阿部圭史
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宮城県仙台市に生まれ、小中高校時代を岡山県で過ごす[1]。岡山白陵中学校・高等学校卒業後、北海道大学医学部に進学し、2011年に卒業[2][3]。
国立国際医療研究センターで初期研修医(脳神経外科専攻)を経たのち[4]、2013年に厚生労働省に入省[2]。
2016年から2年間、ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障分野)に留学[2]。
2019年から2年間、世界保健機関職員を務め、新型コロナウイルス感染症対策などに従事する[3][2]。その後帰国し、コンサルティング会社の役員を務める[5]。
2023年8月3日、次期衆院選兵庫2区に日本維新の会から落下傘候補として立候補すると表明[1]。
2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙では、小選挙区では公明党前職の赤羽一嘉に敗れたが、比例近畿ブロックにおいて比例復活し、初当選した[6]。11月11日に召集された特別国会では、前日の23時から午前8時の開門まで9時間以上並び、一番乗りで初登院した[7]。
2025年8月19日、日本維新の会国会議員団代表幹事長室室長に就任[8]。同月、一般財団法人ネクストジャパン・イニシアティブの運営する令和政経義塾を卒塾(1期生)。
2026年2月の第51回衆議院議員総選挙では、前年に自維連立政権が発足したことから、維新は自民党に対し、兵庫2区で候補者を擁立しないよう要請。自民党本部は公認候補の擁立を見送ったが、これに反発した坊恭寿自民党神戸市議が自民党県連の推薦を受けて立候補した。一方、前回小選挙区で阿部を破った公明党は、立憲民主党と合流し新党中道改革連合を結成。公明出身候補は小選挙区から撤退し、2区では立憲出身の候補者に一本化された。2月8日の投開票の結果、阿部が坊や中道新人を大差で破り小選挙区で当選。自民支持層は約半数が阿部に投票し、坊に投票したのは4割となった[9]。
