの若手育成プログラムの一員として初参戦して以後、1998年と1999年に日産ワークス・チームの一員としてチーム・メイトである元F1ドライバー、鈴木亜久里と共に参戦した。2000年及び2008年にもル・マンに参戦し、第68回大会である2000年にはLMP1クラスで6位という自身の参戦中最高位を獲得した。

2014年時点での全日本GT選手権・SUPER GTを通じて唯一21年連続参戦ドライバーであった。また、ポルシェ・カレラカップジャパン(PCCJ)のオフィシャルアドバイザー、ポルシェ・レーシングエクスペリエンス(PRE)チーフインストラクター、ポルシェGT3チャレンジカップ(GT3CC)個人アドバイザーなどを務めている。

レース戦績

関連項目

外部リンク

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