小林修平
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生い立ち
1990年に東京都葛飾区に生まれ、千葉県松戸市と流山市で育った[3]。中学生の時にプログラミングに興味があり、安野貴博とオンライン掲示板で知り合った[4]。千葉商業高等学校卒業後、2012年にドワンゴに入社。エンジニア組織にて動画配信サービスの開発に従事。ディー・エヌ・エー、ABEJAを経て、2022年から株式会社デライト・ベンチャーズでスタートアップの起業支援および開発業務に携わる[5][6]。
政治活動家として

2024年東京都知事選挙で安野貴博が出馬した際には、ポスターマップの作成に携わった。また、2025年1月からの「デジタル民主主義2030」でもツール開発を行った。チームみらいの結党後は党職員として事務本部で開発業務に携わった[7]。
2025年、第27回参議院議員通常選挙にチームみらいから千葉県選挙区で出馬[8]。7月20日の投開票の結果、68,363票を得たが、候補者16人中10位で落選[9]。
2026年1月16日には、同年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙に千葉5区から立候補することが発表された[10]。2月8日の投開票の結果、小選挙区では得票率10.89%で落選したものの、チームみらいが比例南関東ブロックで3議席を獲得したことから、比例順位3位で名簿に登載されていた小林も初当選を果たした。自由民主党は比例代表名簿に十分な数の候補者を擁していなかったため、その議席はチームみらいに割り当てられた[11]。