恩地町
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学区
歴史
町名の由来
昔、大柳郷の上名職・下名職に分かれていたころ、楠氏の遺臣と称する太田政友の子、彦十郎政忠が住んでいた。この地の主、安間与三郎は貧困となり納税できなくなり、領主今川氏真に安間家所有の田地を取り上げられた。政忠の母は、安間氏の出であったので、金を出して税金を払ってやった。氏真は政忠に田地を下賜(かし)した。安間与三郎は村民に多額の前借をしていたので村民がその田地を返せと迫った。そこで政忠は、この土地は領主より、「四六ヶ所大明神」と白山権現の神田とともに与えられたとの免租の宝印を示したので、村民は納得した。今川氏真はその義に感じて、この土地は大守の恩の地であると、この土地を与え恩地と村名をつけた[書籍 1]。
沿革
- 1876年(明治9年) - 長上郡恩地村が周辺の村と合併し、都盛村となる[書籍 2]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、長上郡都盛村が周辺の村と合併して長上郡芳川村となる。旧村名は芳川村の大字として残る[書籍 3]。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 郡制の施行により、芳川村の所属郡が浜名郡に変更となる。
- 1954年(昭和29年)7月1日 – 芳川村が浜松市に編入される。
- 1955年(昭和30年) - 大字都盛の一部を分離し、恩地町を新設する[WEB 8]。
- 2007年(平成19年)4月1日 - 浜松市が政令指定都市となる。恩地町は南区の一部となる。
- 2024年(令和6年)1月1日 - 浜松市の行政区再編により、恩地町は中央区の一部となる。
施設
- 学校法人頭陀寺学園 幼保連携型認定こども園 ずだじこども園
- 臨済宗方広寺派 帰一山 報恩寺
- 白山神社
