尾張瀬戸駅

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所在地 愛知県瀬戸市山脇町12-1
北緯35度13分30秒 東経137度5分49秒 / 北緯35.22500度 東経137.09694度 / 35.22500; 137.09694座標: 北緯35度13分30秒 東経137度5分49秒 / 北緯35.22500度 東経137.09694度 / 35.22500; 137.09694
所属路線 瀬戸線
尾張瀬戸駅*
3代目駅舎(2020年11月)
おわりせと
OWARI SETO
ST19 瀬戸市役所前 (1.2 km)
所在地 愛知県瀬戸市山脇町12-1
北緯35度13分30秒 東経137度5分49秒 / 北緯35.22500度 東経137.09694度 / 35.22500; 137.09694座標: 北緯35度13分30秒 東経137度5分49秒 / 北緯35.22500度 東経137.09694度 / 35.22500; 137.09694
駅番号 ST20
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 瀬戸線
キロ程 20.6 km(栄町起点)
駅構造 地上駅
ホーム 頭端式 1面2線
乗降人員
-統計年度-
6,840人/日
-2021年[1]-
開業年月日 1905年明治38年)4月2日
備考 特殊勤務駅(駅集中管理システム導入駅)
* 1921年大正10年) 瀬戸駅から改称。
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尾張瀬戸駅(おわりせとえき)は、愛知県瀬戸市山脇町にある名古屋鉄道(名鉄)瀬戸線。同線の終着駅である。駅番号ST20。通称は尾張をつけず、単に瀬戸駅である[2]

年表

1905年明治38年)、瀬戸線開業時に、瀬戸側の起点となる瀬戸駅として開業した。開業当時は、旅客以上に、地元で生産される瀬戸焼出荷の拠点としての役割を担った。1921年大正10年)には、尾張瀬戸駅に名称が変更された。

その後、1978年昭和53年)、栄町乗入れ工事に伴い、貨物の取り扱いが廃止された。このとき、運用車両の増加に対応するため、元の貨物側線が電留線として整備された。電留線については、後述の総合改善事業実施に伴い、2002年平成14年)までに配線変更が行われた。

駅舎は大正時代以来の2代目駅舎が長く使用され続けていたが老朽化が進んだため、国土交通省の鉄道駅総合改善事業として事業主体となる第三セクター方式の尾張瀬戸駅整備株式会社を2000年平成12年)1月12日に設立し[3]、駅前公共施設パルティせと2005年(平成17年)2月19日開設)やバスターミナルの整備を合わせて、再開発が行われ、2001年(平成13年)、現在地に移転した。2005年(平成17年)の愛・地球博開催時は、当駅より名鉄バスが担当するシャトルバスが出て、会場への拠点駅の一つとしての役割を担った。2代目駅舎は2005年(平成17年)にオープンした瀬戸蔵ミュージアム内に一部復元のうえ展示されている。

駅構造

頭端式ホーム1面2線を有する地上駅。ホームの有効長は6両相当分。ホーム転落防止柵LED発車標などが設置されている。

環境モデル駅として、電力には太陽光パネル発電を、水洗トイレには雨水も使用している[9]

のりば
番線路線行先
1・2 ST 瀬戸線 栄町ゆき[10]

駅舎は線路終端の東側にあり、陶都瀬戸をイメージした登り窯の形をしている。駅舎は瀬戸市の商業文化複合施設パルティせとと接続している。駅舎内にも、時計修理店がある(当初は、サンコス)。

特殊勤務駅で、自動券売機自動改札機、LED式発車標などの設備がある。窓口営業時間は7:00 - 12:00、13:00 - 20:00である。

かつて、高砂殿のテレビCM撮影に使われたことがある。SKE48の『バンザイVenus』のPV撮影も当駅で行われている。[要出典]

ホーム北側には留置線が2本あり、運用車両のうち半数ほどが滞泊する。通常、日中は2編成が留置されている。この留置線の北側には、貨物取扱の設備跡が見られる。

2001年平成13年)には駅舎がやや東側に移転した。旧駅舎は現在より西寄りにあり、現在のホームのある位置には留置線と貨物取扱設備があった。

配線図

尾張瀬戸駅 構内配線略図
尾張瀬戸駅 構内配線略図
大曽根・
栄町方面
凡例
出典:[11]


駅周辺

隣接するパルティせと
銀座通り商店街

瀬戸市内では、毎年陶祖まつり(春)とせともの祭(秋)、来る福招き猫まつりが開催されており、当駅は会場の最寄り駅となっている。

バス路線

最寄停留所は、駅北東のバスターミナルにある瀬戸駅前である。以下の路線が乗り入れ、名鉄バスにより運行されている。なお、2009年9月まではジェイアール東海バスによる一般路線バスの運行もあった。発着する路線と乗り場は以下の通り[12]

名鉄バス

乗り場 運行事業者 路線名 系統・行先 備考
1 名鉄バス 東山線 【16】瀬戸駅前(循環)
【16】原山台東 夜のみ
【16H】瀬戸駅前(循環)
【17H】菱野団地方面(循環) 菱野団地循環後は、新瀬戸駅まで運行
【18H】愛・地球博記念公園 土休日ダイヤのみ運行
2 【43】藤が丘 本地口経由
本地ヶ原線 【36】名鉄バスセンター 基幹バス
【50】藤が丘 本地・四軒家経由
【51】藤が丘 本地・愛知医科大学病院・四軒家経由
【52】愛知医科大学病院
3 しなの線 【1】【1H】【4】しなのバスセンター
【2】【2H】【3】上品野 しなのバスセンター経由
本地ヶ原線 【10】赤津 古瀬戸経由
東山線 【11】赤津 一里塚経由
【12】赤津 にじの丘学園・一里塚経由
【13】にじの丘学園
4 【17H】新瀬戸駅 陶生病院経由
しなの線 【1】【2】新瀬戸駅
【1H】【2H】新瀬戸駅 陶生病院経由

コミュニティバス

利用状況

  • 「移動等円滑化取組報告書」によれば、2020年(令和2年)度の1日平均乗降人員は6,589人である[13]
  • 『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると2013年(平成25年)度当時の1日平均乗降人員は9,062人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中46位、瀬戸線(20駅)中7位であった[14]
  • 『名古屋鉄道百年史』によると1992年(平成4年)度当時の1日平均乗降人員は14,682人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中27位、瀬戸線(19駅)中3位であった[15]
  • 『名鉄 1983』によると、1981年(昭和56年)度当時の一日平均乗降人員は14,988人であり、この値は名鉄全駅中22位であった[16]
  • 『岡崎市戦災復興誌』掲載の統計資料によると、1948年(昭和23年)11月1日 - 1949年(昭和24年)4月30日間の半期における一日平均乗降人員は6,292人であり、この値は名鉄全駅中9位であった[17]

瀬戸市統計書によると、当駅の一日平均乗車人員は以下の通り推移している(データは、バス連絡定期券を含む)。

1992年(平成4年)時点では栄町駅大曽根駅に次いで3番目に多かったが、新瀬戸駅大森・金城学院前駅などに抜かれて減少傾向にある。

隣の駅

名古屋鉄道
ST 瀬戸線
急行(尾張旭駅まで各駅停車)・準急(小幡駅まで各駅停車)・普通
瀬戸市役所前駅(ST19) - 尾張瀬戸駅(ST20)

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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