地行

福岡市中央区の地名 From Wikipedia, the free encyclopedia

地行じぎょうローマ字表記: Jigyō[2]は、福岡県福岡市中央区にある地名。現行の行政地名は、地行一丁目から四丁目まで[3][4]。面積は351,130平方メートル (35.11 ha)[1]。2022年9月末現在の人口は6,044人[5]郵便番号は810-0064[6]

概要 地行一丁目から四丁目まで, 国 ...
地行一丁目から四丁目まで
地行(新今川橋からの眺め)
地行(新今川橋からの眺め)
地行の地図
地行一丁目から四丁目までの位置(福岡市内)
地行一丁目から四丁目まで
地行一丁目から四丁目まで
地行の地図
地行一丁目から四丁目までの位置(福岡県内)
地行一丁目から四丁目まで
地行一丁目から四丁目まで
地行一丁目から四丁目まで (福岡県)
地行一丁目から四丁目までの位置(日本内)
地行一丁目から四丁目まで
地行一丁目から四丁目まで
地行一丁目から四丁目まで (日本)
北緯33度35分22.7秒 東経130度21分54.2秒
日本の旗 日本
都道府県 福岡県の旗 福岡県
市町村 福岡市
中央区
面積
  合計 35.11[1] ha
人口
(2022年(令和4年)9月末現在)
  合計 6,044人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
810-0064
市外局番 092
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地理

福岡市中央区の北西部に位置する。北でよかトピア通りを挟んで地行浜と、東で菰川を介して唐人町と、南で明治通りを挟んで今川と、西で樋井川を介して早良区西新と接している。

概ね閑静な住宅地となっているが、シーサイドももちの手前に位置しており、町内をシーサイドももちへ至る道路が通っているため、人や車の往来が盛んである。

河川

町内には次の河川がある。

歴史

1709年宝永6年)貝原益軒が著した地誌『筑前国続風土記』には、筑前国に入った黒田長政が、不毛の砂地だった荒戸から室見川河口の辺りに防潮目的で松を植えさせて松原を造らせた。このうち、唐人町西側の松林が慶安年間・黒田藩二代目藩主黒田忠之の時代に足軽の屋敷町となり、新たに土地を開いて宅地を造成することを意味する「地形」(じぎょう)と名付けられた、と書かれている[7]。それがいつの頃からか「地行」と改められたという[8]

1872年(明治5年)に地行東町と地行西町に再編され、大正時代には地行西町は、福博電気軌道(現在の西鉄の前身の一つ)によって貸し邸宅地として開発され、豪邸が建ち並んでいた[9][10]1968年(昭和43年)の町界町名整理で現在の町域に再編された。

町域の変遷

さらに見る 住居表示実施後, 実施年月日 ...
住居表示実施後実施年月日住居表示実施前(各大字の一部)
地行一丁目から地行四丁目1968年(昭和43年)地行東町・地行西町
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人口

地行一丁目から四丁目までを合わせた人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[5]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。

交通

道路

明治通り(新今川橋東交差点付近)。左側が地行、右側が今川。
よかトピア通り(地行三丁目交差点の西側)。左側が地行、右側が地行浜。右端は大韓民国総領事館

主な幹線道路は次の通り。

鉄道

鉄道については、町内に福岡市交通局が運営する福岡市地下鉄空港線が通っている。最寄りの駅は唐人町駅で出入口も町内にあるが、町西部の一部は西新駅のほうが近い。

1975年までは明治通りを西鉄福岡市内線が通っており、「今川橋」電停があったほか、今川車庫と西福岡営業所が設けられていた。今川車庫の跡地は地下鉄今川橋変電所に、西福岡営業所の跡地は西鉄今川自動車営業所に継承された。

バス

バスについては、西日本鉄道株式会社が運営する西鉄バスが運行しており、次の停留所がある。かつては地行の南西部に今川自動車営業所(後に福岡貸切営業所、西鉄観光バス福岡中央支社)があり、整備工場や長距離バスの車庫もあった。現在、跡地は高層マンションにしてつストア レガネット地行店になっている。

  • 地行
  • 今川橋
  • 領事館前

主な施設

公共・公益施設

商業施設

町の北東側は、よかトピア通りを挟んでホークスタウンと隣接している。

名所・旧跡

寺院

神社

脚注

参考文献

外部リンク

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