兜沼駅

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地 北海道天塩郡豊富町字上サロベツ619
北緯45度13分12.9秒 東経141度41分50秒 / 北緯45.220250度 東経141.69722度 / 45.220250; 141.69722座標: 北緯45度13分12.9秒 東経141度41分50秒 / 北緯45.220250度 東経141.69722度 / 45.220250; 141.69722
駅番号 W76
所属路線 宗谷本線
兜沼駅
駅舎(2017年10月)
かぶとぬま
Kabutonuma
W74 豊富 (15.0 km)
(5.8 km) 勇知 W77
所在地 北海道天塩郡豊富町字上サロベツ619
北緯45度13分12.9秒 東経141度41分50秒 / 北緯45.220250度 東経141.69722度 / 45.220250; 141.69722座標: 北緯45度13分12.9秒 東経141度41分50秒 / 北緯45.220250度 東経141.69722度 / 45.220250; 141.69722
駅番号 W76
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 230.9 km(旭川起点)
電報略号 カマ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
6人/日
-2014年-
開業年月日 1924年(大正13年)6月25日[1]
備考 無人駅
テンプレートを表示

兜沼駅(かぶとぬまえき)は、北海道宗谷総合振興局天塩郡豊富町字上サロベツ[2]にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。電報略号カマ[3]事務管理コードは▲121847[4]駅番号W76

年表

1977年の兜沼駅と周囲約500m範囲。左が稚内方面。国鉄型配線の2面3線と駅舎横名寄側に貨物積卸場と引込み線がある。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
  • 1924年大正13年)6月25日鉄道省天塩北線稚内駅(現・南稚内駅) - 当駅間開通に伴い開業[5][6][7]一般駅[1]
  • 1926年(大正15年)9月25日:幌延駅 - 当駅間延伸開業に伴い中間駅となる。また天塩南線と天塩北線を統合し線路名を天塩線に改称、それに伴い同線の駅となる[6]
  • 1930年昭和5年)4月1日:天塩線を宗谷本線に編入、それに伴い同線の駅となる[6]
  • 1949年(昭和24年)6月1日公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1982年(昭和57年)3月29日:貨物扱い廃止[1]
  • 1984年(昭和59年)
  • 1986年(昭和61年)11月1日:電子閉塞化に伴い完全無人化[8]
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる[1]
  • 1988年(昭和63年):駅舎改築[2]
  • 2019年令和元年)12月3日:JR北海道が宗谷本線沿線自治体に、当駅含む1日平均乗降人員3名以下の駅について、自治体による維持管理もしくは費用負担による存続か、2021年(令和3年)3月での廃止かの方針を2020年3月までに報告するよう要請[新聞 2]
  • 2021年(令和3年)4月:豊富町による維持管理に移行[JR北 1][新聞 3]
    • 豊富町では当駅の存続について、同年8月の北海道新聞の取材に対し「稚内の高校に通う2人の生徒が卒業する再来年度(注:2023年度)以降は未定」としている[新聞 4]
  • 2025年(令和7年)3月15日:それまで日本最北端の木造駅舎であった抜海駅が廃止[JR北 2]。これに伴い、当駅が日本最北の木造駅舎を有する駅となる[新聞 5]

駅名の由来

現在の兜沼にあたる沼は明治期の地図に「ペライサルトー」と書かれていることから、アイヌ語では「釣りをする・ヨシ原の・沼」の意である「ペライサㇽト(peray-sar-to)」と呼ばれたと考えられている[9][10][11]

沼は和人入植後、「サロペットウ[12]」「サルベットウ[11]」「サロベツ湖[13]」などの名称で呼ばれ、沼のほとりに出来た和人入植地も「沼の端[12][11]」の和名で呼ばれていたが、駅名は駅から見た沼の形が鍬形に似ていることから「兜沼駅」と命名されることとなり[13][14][9][12][15][10][11]、地区名や沼の名も兜沼と呼ばれるようになった[12]

駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅[16]。1番線の北側に駅舎を有し、互いのホームは旭川方の構内踏切で連絡している[16]

そのほか1993年(平成5年)3月時点では1番線の旭川方から分岐し駅舎西側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[16]。また、1983年(昭和58年)4月時点では対向側ホーム外側への副本線を1線、その稚内方から分岐した行き止りの側線を1線有していた[17]。この副本線と側線は1993年(平成5年)3月までには撤去された[16]。この時点では2番線は下り専用ではなく待避線も兼ねた上下共用であった[17]

豊富町管理の無人駅有人駅時代の駅舎は改築され、外壁がサイディング張りになった小さな駅舎が建築されている[16]。駅舎内にトイレを有する[18]

のりば

番線路線方向行先
1 宗谷本線 上り 幌延名寄方面
2 下り 稚内方面

利用状況

乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

乗車人員推移
年度 乗車人員(人) 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1978年(昭和53年) 69 [19]
1981年(昭和56年) (30.5) [17] 一日平均乗降客数61人
1992年(平成4年) (17.0) [3] 一日平均乗降客数34人
2015年(平成27年) 「10名以下」 [JR北 3]
2016年(平成28年) 4.4 [JR北 4]
2017年(平成29年) 3.6 [JR北 5]
2018年(平成30年) 2.6 [JR北 6]
2019年(令和元年) 1.8 [JR北 7]
2020年(令和2年) 1.8 [JR北 8]
2021年(令和3年) 2.4 [JR北 9]
2022年(令和4年) 2.2 [JR北 10]
2023年(令和5年) 1.8 [JR北 11]
2024年(令和6年) 1.8 [JR北 12]

駅周辺

当地は豊富町の和人入植がはじまった最初の地であり、またその以前から「音吉」と通称されたアイヌの男性の居住があり、和人の入植時に案内も務めた[11]

兜沼の畔に位置し、ホームからは兜沼が一望出来る[18]利尻富士も望める[18]

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
豊富駅 (W74) - *徳満駅 (W75) - *芦川駅 - 兜沼駅 (W76) - 勇知駅 (W77)
*打消線は廃駅[7]

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI