ヒュプシピュレー
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女たちの島
レームノス島の女はアプロディーテーを崇拝しなかったため、女神は女たちが悪臭を発するようにした[3]。このため男たちは妻と寝ずに、トラーキア付近から捕虜の女を連れ帰って相手とした。侮辱された女たちは、夫や父親を皆殺しにした。[4]。このとき、トアース王の娘ヒュプシピュレーだけは父親を舟に隠して逃がした。ヒュプシピュレーは女だけになった島を女王として治めた。
イアーソーン率いるアルゴナウタイがレームノス島を訪れたとき、このままでは子孫が絶えることを憂慮した島の女たちは、彼らを歓待した。アルゴナウタイは島の女たちと寝所をともにした。ヒュプシピュレーはイアーソーンと交わり、息子のエウネーオスとネプロポノスを生んだ。
追放、ネメアーへ
やがて、ヒュプシピュレーひとりがトアースの命を救ったことがわかると、レームノスの女たちはヒュプシピュレーを島から追放し、奴隷として売った。このときトアースは殺されたとも、あるいはシキノス島に流れ着き、タウリス人を治めたともいう。ネメアーの王リュクールゴスがヒュプシピュレーを買い、ヒュプシピュレーは乳母として、リュクールゴスとエウリュディケーの幼い息子オペルテースを養育することになった。
アドラストスら「テーバイ攻めの七将」の軍勢がアルゴスからネメアーに至ったとき、彼らはこの地で水を求めた。「子どもが歩けるようになるまでは地面に置いてはならない」という神託がなされていたが、ヒュプシピュレーはパセリの生えているところにオペルテースを置き、彼らを泉に案内した。その間に、オペルテースは大蛇に食い殺されてしまった[5]。
七将のひとりで予言者のアムピアラーオスはオペルテースを「アルケモロス(非運を始めた者)」と呼び、アルゴス勢は追悼のための競技会を開いた。これがネメアー祭の始まりである。競技において、審判者はオペルテースを悼んで黒衣を着け、優勝者の花冠はセロリで編まれた。