北星駅
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 北星駅 | |
|---|---|
|
駅舎(2017年10月) | |
|
ほくせい Hokusei | |
![]() | |
| 所在地 | 北海道名寄市智恵文北星 |
| 駅番号 | ○W50 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | ■宗谷本線 |
| キロ程 | 89.3 km(旭川起点) |
| 電報略号 | ホク |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
2人/日 -2014年- |
| 開業年月日 | 1959年(昭和34年)11月1日 |
| 廃止年月日 | 2021年(令和3年)3月13日[JR北 1][JR北 2][新聞 1] |
| 備考 | 無人駅 |
北星駅(ほくせいえき)は、北海道(上川総合振興局)名寄市智恵文北星にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅(廃駅)である。電報略号はホク。事務管理コードは▲121821[1]。駅番号はW50。
年表
宗谷本線での気動車運転開始に伴い各地に新設された駅のひとつである。
大正時代、付近の北山地区に入植者が相次ぎ、戦後の緊急入植も合わせて1950年(昭和25年)頃には70戸ほどに増えたことから、駅設置の陳情があり、1956年(昭和31年)にはいわゆる仮乗降場として設置された記録がある[2][3]。1959年(昭和34年)11月1日には、他の旭川鉄道管理局内の仮乗降場とともに気動車による旅客のみを取り扱う無人駅として正式に開業している[4]。
もともと仮乗降場であり、気動車による旅客のみ取扱いで客車列車が通過していた経緯もあり[4]、廃止時点で一部の上り普通列車は通過していた[5]。

- 1956年(昭和31年)7月1日:日本国有鉄道(国鉄)宗谷本線智東駅 - 智恵文駅間に北星仮乗降場[注 1]として設置[2][3]。
- 1959年(昭和34年)11月1日:同日付で北星駅(旅客駅)として新設開業(昇格)[6][3][7]。気動車による旅客のみ取扱いの無人駅[4]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 2016年(平成28年)10月2日:北海道新聞により、JR北海道が名寄市に対し廃止の意向を伝えていた旨が報道される[新聞 2]。
- 2019年(令和元年)12月3日:JR北海道が沿線自治体に対し、宗谷本線活性化推進協議会を通じて当駅含む29駅[注 2]について、自治体による維持管理もしくは費用負担による存続か、2021年(令和3年)3月での廃止かの方針を2020年3月までに報告するよう要請[新聞 3]。
- 2020年(令和2年)
- 2021年(令和3年)3月13日:利用者減少に伴い、同日のダイヤ改正にて廃止[JR北 1][JR北 2][新聞 1][新聞 8]。
駅名の由来
所在する集落の名称より。名寄市の北部にあることから当初「北山」と通称されていたが[7]、この「北」の字と輝く「星」の2字を合わせ「北星」という地名となり、駅設置にあたりこの名称が用いられた[6][7]。
駅構造
線路の北東側(稚内方面に向かって右手側)に木製の単式ホーム1面1線を有する地上駅であり、分岐器を持たない棒線駅であった[10]。ホームの稚内方にスロープが設けられ、施設外へ通じていた[11][12]。
開業時からの無人駅(名寄駅管理)で、ホームから少し離れた位置に下見板張り木造の待合所を有し[11]、外壁には「毛織の北紡」と記載された赤い広告看板が掲示されていた[11]。かつてはホーム側から見て待合所の左手側に、便器が取り外されていた木造の小さなトイレがあったが[13][14]、2010年(平成22年)までに撤去された[13]。
「毛織の北紡」のホーロー看板は、かつて旭川市内にあった羊毛紡績の会社「北紡[注 3]」のもので、開設当時から木造の待合室に掲げられていた[新聞 9]。智恵文地区でも昭和初期から羊毛用の羊の飼育が盛んであり、1940年代後半には全国的に知られるようになった[新聞 9]。
- ホーム(2017年10月)
- 駅名標(2017年10月)
利用状況
仮乗降場としての開設直後の1956年(昭和31年)時点で、登校の児童生徒など1日平均約30人の利用があったとされている[15]。
廃止直前までの乗車人員の推移は以下のとおり。「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
| 年度 | 乗車人員 | 出典 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 年間 | 1日平均 | JR調査 | |||
| 1978年(昭和53年) | 8.0 | [16] | |||
| 1992年(平成4年) | (0) | [12] | 乗降人員0人 | ||
| 2013年(平成25年) | (1) | [17] | 乗降人員1人 | ||
| 2014年(平成26年) | (1) | 乗降人員1人 | |||
| 2015年(平成27年) | 1名以下 | [JR北 3] | |||
| 2016年(平成28年) | 0.6 | [JR北 4] | |||
| 2017年(平成29年) | 0.4 | [JR北 5] | |||
| 2018年(平成30年) | 0.2 | [JR北 6] | |||
| 2019年(令和元年) | 0.2 | [JR北 7] | |||
| 2020年(令和2年) | 1.2 | [JR北 8] | 営業最終年度 | ||
