及川順郎
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1937年4月13日[2]、山梨県に生まれる。
1962年、日本大学理工学部卒業。その後、鳳書院出版業務、聖教新聞記者を務める。
1964年、公明新聞の編集を務める。
1969年12月27日、第32回衆議院議員総選挙に、山梨県全県区から公明党公認候補として立候補し、次点で落選する。以降、衆議院議員総選挙に合わせて4回立候補し、全て落選する。
1983年6月26日、第13回参議院議員通常選挙に立候補し、次点で落選する。
1986年7月6日、衆参同日選挙の第14回参議院議員通常選挙に立候補し、初当選する(以降、連続2期)。
1988年、公明党委員長の矢野絢也の下で、公明党中央執行委員を歴任する。
1994年12月5日、公明党の解散にともない、公明結成に参加する。
1995年7月、参議院議員通常選挙後に、公明代表の藤井富雄の下で、公明政策審議会長に就任する。
1998年1月、浜四津敏子の公明代表就任にともない、公明政策審議会長を退任する(後任には続訓弘が就任)。
1998年7月、第18回参議院議員通常選挙に立候補せず、政界を引退する。
役職歴
- 公明党中央執行委員
- 公明政策審議会長
著書
- 『21世紀のキーワード』 富士国際平和研究所、1998年。
脚注
- 1 2 “及川順郎さんが死去 元公明党参院議員”. 朝日新聞. (2018年7月23日). https://www.asahi.com/articles/ASL7R4VWRL7RUTFK00P.html 2018年7月23日閲覧。
- ↑ (日本語) “生年月日(誕生日)データベース”. 2014年4月23日閲覧。
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| 先代 続訓弘 |
1998年 |
次代 河本英典 |
| 先代 中西珠子 |
1995年 - 1996年 |
次代 続訓弘 |
| 先代 和田教美 |
次代 刈田貞子 | |
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| ↓:途中辞職・在職中死去など、▼:除名、↑:繰上げ当選、x:繰上げなし | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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