問屋町 (川越市)
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歴史
江戸時代に川越が新河岸川の水運を生かして農産物の集積地となると、卸業者も数を増やしていった[7]。その後明治時代に陸上輸送へと移行、さらに第二次世界大戦後にモータリゼーションが進行すると城下町特有の狭隘な道路が障害となったため、卸業者有志が市内中心部から郊外への移転を画策した[7]。
1968年(昭和43年)10月に地元の卸業者26社による協同組合が設立され[8]、集団移転する卸売団地の候補地として大字伊佐沼の市有地63,095平方メートル[4]について市に申請を行った[7]。1971年(昭和46年)には土地売買契約を締結[7]、3月から造成が開始され[9]、翌1972年(昭和47年)10月までに総額16億円を投じて完成した[4]。この時点で団地内の地名は問屋町とされた[7][10]。その後、埼玉中央卸商団地と改称された[4][7][注釈 1]。
1978年(昭和53年)2月1日、卸売団地および隣接する大字松郷の一部を含む73,200平方メートルの区域が、町名地番整理によって正式に問屋町となった[7][11][6]。その後1988年(昭和63年)までに団地の拡張が行われ[7]、1990年(平成2年)3月1日に問屋町に編入された[12][13]。
1978年の町名地番整理時点では人口は1人で[6]、1世帯があったと記録されているが[11][6]、2025年時点での世帯数・人口は0である[1]。
小・中学校の学区
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 問屋町 | 全域 | 川越市立川越第一小学校 | 川越市立川越第一中学校 |