池畑浩太朗

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生年月日 (1974-09-26) 1974年9月26日(51歳)
出身校 岡山県立農業大学校
前職 農業高等学校教員
衆議院議員公設秘書
池畑 浩太朗
いけはた こうたろう
生年月日 (1974-09-26) 1974年9月26日(51歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都港区[1][2]
出身校 岡山県立農業大学校
前職 農業高等学校教員
衆議院議員公設秘書
所属政党民主党→)
民進党→)
希望の党→)
旧国民民主党→)
無所属→)
日本維新の会
親族 大上司(祖父)
公式サイト 池畑こうたろう公式サイト 池畑浩太朗
選挙区 比例近畿ブロック兵庫12区
当選回数 3回
在任期間 2021年11月5日[3] - 現職
選挙区 宝塚市選挙区
当選回数 2回
在任期間 2009年 - 2015年
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池畑 浩太朗(いけはた こうたろう、1974年9月26日[1][4] - )は、日本政治家日本維新の会所属の衆議院議員(3期)。農林水産委員会委員。兵庫県議会議員(2期)を務めた。

東京都港区生まれ。本籍地は鹿児島県。幼少期は横浜市で過ごし[5]、父が船員の仕事をしていた関係で、小学生の一時期はサウジアラビアで過ごした経験を持つ。中学時代は埼玉県川口市、高校からは岡山県岡山市内で過ごす[6]

1995年、岡山県立農業大学校・園芸課程野菜専攻を卒業し、岡山県立高松農業高等学校に入職[4]。教員を9年間務めたあと、「農業のあり方を根本から変えたい」と政治家を志し、市村浩一郎衆議院議員公設秘書を務めた[7]

2009年6月の兵庫県議会議員補欠選挙では、宝塚市選挙区に民主党公認で立候補し、当選。同年よりファルコモンテコーポレーション有限会社(食品卸売会社)代表取締役に就任[8]

2011年県議選で再選したが、2015年県議選では落選した[9]

2017年4月11日、民進党は次期衆院選兵庫12区に池畑を擁立すると決定[10]。同年10月3日に民進党を離党し、同月の第48回衆議院議員総選挙には希望の党から立候補した[11]。この際、民進党本部から希望の党の政策協定書がファクスで送られ、読んで納得したので希望の党へ移る気持ちを固め、民進党に離党届を提出した[12]。選挙では自民党山口壯に敗れ、落選。その後宝塚市内で焼肉店を開業した[2][13]

希望の党解党後は国民民主党に所属したが、2020年9月の同党の分裂後は無所属となった[14]

2021年10月の第49回衆議院議員総選挙では、公示直前に日本維新の会の公認を受けた。これについて池畑は「維新のオファーは前々からあったが、無所属で戦うつもりで断っていた。だが、さまざまなデータを見て無所属での当選は難しいと判断し、公認を受けようと決意した」と述べた[2]。選挙では山口に再び敗れるも、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、初当選[15]

2024年10月の第50回衆議院議員総選挙でも山口に敗れたが、惜敗率を54.60%から78.02%に上昇させて比例復活し、再選[16]

2026年2月の第51回衆議院議員総選挙でも山口に敗れたが、比例復活で3選。

親族

騒動

  • 在日ロシア連邦大使館は2026年3月27日に衆議院第一議員会館で「ウクライナ危機について講演を行った」と発表。会場には日ロ両国の国旗に加え、2014年に親ロシア武装勢力が一方的にウクライナからの“独立”を宣言し2022年にロシアが併合した未承認国家「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の“国旗”も掲げられ、実質的にはロシアによるウクライナ侵略を正当化する集会だった。会議室は池畑が予約したものであり、池畑は「十数年来の知人から、拉致問題に関する映画の試写会をしたいと連絡があり、部屋を予約した」とし、ウクライナ侵略を正当化する会合だったとは「知らなかった」と釈明した。また、知人からは「ドネツクの桜をみる会の寄付を集めたいから口座を作ってくれ」と頼まれたものの、「それは断った」と明かしたうえで、「脇が甘かった」と述べ陳謝した[17][18]。4月1日、維新の中司宏幹事長は議員会館の会議室使用の運営規則に反したとして、池畑を厳重注意したと明らかにした[19]

選挙歴

脚注

外部リンク

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