山名靖英
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| 山名靖英 やまな やすひで | |
|---|---|
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| 生年月日 | (1944-01-16) 1944年1月16日(82歳) |
| 出生地 |
|
| 出身校 | 立命館大学経営学部卒業 |
| 前職 | 京都府議会議員 |
| 所属政党 |
(公明党→) (新進党→) (新党平和→) 公明党 |
| 選挙区 |
(旧京都2区→) 比例近畿ブロック |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 |
1993年 - 1996年 2000年 - 2005年 |
| 選挙区 | 京都市伏見区選挙区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 1983年 - 1993年 |
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山名 靖英(やまな やすひで、1944年1月16日 - )は、日本の政治家。兵庫県氷上郡市島町(現丹波市)出身。立命館大学経営学部卒業。元衆議院議員(3期)。山名宗全の末裔で、全国山名氏一族会理事長を務めた[1][2]。
伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 人物の伝記は流れのあるまとまった文章で記述し、年譜は補助的な使用にとどめてください。(2019年9月) |
- 1944年1月16日に生まれる。
- 1962年 - 兵庫県立柏原高等学校を卒業する。
- 1966年 - 立命館大学経営学部を卒業する。
- 1966年 - 京都中央信用金庫に入庫する。
- 1983年 - 京都府議会議員に初当選(以降、3期)する。
- 1993年 - 京都府議会議員を辞職する。
- 1993年7月18日 - 第40回衆議院議員総選挙に初当選(公明党公認、旧京都2区)する。118,882票。
- 1996年10月20日 - 第41回衆議院議員総選挙(新進党公認、京都府第3区)で落選。52,884票。
- 1999年 - 公明党京都本部代表に就任する。
- 2000年6月25日 - 第42回衆議院議員総選挙(公明党公認、比例近畿ブロック)で当選。
- 2001年1月6日 - 中央省庁再編と同時に行われた大臣政務官の設置にともない、第2次森改造内閣の総務大臣政務官に就任(2001年4月26日まで)。
- 2001年5月7日 - 第1次小泉内閣において、総務大臣政務官に再任される。
- 2002年1月8日 - 総務大臣政務官を退任する。
- 2005年8月8日 - 衆議院解散に伴い政界引退。
脚注
[脚注の使い方]
- ↑ “「応仁の乱~今輝け東陣(ひがしじん)を訪ねて~」特別対談:「応仁の乱550年目を迎えて」”. カミング - 上京ふれあいネット. 2025年3月28日閲覧。
- ↑ “応仁の乱550年、握手で「和睦」 東西両軍の関係者が対談|京都新聞デジタル 京都・滋賀のニュースサイト”. 京都新聞デジタル (2017年6月7日). 2025年3月28日閲覧。
外部リンク
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| 公職 | ||
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| 先代 (役職設置) |
滝実 景山俊太郎と共同 →景山俊太郎 新藤義孝と共同 →山内俊夫 新藤義孝と共同 2001年 - 2002年 |
次代 滝実 山内俊夫 河野太郎 |
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| 第41回 (定数33) |
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第42回 (定数30) |
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| 第43回 (定数29) |
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| 第44回 (定数29) |
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| 第45回 (定数29) |
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| 第46回 (定数29) |
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| 第47回 (定数29) |
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| 第48回 (定数28) |
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| 第49回 (定数28) |
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| 第50回 (定数28) |
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| 第51回 (定数28) |
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†:当選無効、 | |||||||||||||||||||
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