草香江 (福岡市)

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草香江
大濠一丁目交差点より南側を望む(国体道路及び城南線)
大濠一丁目交差点より南側を望む(国体道路及び城南線)
草香江の地図
草香江の位置(福岡市内)
草香江
草香江
草香江の地図
草香江の位置(福岡県内)
草香江
草香江
草香江 (福岡県)
草香江の位置(日本内)
草香江
草香江
草香江 (日本)
北緯33度34分46.2秒 東経130度22分24.3秒 / 北緯33.579500度 東経130.373417度 / 33.579500; 130.373417
日本
都道府県 福岡県
市町村 福岡市
中央区 (福岡市)
面積
  合計 22.05 ha
人口
(2023年(令和5年)2月末現在)
  合計 5,947人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
810-0045
ナンバープレート 福岡
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草香江(くさがえ)は福岡県福岡市中央区町名。現行の行政地名は、草香江一丁目及び二丁目[1][2]。面積は22.05ヘクタール[3]。2023年2月末現在の人口は5,947人[4]郵便番号は810-0045[5]

河川

別府橋より北東を望む

草香江は、福岡市の都心部とされる中央区天神てんじんの西南西約2.5キロメートルに位置している。北北西で中央区鳥飼とりかいと、北東で大濠おおほりと、東及び南南東でで六本松と、西南西で樋井川を介して城南区鳥飼と隣接する。概ね閑静な住宅地となっている。

町内には次の河川がある。

語源

地名は博多湾入り江だったことに由来している[1]

歴史

天平2年(730年)、大伴旅人が任地であった大宰府から大和に戻った際に、

「草香江之 入江二求食 蘆鶴乃痛多豆多頭思 友無二指天(草香江の入り江で 餌をついばむ鶴のように 私は心もとない友と遠く離れて)」

と歌を詠み、『万葉集』に掲載された[6]。草ヶ江公民館(六本松1丁目)の敷地内に彼が詠んだ「草香江の歌碑」が立っている。

平安時代平清盛博多に「袖の湊」を開いた当時の博多津を描いた住吉神社蔵「博多古図」には、現在の博多湾に当たる部分に東の「冷泉津」と西の「草香江」、博多中心部とそこから橋で繋がれた「沖の浜」と言う出島があったと記されている。

後年、筑前福岡藩初代藩主となった黒田長政により入り江の一部が埋め立てられ、天神を通り那珂川へ掘られた肥前堀と共に福岡城の外堀となり、さらに時代が下り、1929年昭和4年)に大濠公園となった[7]

町域の変遷

住居表示実施後実施年月日住居表示実施前(各大字の一部)
草香江一丁目から草香江二丁目1967年(昭和42年)草ヶ江町・浜田町1丁目〜3丁目

人口

草香江一丁目及び二丁目を合わせた人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[4]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。

主な施設

福岡市立草ヶ江小学校
企業
教育

中学校は福岡市立城西中学校の校区となっている。 [8]

交通

関連項目

脚注

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