BRM・P126
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
BRM・P126、2009年のグッドウッドフェスティバル | |||||||||
| カテゴリー | F1 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コンストラクター | ブリティッシュ・レーシング・モータース | ||||||||
| デザイナー | レン・テリー | ||||||||
| 先代 | P115 | ||||||||
| 後継 | P133 | ||||||||
| 主要諸元[1] | |||||||||
| シャシー | マグネシウム合金製 モノコック | ||||||||
| トレッド |
前:1,575 mm (62.0 in) 後:1,575 mm (62.0 in) | ||||||||
| ホイールベース | 2,375 mm (93.5 in) | ||||||||
| エンジン | BRM P142 2,998 cc (182.9 cu in) V12 自然吸気 ミッドエンジン | ||||||||
| トランスミッション | 5速 マニュアル | ||||||||
| 重量 | 565kg | ||||||||
| 燃料 | シェル | ||||||||
| タイヤ |
グッドイヤー ダンロップ | ||||||||
| 主要成績 | |||||||||
| チーム |
オーウェン・レーシング・オーガニゼーション レグ・パーネル・レーシング | ||||||||
| ドライバー |
| ||||||||
| コンストラクターズタイトル | 0 | ||||||||
| ドライバーズタイトル | 0 | ||||||||
| 初戦 | 1968年南アフリカグランプリ | ||||||||
| |||||||||
BRM・P126は、ブリティッシュ・レーシング・モータースが1968年および1969年のF1世界選手権に投入したフォーミュラ1カー。ロータスおよびイーグルのデザイナーであったレン・テリーが設計し、彼のワークショップであるトランスアトランティック・オートモーティヴ・コンサルタンツで製作され、BRM製3.0リッターV12エンジンを搭載した。
BRMは、1966年と1967年にH16エンジンの開発に注力した。しかし、これは成功せず、マクラーレンに供給していたV12エンジン - BRM・P142 - を開発の主力に据えた。このエンジンを元にテリーは新たなモノコックを開発したが、彼はBRMに所属していたわけではなく、独立したデザイナーであった。したがって、P126はBRMが製造しなかった初のBRMのレーシングカーとなった。
テリーは、12気筒エンジンのための新たなスペースフレームを構築した。エンジンは元々1967年のスポーツカー、ミラージュM2用に製作された物であった。このエンジンは1気筒当たりバルブを2つ装着し、360馬力を発生した。当時のエンジンの大半は1気筒当たり4バルブを採用していた。車体はモノコック構造で、ギアボックスはヒューランド製の5速マニュアル、車重は540kgであった。P126は3台が製作され、1台はレグ・パーネル・レーシングに供給された。
オーウェン・レーシング・オーガニゼーション
オーウェン・レーシング・オーガニゼーションは、ペドロ・ロドリゲスを起用した。開幕戦の南アフリカグランプリでは予選を10位で通過し、決勝では燃料システムトラブルでリタイアした[2]。その後、ロドリゲスはP133とP138を使用したが、チームはリチャード・アトウッドを起用して6戦でP126を走らせた。モナコグランプリでアトウッドは予選を6位で通過し、決勝は2位に入賞した[3][4]。ベルギーグランプリでは予選18位、決勝はオイルパイプの破損でリタイアした[5]。オランダグランプリでは予選15位、決勝は7位になる[6]。フランスグランプリでは予選12位、決勝7位となる[7]。イギリスグランプリでは予選15位、決勝はラジエター破損でリタイアとなった[8]。ドイツグランプリでは予選20位、決勝14位となった[9]。
イタリアグランプリでは、アトウッドに代わってボビー・アンサーが起用された。アンサーは予選序盤でファストタイムを記録してアメリカに帰国し、インディアナ・ステート・フェアで開催されるフージー・ハンドレッドに出場してから、翌日にはミラノに戻ってグランプリに参戦するつもりであった。グランプリのオーガナイザーは、グランプリの始まりから24時間以内に別のイベントに出場することを禁じるルールから、アメリカに帰国してレースをした場合グランプリへの参加を禁じると発表した。そのため、アンサーはアメリカに帰国し、グランプリには出場しなかった[10]。その後、オーウェン・レーシング・オーガニゼーションはP133の開発に注力した。