テムズ川北岸から見たグリニッジ病院

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製作年1750-1752年ごろ
寸法68.6 cm × 106.7 cm (27.0 in × 42.0 in)
『テムズ川北岸から見たグリニッジ病院』
イタリア語: Ospedale di Greenwich, visto dalla riva nord del Tamigi
英語: Greenwich Hospital from the north bank of the Thames
作者カナレット
製作年1750-1752年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法68.6 cm × 106.7 cm (27.0 in × 42.0 in)
所蔵国立海事博物館ロンドン

テムズ川北岸から見たグリニッジ病院』(テムズがわほくがんからみたグリニッジびょういん、: Ospedale di Greenwich, visto dalla riva nord del Tamigi: Greenwich Hospital from the north bank of the Thames)は、18世紀イタリアの画家カナレットが1750-1752年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である[1]。芸術収集家でイギリスヴェネツィア領事であったジョゼフ・スミス英語版カナル・グランデに所有していた邸宅のために制作された可能性がある。作品は現在、ロンドングリニッジにある国立海事博物館に所蔵されている[2]

カナレットとその甥ベルナルド・ベッロットが確立した地誌学風景画ヴェドゥータ」(都市景観画) は、18世紀ヨーロッパ各地で広く好まれた。寸分狂いのない線遠近法と明瞭な明暗効果の中に捉えられたヴェネツィアなどの都市風景の広がりは、時代精神と共鳴するところがあったと思われれる[3]

1725年までにヴェドゥータの専門家になっていたカナレットが描いたヴェネツィアの風景は、とりわけグランド・ツアーに出かけた上流階級のイギリス人子弟の間で非常な人気を博し[4]、彼らが帰国する際にはヴェネツィアの絵葉書、お土産代わりに購入された[5]。1741年にオーストリア継承戦争が勃発すると、外国人によるイタリアへの旅行が危険となり、カナレットは自身の絵画の顧客が最も多かったイギリスに赴くこととなった[6]。しかし、彼がイギリスを描いた風景画は人気がなかったので[4]、1756年までには故郷のヴェネツィアに帰還した[6]

作品

カナレット『川から見たグリニッジの眺め』 (1751年)、個人蔵 (テート・ブリテンに寄託)

本作は、アイル・オブ・ドッグズ英語版からテムズ川越しに見たグリニッジ病院の眺めを表している。画面中央にあるクイーンズ・ハウスイニゴー・ジョーンズが設計したものである[2]。その背後のグリニッジ・パーク内の丘の上には、グリニッジ天文台が望まれる[7]ジョン・マイケル・ライスブラック英語版によるジョージ2世の彫像が、中央の河岸階段背後にある病院の大広場中央に見える。人々が1731年に一般公開された河岸の歩道を歩いている[2]

本作は1752年ごろに描かれた可能性があり、それは、おそらく前年のグリニッジ病院の完成を記念するためであったと思われる。しかし、ずっと以前から、そして最近も研究者チャールズ・ベディントン (Charles Beddington) により、絵画の様式的特徴のために1750年ごろ、あるいはそれ以前の制作年も提唱されている。当時、病院は外見上、確実に、あるいは十分に完成しており、カナレットが依頼主のスミスのために絵画を制作してから、ヴェネツィアに一時的に帰郷した際に持参した可能性がある。あるいは、カナレットがヴェネツィアで絵画を制作した可能性すらある[2]

カナレットは、ほかにも同じ眺めを描いた絵画を2点制作した[2]。1点は失われているが、もう1点は個人所有者からテート・ブリテンに寄託されている。テート・ブリテンにある『川から見たグリニッジの眺め』[8]は間違いなく本作より早い時期に描かれたもので、グリニッジ病院が完成する前の1736年にジャック・リゴーフランス語版が制作した版画と密接に関連している。本作が低い視点からの眺めを表しているのに対し、テート・ブリテンの作品と版画は、河岸よりもずっと高い視点からの眺めを表している[2]

脚注

参考文献

外部リンク

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