田城郁

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生年月日 (1959-11-01) 1959年11月1日(66歳)
前職 JR東労組中央本部政策調査部長
田城 郁
たしろ かおる
生年月日 (1959-11-01) 1959年11月1日(66歳)
出生地 日本の旗 日本 栃木県宇都宮市
出身校 小山工業高等専門学校
前職 JR東労組中央本部政策調査部長
所属政党民主党→)
民進党赤松G)→)
無所属
選挙区 比例区
当選回数 2回
在任期間 2010年7月26日 - 2016年7月25日
2022年6月27日 - 2022年7月25日
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2011年6月29日、左から田城、大畠章宏国土交通大臣山岡賢次福田昭夫石森久嗣

田城 郁(たしろ かおる、1959年11月1日 - )は、日本政治家労働運動家。元参議院議員(2期)。JR総連JR東労組の組織内候補[1][2]

栃木県宇都宮市生まれ。現在は東京都在住。国立小山工業高等専門学校3年次修了後、上京し、東映演技研修所に入所。

1979年入所したまま国鉄職員として採用。以後33歳で俳優を断念し、鉄道運転士に専念。山手線運転士だった。1983年、研修所を卒業。組合活動に加入し、国鉄民営化後はJR東労組に参加。池袋支部長、委員長秘書等を歴任。

2001年よりJR総連特別執行委員としてパキスタン入りしアフガニスタン難民支援調査開始。以後、海外協力部長、政策調査部次長等を歴任。アフガニスタン復興支援にも携わる。

2009年、それまで国政選挙に組織内候補を擁立していなかったJR総連の組織内候補に選出。民主党からの立候補を目指し、同郷であった山岡賢次の後押しもあり公認を獲得した。後援会の会長には前JR総連執行委員長の小田裕司が就任した。

2010年7月11日に行われた第22回参議院議員通常選挙民主党公認で比例区から立候補し、14位の113,468票で初当選。なおJR総連は、2013年第23回参議院議員通常選挙では、山岡への見返りに生活の党に移籍した山岡を推薦した[3]。しかし山岡は生活1位の56,372票を得たが、生活は1議席も取れずに落選。

2010年9月29日中国建国記念レセプションに出席した[4]

2016年3月27日、民主党と維新の党が合流して結成された民進党に参加した[5]。同年7月10日の第24回参議院議員通常選挙に比例区から立候補したが次点で落選[6][7]

2018年のJR総連第34回定期大会にて、執行副委員長に選出。

2022年6月24日、前回参院選に民進党の比例区で当選していた藤末健三が同年の第26回参議院議員通常選挙自由民主党から立候補するため議員辞職したことにより、名簿当選順位次点だった田城が繰上補充により、再選を果たした[8][9]。任期は官報告示の同年6月27日[10]から7月25日までとなる。在任期間は29日で、それまでの金石清禅の40日間を更新し、参議院議員1期における在任期間として当時としては最短となった[11][注釈 1]

繰上当選後は会派に所属せず無所属となり、常任委員会外交防衛委員会に配属された[12]が、在任中に国会が開会されずに閉会中審議としての国会審議がなかったことから、この任期については事実上国会議員としての活動機会はなかった。なお、田城は次期参議院議員選挙(第26回)への立候補を見送った。

政治活動

政策

活動

人物

脚注

関連項目

外部リンク

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