CLUB紳助

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出演者 島田紳助ほか
音声形式ステレオ放送
CLUB紳助
ジャンル 音楽番組/トーク番組
出演者 島田紳助ほか
製作
制作 朝日放送
放送
音声形式ステレオ放送
放送国・地域日本の旗 日本
紳助のMTVクラブ
プロデューサー原凉一
放送期間1986年10月11日 - 1988年3月26日
放送時間土曜日17:00 - 17:55
放送分55分
CLUB紳助
プロデューサー岡田吉雄
放送期間1988年4月2日 - 1996年9月29日
放送時間放送時間参照
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CLUB紳助』(クラブしんすけ)は、朝日放送(ABCテレビ)製作のトーク番組。司会は島田紳助。製作局のABCでは1988年4月2日から1996年9月29日まで放送。

1986年10月11日から1988年3月26日までABCで放送されていた前身番組『紳助のMTVクラブ』についても記述する。

紳助・竜介解散翌年の1986年、司会業に転向してまもない島田紳助(当時30歳)が、30代の10年間自分の思い出としてやりたいようにやる番組として開始した。

ABCでは1984年10月からMTVミュージック・ビデオ番組を編集した音楽番組MTV: Music Television』が放送されていたが、後期には紳助が司会を務めるトーク番組になり、トークの合間にミュージックビデオを流す形式へ移行。タイトルも『紳助のMTVクラブ』に改めた[1]。その後、ABCとMTVが提携を解消したのに伴い、1988年4月にタイトルを『CLUB紳助』に変更した。

『紳助のMTVクラブ』時代にはトークの合間に洋楽のミュージックビデオを3曲放送していたが、『CLUB紳助』時代に入ると土曜夕方放送分はCM前に邦楽2曲、日曜深夜放送の再編集分は洋楽3曲を放送する形式となった。その後、放送時間が土曜午前から日曜深夜に変更されてからは再び洋楽を3曲流す構成になり、トークパートは過去の内容の再放送となった。トークは毎回ゲストを迎えて行われていたが、その際にゲストの所持品を視聴者プレゼントしていた。前身が音楽番組であったため、トークパートも含めて全編ステレオ放送で放送されていた。

番組開始から数年間は紳助がひとりで番組を進めていたが、後年にアシスタント制を導入。当時はまだ無名俳優であった遠山俊也がアシスタントに抜擢され、1994年から1996年まで出演した。

また収録は主に東京のスタジオが使われた。

紳助が40歳を迎えたため、1996年9月29日の放送をもって番組終了。1986年10月から前身の『紳助のMTVクラブ』から開始したシリーズは10年の放送に幕を降ろした。

放送時間

放送局曜日放送時間放送期間
紳助のMTVクラブ
朝日放送土曜17:00 - 17:551986年10月11日 - 1988年3月26日
テレビ朝日日曜深夜(放送開始時刻不定)1986年11月16日 - 1988年3月27日
CLUB紳助
朝日放送土曜17:00 - 17:451988年4月2日 - 1990年9月29日[2]
土曜9:30 - 10:251990年10月6日 - 1991年9月28日[2]
日曜23:55 - 24:551991年10月6日 - 1996年9月29日[3]
テレビ朝日日曜深夜(開始時間不定期)1988年4月3日 - 1993年9月26日
水曜深夜(放送開始時刻不定)1993年10月6日 - 1994年12月29日
月曜深夜(放送開始時刻不定)1995年1月10日 - 1996年3月26日
木曜深夜(放送開始時刻不定)1996年4月4日 - 1996年9月26日

放送リスト

スタッフ

脚注

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