下沼駅

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所在地 北海道天塩郡幌延町字下沼
北緯45度2分13.5秒 東経141度45分29秒 / 北緯45.037083度 東経141.75806度 / 45.037083; 141.75806 (下沼駅)座標: 北緯45度2分13.5秒 東経141度45分29秒 / 北緯45.037083度 東経141.75806度 / 45.037083; 141.75806 (下沼駅)
駅番号 W73
所属路線 宗谷本線
下沼駅
駅舎(2021年9月)
しもぬま
Shimonuma
W72 幌延 (7.8 km)
(8.7 km) 豊富 W74
所在地 北海道天塩郡幌延町字下沼
北緯45度2分13.5秒 東経141度45分29秒 / 北緯45.037083度 東経141.75806度 / 45.037083; 141.75806 (下沼駅)座標: 北緯45度2分13.5秒 東経141度45分29秒 / 北緯45.037083度 東経141.75806度 / 45.037083; 141.75806 (下沼駅)
駅番号 W73
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 207.2 km(旭川起点)
電報略号 モマ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1926年(大正15年)9月25日[1]
備考 無人駅
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下沼駅(しもぬまえき)は、北海道宗谷総合振興局天塩郡幌延町字下沼にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。電報略号モマ事務管理コードは▲121843[2]駅番号W73

駅名の由来

1977年の下沼駅と周囲約500m範囲。上が稚内方面。相対式ホーム2面2線と駅舎横の稚内側に貨物積卸場と引込み線がある。ストックヤードは無い。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

現在のパンケ沼を指すアイヌ語の「パンケト(panke-to)」(下流側の・沼)の意訳に由来する[8][9][10][11]

一帯の地名ももとは「下サロベツ」と称していたが、駅開業後の1959年(昭和34年)の字名改正で周辺の雑多な地名とともに統合され「下沼」となった[11][12]

駅構造

単式ホーム1面1線を有する地上駅幌延町管理の無人駅

1984年(昭和59年)の合理化以前は相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であったが[13][注釈 4]、線路の西側のホーム[注釈 5]を残し、分岐器を持たない棒線駅とされた[14][14]。ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲している[14]

駅舎は構内の南西側に位置しホーム南側に接している[14]。無人化後の1985年(昭和60年)にはヨ3500形車掌車を改造した貨車駅舎が旧駅舎の基礎上に設置されている[15][14][9]。トイレは無い[9]。駅舎は地元の住民の私費で設置した花壇や看板、旅行者の置き土産により装飾されている[新聞 2][幌延町 5]。また、外装は2017年(平成29年)6月から8月にかけて幌延町による「マイステーション運動」の一環として、町が制作した本駅のイメージキャラクター「ぬまひきょん」をイメージし修繕された[新聞 2][新聞 5][新聞 6]

利用状況

かつては当駅から南下沼駅(2006年廃止)近くの学校(小中学校とも1982(昭和57)年3月閉校)まで通学に使用された[新聞 2]

乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

乗車人員推移
年度 乗車人員(人) 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1966年(昭和41年) 21,763 (59.6) [16]
1978年(昭和53年) 16 [17]
1981年(昭和56年) (22.0) [13] 1日乗降客数44人
1992年(平成4年) (8.0) [14] 1日乗降客数16人
2015年(平成27年) 「1名以下」 [JR北 2]
2016年(平成28年) 0.2 [JR北 3]
2017年(平成29年) 0.4 [JR北 4]
2018年(平成30年) 0.4 [JR北 5]
2019年(令和元年) 0.4 [JR北 6]
2020年(令和2年) 0.4 [JR北 7]
2021年(令和3年) 0.2 [JR北 8]
2022年(令和4年) 0.0 [JR北 9]
2023年(令和5年) 0.2 [JR北 10]
2024年(令和6年) 0.2 [JR北 11]

駅周辺

パンケ沼と利尻富士(2007年8月)

西側は牧草地と少数の住居・牛舎などの酪農施設・寺院が点在し、その先の防風林の向こうには広大な下サロベツ原野が広がる。東側は線路に沿って鉄道林がのび、林の先は丘陵地となっている。

  • 湧水サロベツ 権左衛門 - 地元の有志によって管理されている誰でも自由に汲むことの出来る湧水地。駅から西に徒歩1分。約100m。駅前通り沿い北側にある[9][幌延町 6]
  • 下沼の湧水 - 駅からパンケ沼方面へ600m[幌延町 6]
  • 法昌寺
  • 国道40号(天塩国道) - 上記鉄道林と丘陵地との間を、宗谷本線と平行に通っている。
  • 名山台展望公園 - 利尻富士日本海サロベツ原野の広大な風景を一望できる展望台[9]。駅から北に徒歩15分。直線距離で約0.5km[13]。国道40号沿い。
  • サロベツ原野(下サロベツ原野) - ラムサール条約登録の泥炭湿地の広大な原野。駅から西に約1.5km[13]
  • パンケ沼(パンケ沼園地) - 下サロベツ原野の中にある大きな沼。駅から西に徒歩30分以上。約2.0km[13]
  • 幌延ビジターセンター - サロベツ原野の動植物や湿原の成り立ちに関する展示コーナーなどがある案内施設。夜間及び冬季は閉鎖。少し離れたところに無料展望台がある。駅から徒歩1時間15分。パンケ沼園地から続く木道散策路を経由し約5km。

その他

羽幌線計画と当駅

後に羽幌線の一部となる、改正鉄道敷設法別表第144号における「天塩国羽幌ヨリ天塩ヲ経テ下沙流別付近ニ至ル鉄道」の建設前の1927年(昭和2年)、分岐点について、立憲政友会は稚内方面への連絡を意図して当駅での分岐、憲政会は下沼駅付近の地盤が軟弱であることを理由に幌延駅での分岐を支持した[18]

こうした経緯もあり、1927年(昭和2年)8月に、幌延村長高橋文之助から農林政務次官東武(あずまたけし、立憲政友会所属)に宛てた陳情書の中に「遠別線鉄道促成ノ件 下沼・遠別間二十一里ノ遠別線鉄道ヲ昭和3年度着手、昭和7年度ニ完成セラレ度」として、分岐点を当駅とする旨の記述が見られる[幌延町 7]

その後、1929年(昭和4年)には村会をはじめ村内で分岐点をめぐる論争が活発となり、9月の村会では、分岐駅を幌延駅とする建議案が否決されている[幌延町 7]

しかし、最終的には幌延駅を分岐点とする線路測量が行われ、1935年(昭和10年)6月30日に幌延駅 - 天塩駅間が開通している[幌延町 7]

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
幌延駅 (W72) - *南下沼駅 - 下沼駅 (W73) - 豊富駅 (W74)
*打消線は廃駅[5]

脚注

関連項目

外部リンク

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