アルゴスのヘライオン

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アルゴスのヘライオン(アルゴスのヘライオン、ギリシア語: Ἡραῖον Ἄργους英語: Heraion of Argos)は、ギリシアペロポネソス半島北東部のアルゴリス地方にあった、女神ヘーラーの神域である。アルゴスミュケーナイの中間付近に位置し、古代にはアルゴリス地方を代表するヘーラー崇拝の中心地であった[1][2][3]

アルゴスのヘライオン遺跡
アルゴスのヘライオン平面図

アルゴスのヘライオンは、当初はミュケーナイに属し、のちにはアルゴスの管理下に入った神域とされる[1]。現代の研究では、アルゴスの主神域であり、ペロポネソス半島でも保存状態のよい古典期遺跡の一つと説明される[3]。この地には少なくとも紀元前7世紀以来ヘーラー神殿が存在し、紀元前423年に旧神殿が焼失したのち、新神殿が建設された[3][4]

位置

神域はアルゴス平野東部、ミュケーナイに近い丘陵地に築かれていた[1]。近代の説明では、アルゴスから約5マイル、ミュケーナイから約3マイル、ティーリュンスから約6マイルの位置にあり、複数の集落から参道で結ばれていたとされる[2]。神域は平地ではなく段丘状の地形に造成され、擁壁とテラスを伴う構成をもっていた[2][3]

歴史

ウォーリック大学の研究では、アルゴスのヘライオンは紀元前9世紀末に成立した新しい世代の祭祀神域の一つとされ、デロスデルポイアテナイのアクロポリスなどと並べて説明されている[2]。その後もアルゴリス地方の主要聖域として機能し続け、古代末期まで重要性を保った[1][3]

神域には少なくとも紀元前7世紀以来神殿が存在し、紀元前423年に焼失した旧神殿の後継として、古典期に新神殿と周辺建造物群が整備された[3]。この神域は、地方祭祀の中心であるとともに、アルゴスの政治的・宗教的自己表象とも深く関わったと考えられている[2][1]

建築

遺跡には、旧神殿の跡、紀元前5世紀の新神殿、複数のストア、付属建物、ローマ時代の建造物などが確認されている[5][6][3]。1911年版『ブリタニカ百科事典』由来の平面図では、旧神殿、5世紀神殿、南北のストア、東西の建物、ローマ時代の構築物などが区別されている[5]。この神域は古典期遺跡として保存状態が良いとされ、建築史研究の対象となっている[3]

神殿内の像と奉献物

パウサニアースは神殿内の様子を比較的詳しく伝えている。彼によれば、ヘーラーの主像は大きな金と象牙の坐像で、ポリュクレイトスの作とされた[7]。女神は玉座に坐し、頭にはカリスたちとホーラーたちを表した冠を戴き、一方の手にザクロ、他方の手に笏を持っていた[7]。また笏の上にはカッコウがとまっており、これはゼウスがヘーラーに恋したときカッコウに変じたという伝承に結びつけられていた[7]

パウサニアースによれば、ヘーラー像の傍らにはナウキュデス作と伝えられるヘーベーの金象牙像があり、その近くには、ティーリュンスから移されたという古いヘーラー木像も安置されていた[7]。また神域内の奉献物として、ヘーベーとヘーラクレースの婚礼を表した銀の祭壇、ハドリアヌス帝奉献の黄金と宝石の孔雀、ネロ帝奉献の黄金冠と紫衣などが挙げられている[7]

神話と伝承

パウサニアースは、この神域の周辺の丘がエウボイア、プロシュムナ、アクライアと呼ばれるのは、アステリオーンの3人の娘の名に由来すると伝えている[4]。同じ箇所では、アステリオーン川のほとりに「アステリオーン」と呼ばれる植物が生え、その葉でヘーラーの冠を編んだとも記される[4]。こうした伝承から、神域はヘーラーの養育譚やアルゴリス地方の神話地誌と強く結びついていたことがうかがえる[4][1]

また、旧神殿が焼失した事情についてもパウサニアースは伝えている。彼によれば、ヘーラーの女神官クリューセーイスが眠り込んだため、燈火が花輪に燃え移って火災になったという[7]。彼女はその後テゲアへ逃れてアテーナー・アレアーに祈願したが、アルゴス人は災厄の後も彼女の像を撤去しなかったとされる[7]

発見と発掘

ウォーリック大学の案内によれば、神域は1831年に確認され、1892年から1895年にかけて、チャールズ・ウォルドスタイン率いるアメリカ在アテネ古典学研究所関係者による大規模発掘が行われた[8][9]。記録では、ウォルドスタインはリチャード・ノートンらの助力を得て発掘を進めたとされる[9]

その後、1949年にはジョン・キャスキーピエール・アマンドリが、紀元前7世紀から紀元前6世紀の堆積層の追加調査を行った[9][10]。ASCSA の出版案内によれば、これらの調査では、5世紀神殿の建築・彫刻断片のほか、旧神殿の破壊に伴うとみられる多数のアルカイック期のテラコッタ、青銅器、象牙製品、金製ロゼット、貨幣などが出土した[11]

発掘遺物

脚注

関連項目

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