芦川駅 (北海道)
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| 芦川駅 | |
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跡地。機器室は残っている(2005年5月) | |
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あしかわ Ashikawa | |
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| 所在地 | 北海道天塩郡豊富町字芦川 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | 宗谷本線 |
| キロ程 | 226.6 km(旭川起点) |
| 電報略号 | シハ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1926年(大正15年)9月25日[1] |
| 廃止年月日 | 2001年(平成13年)7月1日[2] |

芦川駅(あしかわえき)は、北海道(宗谷支庁)天塩郡豊富町字芦川にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅(廃駅)である。電報略号はシハ。事務管理コードは▲121846[3]。
駅名の由来
- 1926年(大正15年)9月25日:鉄道省天塩線幌延駅 - 兜沼駅間延伸開業に伴い開業[4][5][6]。一般駅[1]。
- 1930年(昭和5年)4月1日:天塩線を宗谷本線に編入、それに伴い同線の駅となる[6]。
- 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1962年(昭和37年)5月1日:公衆電報の取り扱い廃止[7]。
- 1977年(昭和52年)5月25日:貨物取り扱い廃止[8]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物取り扱い廃止[9][10]。
- 1984年(昭和59年)11月10日:無人駅となる。出札・改札業務を停止[11]。閉塞扱いの運転要員は継続配置。
- 1986年(昭和61年)11月1日:CTC(電子閉塞)導入に伴う合理化により交換設備を廃止。同時に運転無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR北海道の駅となる[1]。
- 2001年(平成13年)7月1日:利用者僅少のため廃止となる[2][6]。
2000年4月時点で、当駅を発着する列車は稚内方面が1日朝夕計2本、名寄方面が朝1本、昼1本、夕2本の計4本であった。一部の普通列車が当駅を通過した。
和人の入植後に当地を流れるモサロベツ川のアイヌ語名「モサロマペッ(mo-saromapet)」(小さい〔支流の〕・サロベツ川)から前半をとり、当地は「モサロ(茂佐呂)」と命名されたが、駅名は「サロベツ」のアイヌ語による原名「サロマペッ(sar-oma-pet)」(芦原・にある・川)を意訳して「芦川」と名付けた[5][12][13][14]。
このため、地名や学校名としての「モサロ(茂佐呂)」は駅開業と同年に「芦川」に改称され消滅している[12]。
駅構造
かつてはホームが千鳥式に配置された相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であったが[15]、廃止時点で交換設備が廃止され、線路の東側(駅舎側)に単式ホーム1面1線を有する分岐器を持たない棒線駅となっていた[13]。
交換設備が設置されていたころは駅舎側(東側)ホーム(1番線)南側と対向ホーム(2番線)北側を結ぶ構内踏切が設置されていた[15]。そのほか1番線の旭川方から分岐し駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[15]。交換設備運用廃止後は、使われなくなった2番線の線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲していた[13]。
駅舎は末期はヨ3500形車掌車[16]を改造した貨車駅舎となっていた[13]。ホームの有効長は1番線、廃止された2番線共に50mであった[15]。
隣の兜沼駅近くの民家敷地内に廃止当時の駅舎として使われていた貨車駅舎が移設保存されている。

