ドーロの水門

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製作年1763年
寸法30.5 cm × 44.5 cm (12.0 in × 17.5 in)
『ドーロの水門』
ハンガリー語: A zsilip Dolónál
英語: The Lock at Dolo
作者カナレット
製作年1763年
種類キャンバス上に油彩
寸法30.5 cm × 44.5 cm (12.0 in × 17.5 in)
所蔵ブダペスト国立西洋美術館ブダペスト

ドーロの水門』(ドーロのすいもん、: A zsilip Dolónál: The Lock at Dolo)は、18世紀イタリアの画家カナレットが1763年にキャンバス上に油彩で制作した風景画である。現在、ハンガリーブダペスト国立西洋美術館に所蔵されている[1][2]。元来、少なくとも1点の関連作品があったと思われる[1]。同様の別ヴァージョンが2点あり、そのうちの1点は個人蔵で、もう1点は最近ロンドンの美術市場に登場した[1]

カナレットとその甥ベルナルド・ベッロットが確立した地誌学風景画ヴェドゥータ」(都市景観画) は、18世紀ヨーロッパ各地で広く好まれた。寸分狂いのない線遠近法と明瞭な明暗効果の中に捉えられたヴェネツィアなどの都市風景の広がりは、時代精神と共鳴するところがあったと思われる[3]

1725年までにヴェドゥータの専門家になっていたカナレットが描いたヴェネツィアの風景は、とりわけグランド・ツアーに出かけた上流階級のイギリス人子弟の間で非常な人気を博し[4]、彼らが帰国する際にはヴェネツィアの絵葉書、お土産代わりに購入された[5]。1741年にオーストリア継承戦争が勃発すると、外国人によるイタリアへの旅行が危険となり、カナレットは自身の絵画の顧客が最も多かったイギリスに赴くこととなった[6]。しかし、彼がイギリスを描いた風景画は人気がなかったので[4]、1756年までには故郷のヴェネツィアに帰還した[1][6]

作品

カナレット『ブレンタ運河沿いのドーロの眺め』 (1725-1729年ごろ)、アシュモレアン博物館オックスフォード
カナレット『ブレンタ運河沿いのドーロの眺め』 (1730-1735年ごろ)、シュトゥットガルト州立美術館シュトゥットガルト
カナレットのエッチング『ドーロの水門』 (1735-1746年ごろ)、ナショナル・ギャラリー (ワシントン)

18世紀にヴェドゥータを描いたヴェネツィアの画家たちの中で、ドーロは最も人気のある内陸部の画題であった[2]。この村は、ヴェネツィアの貴族や市民たちの生活と密接に関りを持っていた。農業と商業の中心であったばかりでなく、休日の行楽地でもあり、沿いの平野や谷は狩猟の場ともなっていたのである[2]

カナレットは本作に加え、1720年代半ばから1730年代半ばにかけてドーロを描いた作品『ブレンタ運河沿いのドーロの眺め』 (アシュモレアン博物館シュトゥットガルト州立美術館) も残している[7][8]。本作は、カナレットがイギリスからイタリアに戻ってから制作された作品である[1][2]。この時期、カナレットは1740年代に制作したエッチングを絶えず用いるようになった[2]が、本作は舟が通る橋から見た古い水門を表しており、『ドーロの門 (Le Porte del Dolo)』と題されたエッチングにもとづいている[1][2]。画家の大きな景観図とは異なり、画面には閉じられた水門のある流域が見える小さな空間が表されている。左側では、看板と屋外祭壇のある肉屋の家が視界を塞いでいる。レース職人、果物売りなどの人々が前景を活気あるものとしている[1]

この親密で郷愁を誘う絵画はカナレットの作品としては異色で、強調されたキアロスクーロの使用、抑制された色調、とりわけ流麗な筆致によって特徴づけられる。陽光に照らされた側とは対照的に、前景はほぼ陰に覆われている。光と陰が対照されることで、家々の屋根や木の葉が明暗の色彩を示すパッチワークとなっている。一方、マリオネットのような人物の顔や手は筆先で輪郭を与えられているのみで、巧みな絵具の小さな点や線がそれら人物像を生き生きとしたものにしている[1]

脚注

参考文献

外部リンク

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