店屋町

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店屋町
店屋町、呉服町交差点より南側の眺望
店屋町、呉服町交差点より南側の眺望
店屋町の地図
店屋町の位置(福岡市内)
店屋町
店屋町
店屋町の地図
店屋町の位置(福岡県内)
店屋町
店屋町
店屋町 (福岡県)
店屋町の位置(日本内)
店屋町
店屋町
店屋町 (日本)
北緯33度35分45.9秒 東経130度24分34.7秒 / 北緯33.596083度 東経130.409639度 / 33.596083; 130.409639
日本
都道府県 福岡県
市町村 福岡市
博多区
面積
  合計 7.20 ha
人口
(2023年(令和5年)3月末現在)[1]
  合計 638人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
812-0025[2]
市外局番 092
ナンバープレート 福岡

店屋町(てんやまち)は、福岡県福岡市博多区地名。現行の行政地名は 店屋町住居表示実施済)[3][4]。面積は7.20ヘクタール[5]。2023年3月末現在の人口は638人[1]郵便番号は812-0025[2]

都市計画

福岡市の都心とされる中央区天神の東北東約1.1キロメートル、博多区の北西部に位置する。北東で大博通りを挟んで上呉服町かみごふくまちと、南東で冷泉町れいせんまちと、南西で上川端町かみかわばたまちと、北西で明治通りを挟んで綱場町つなばまちと隣接している。近世以来の博多商人の町である。卸問屋街もあり、繊維関係の会社も多い[3]

店屋町を含む地区の都市計画における位置づけについては、2012年(平成24年)12月21日に策定された『第9次福岡市基本計画』[6][注釈 1]の「都市空間構想図」において、「都心部」[注釈 2]に含まれている。都心部のなかでも特に天神渡辺通地区、博多駅周辺地区、ウォーターフロント地区(博多ふ頭及び中央ふ頭)の3地区が都心部の核とされており、店屋町を含む地区はその3地区に囲まれている。「福岡市都市計画マスタープラン」[8]において定められた方針については次のとおりである。交通ネットワークとして都市の骨格となる明治通りの沿道や幹線道路である大博通りの沿道は、商業、業務、サービス施設や中高層住宅などが連続した「都市軸」や「沿道軸」に位置付けられている。市街地のエリアとしては、住宅を中心に歴史、伝統、文化が息づき、都心機能を支援する業務施設、商業施設が共存する「複合市街地ゾーン」に位置付けられ、職住が調和した複合市街地づくりと良好な街並みの形成、歴史的景観を保全、創造するための歴史的街並みづくりなどがまちづくりの視点とされている。用途地域は町内の全域が商業地域に指定されている[9]

語源

地名の「店屋町」については、「袖の湊」のころ、隣町の魚町うおのまちに魚介の市場がたち、周辺の当地にも種々の店ができ賑わったため、町名になったという[3]

歴史

町域の変遷

現在の店屋町に当たる区域は1945年(昭和20年)の空襲で焼失し、戦後の復興を経て、1966年(昭和41年)に古小路こしょうじ下赤間町しもあかんまち箔屋町はくやまち下厨子町しもずしまち及び下店屋町しもてんやまち並びに上西町かみにしまち、上店屋町、上厨子町、上呉服町、下小山町しもこやままち竹若町たけわかまち上土居町かみどいまち中土居町なかどいまち、上赤間町及び大乗寺前町だいじょうじまえまちの各一部が編入された[3]

行事

博多において櫛田神社の奉納神事として毎年7月1日から15日にかけて行われる博多祇園山笠はかたぎおんやまかさ[注釈 3]の運営における町の構成単位であるについては、店屋町は西流にしながれに含まれる。

人口

店屋町について、それぞれ人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[1]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。

主な施設

公共・公益施設

  • 博多土居町郵便局はかたどいまちゆうびんきょく[注釈 4]
  • 福岡市住宅供給公社[注釈 5]
  • 公益財団法人福岡よかトピア国際交流財団[注釈 6]

教育施設

町内に公立の小・中学校は存在しないが、校区については、小学校区、中学校区についてそれぞれ次の学校の校区に属する[11]

名所・旧跡

交通

脚注

関連項目

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